鎮魂-たましずめ-
「夏侯大将軍、お亡くなりあそばしたとの由にございます」
「…………そうか……」
使者よりの夏侯惇将軍訃報の知らせ。
長い沈黙を破って発した子桓様の言葉はそれだけだっただけれども。
肩が、僅かに震えているのが、私には見えた。
子桓様は夏侯惇大将軍への弔問は自ら出向くと部下に告げ、私に同行を命じた。
「小父上には…小さい頃から世話になった…兄代わりだったり…父代わりだったり…」
父である先代魏王も、数ヶ月前に病で世を去っていた。
続けざまの悲報。流石に子桓様もこたえているようだ。
「ご心中…お察し申し上げます…」
「…父が亡くなってから…小父上は床に伏す事が多くなっていた…ふた月程前に見舞ったときも…これがあの小父上かと思う程…弱っておられた…。『孟徳の元に行くのだ』と、そればかり…」
夏侯惇大将軍は、先代の従兄弟にあたられる。
特に子桓様は、兄とも父代わりとも慕っておられた。大将軍と話す時の子桓様は、いつもと比べて楽しそうで…大将軍の地位を授けたのも、子桓様である。
「子桓様は…大将軍の事が…お好き…だったのですね」
「…そうだな…。父に話さない事でも…小父上には話したり…。好き…だったと思う…どうした。何故、そんなことを聞く」
自分から好きだったのですねと聞いておきながらちくり。と不意に胸の辺りが痛んだ。
「いえ…」
羨ましい、のかもしれない。自分の知らぬ子桓様を知っていた、そして素直に慕われていた夏侯惇大将軍が。
嫉妬なのか?それとも…
「陛下。輿の準備ができましたのでそろそろ…」
部屋の外から従者の声がした。
その声に、子桓様が立ち上がる。
私が扉を開けようとした瞬間、子桓様が私の耳もとでそっと呟いた。
「そなたは…私を置いて逝くな…。これは…命令だ」
子桓様の長い後髪が、ひらりと空を切って、私の傍を通り過ぎた。
終
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「Ich FESTA 2005」に寄稿した司馬懿×曹丕→夏侯惇 小説です。
曹丕が夏侯惇を慕っていたという話を聞いたことがあるので、それを絡めて話書きたいなと思って考えたのがこの話です。
因みに鎮魂(たましずめ)とは、正確には古代日本での葬儀の儀式の一つなのだそうですが、響きが気に入ったので使いました。