1. 見てるこっちがハラハラ
ふわふわとした栗色の髪の毛に、これまた柔らかそうな桃色のほっぺた。
天使と見間違えんばかりの柔らかな風貌の男子生徒――桜井――に惹かれるのは、例え同じ男だとしても仕方のないことなわけで。
俺の通っている高校の生徒の大半は、彼に一目惚れをしたことがあったりする。
それでも桜井が襲われることなく無事でいられるのは、彼の傍にいつもいる、これまた恐ろしく顔が整った男子生徒――杉田――のおかげだ。
噂によると彼らは付き合っているらしい。
そのあまりの美男美女……否、美男美男カップルっぷりに、周囲は桜井に手が出したくても出せないのだ。
まぁここは男子校だし、ホモなんて廊下を歩けばあらそこに、みたいな状況だから二人が恋人同士であることに異論はない。
問題なのは、誰もが認めるラブラブカップルの片割れである桜井が瞳を潤ませて俺の目の前に立っている、ということである。
「こ、これはどういう状況なんだ?」
こめかみを押さえて、これまでの出来事を回想する。
学校に登校したらいきなり桜井が手を引っ張ってきて、俺を体育器具庫に連れ込んだんだ。
それで、えーっと。
何がどうなったんだっけ?
「……マズイ。覚えてない。俺、桜井を泣かせるようなことをした記憶が全くないぞ…!!」
「そりゃあ、そうでしょ? だって僕、坂上くんに何もされてないもの」
「あれ、そうなの? それじゃあ何でそんな涙目なんだよ……」
とりあえずここが体育器具庫で良かった…。
周りに桜井ファンがいたら、酷い目に遭わされそうだからな。
そんな風に安堵していると、桜井が一歩つめてきた。
俺は彼に対して恋愛感情を抱いているわけではないけれど、近くに寄られるとやっぱりドキッとしてしまう。
それを悟られまいと焦っていると、桜井はどこか熱っぽい息を吐いた。
「僕ね、ずっと前から好きだったんだ」
「えぇ!? おっ、おぉぉ…俺がぁ!?」
「ち、違うよ! 杉田くんがだよっ。だからこそ恋人同士になりたいんだけど、どうしたらいいと思う?」
「あー、何だぁ。そうだよな。やっぱ桜井は杉田が…ん?」
違和感を覚えて、俺は眉間にしわを寄せた。
何か可笑しいぞ?
桜井が杉田と付き合いたがっている…?
「あ、あのさ。桜井って杉田とカップルなんだとばかり思ってたんだけど?」
「そそ、そんなことないよぉっ。杉田くんはお友達なのっ。みんなが勘違いしてるだけ…。でもね、好きなのは本当なの。だから杉田くんと」
「付き合いたい、と。それは分かったけど、何で俺に相談するんだ?」
「坂上くんに相談すると、恋が叶うって噂になってるから…」
「はぁあ!?」
桜井の言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
何だか知らない間に、俺の変な噂が流れてるぞ…!?
桜井は動揺する俺の両手を握り締めると、ポロポロと涙を零した。
どど、どうしたらいいんだこれは…!
「坂上くん。お願い。協力して欲しいの…っ」
「そっ、それは別に構わないけど。でもお前らは俺が協力するまでもな…」
「ありがとう! お願いねッ」
桜井は先程までとは打って変わったにこやかな笑みを見せると、軽快な足取りで去っていった。
人の話は最後まで聞いて欲しいものだ。
そして簡単に引き受けてしまって良かったのか自分!
やれやれ、とため息をつきつつ体育器具庫を出ると、友人の真宮が立っていた。
「真宮? 何でここに…」
「桜井がやけに浮かれた様子で出てきたから、気になって見に来たんだよ。何かされたんじゃねぇだろうな?」
「べ、別に何もしてな……あ? 俺が何かされたかどうか訊いてるのか? 普通逆じゃないか?」
「逆なわけあるか! 坂上は桜井の怖さを知らないんだ!」
身震いする真宮が、桜井と幼馴染であることを思い出す。
正直あの天使のような桜井が怖い存在だとは思えないけれど、彼が言うなら本当のことなのかもしれない。
「まぁ、真宮が考えてるようなことはなかったよ。杉田と付き合えるように協力して欲しいって頼まれただけだから」
「ハァ? あいつらデキてなかったっけ」
「俺もそう思ってたんだけどなー。実際は違ったみたいだ。……その、手伝ってくれるか?」
「……嫌だって言いたいところだけど。しゃーねぇな」
「ありがとっ。大好きだ真宮!」
「……軽々しく言うな、アホ」
真宮はペチ、と俺の額を叩くと歩き出した。
俺はそんな彼の後を慌てて追い、仕返しとばかりに背中を思い切り叩いてやった。