2. いい加減くっつけ
自分の机で頬杖を付きながら、俺は談笑してる杉田と桜井を見ていた。
彼らの周りにはどこか甘ったるい空気が流れていて、やっぱりカップルにしか見えない。
これで付き合ってないっていう方が無理がある。
「なぁ、真宮。正直俺が協力する必要はなくないか?」
「俺もそう思うぜ。とっとと告白すれば済む話だろーに。互いに好き合ってんのは分かりきってるんだから」
「ああ。…それとも、本人同士では気づけてないのかな? 自分たちが両思いだってさ」
「それはさすがに。踏ん切りが付いてねぇだけだろ。情けねぇー。くだらねぇことに坂上を利用すんなっての」
真宮は機嫌悪そうに言うと、そっぽを向いてしまった。
くだらないこと…か。
確かに部外者から見ればそうなのかもしれない。
でも俺に頼みごとをしてきたときの桜井は、真剣な顔をしていたし。
「……真宮。そういう冷たいこと言うなって。な? ちゃんと協力してやろう」
「ちぇっ。分かってるっての。んで?」
「んでって、何だよ?」
「だーかーらー。一体何をしてやるんだよ? 計画とか、立てる必要あるんじゃねーの?」
「ああ、そうか。……どうしような?」
「あのなぁ。少しは考えろっつーのぉ!」
真宮は苛立ったように俺の耳元で怒鳴ってきた。
そんなことを言われたって、本当に思いつかないんだから仕方ないじゃないかっ。
唇を不満に尖らせると、真宮は僅かに表情を和らげた。
「な〜に拗ねてんだよ。ったくこれだからガキは」
「同い年だろ、お前! それより何かいい案はないのかよ?」
「人任せは良くないぜー。ま、坂上に頼られても悪い気はしねぇからいいけど。直に修学旅行があるだろ。それを利用してみるのはどうだ?」
「修学旅行…?」
「夜のホテルで二人きりにする、とかどうよ? なかなか良いシチュエーションじゃねぇか?」
ホテルで二人っきりか…。
確かにそれなら誰にも邪魔されることがないだろうし、良い雰囲気になりやすいはずだ。
告白しやすいかどうかは分からないけど、やってみる価値はありそうだな。
「よし、それでいこう! …でも具体的にはどうしたらいいんだ?」
「ホテルでは三人で一室を使うはずだからな。杉田と桜井と坂上が同室になれ。んで、途中でお前は抜けて俺の部屋に来い。俺と同室の奴らにはちゃんと説明しとくからさ」
「分かった。それじゃ、桜井に伝え…」
「呼んだ〜?」
ふわっと甘い香りが鼻腔をくすぐったかと思えば、俺は桜井に背後から抱きしめられていた。
「なっ、ちょ…。桜井!?」
「あれ? 呼ばなかった、僕のこと」
「呼んだけど! 抱きつかないでくれっ。とりあえず離れて!!」
「う、うん。分かった…?」
桜井は可愛らしく小首を傾げながら、俺から離れた。
スキンシップにしても程があるだろうに。
おかげで杉田を含めた桜井ファンからの視線が非常に鋭く痛いものに変わってしまったぞ。
真宮もそれを感じ取っているらしく、絶妙な顔をしている。
「坂上、桜井。ちょっと俺から提案があるんだけど。廊下に出ねぇか? 出来れば人気のない」
「……賛成」
俺と真宮は「どうして〜?」と不思議そうに目を瞬かせている桜井を引っ張って、教室から逃げるように出た。
++++++
「ぼぼっ、僕が杉田くんと同室…!?」
提案を聞いた桜井は、みるみるうちに顔を耳まで真っ赤に染め上げた。
その上今にも泣きそうな表情をしているもんだから、可愛くってしょうがない。
「桜井、大丈夫か? こっからが大事なんだからな? ホテルで二人きりになったら、杉田に告白するんだぞ。ちなみに俺は朝まで真宮の部屋で過ごすつもりだから、その間好きなだけイチャつけ!」
「ひぅ…っ!?」
桜井は赤かった顔を更に濃くしたかと思うと、ぷしゅうっと湯気を出してぶっ倒れた。
まるでヤカンだ。
っていうかイチャつくって言葉だけで倒れるなんて、どんだけ初なんだ。
「桜井って純粋だよな。何つーか、すっごい無垢」
「はぁ? お前、マジでそれ言ってんの? だとしたら坂上は、桜井の思考回路を理解出来てないなー」
「ど、どういう意味だよ? この現状見たら、どう考えたって桜井は……」
「ばーか。コイツはお前のイチャつくって言葉で、バッチリ最後まで想像しちまったんだよ!」
真宮の言葉に、俺はキョトンと目を丸くした。
最後までって、何のだ?
真宮のことを首を傾げながら見つめると、彼は胸倉を掴み上げてきた。
「坂上ぃ! お前は本当に思春期真っ只中の男かああっ!!」
「はぁ!? な、何だよ。俺が男だってのは十分過ぎるくらい理解してるだろ!? きちんと付いて…」
「そういうことじゃなくってだなぁっ。いいか、坂上? 桜井は杉田とセックスしてるシーンを想像して、興奮のあまり倒れたんだよ!」
真宮の言葉に、俺は目を大きく開いた。
そんなところまで想像がいってしまっているなんて、予想外だ。
「お、俺はただ仲睦まじい会話を楽しめという意味で…」
「だから言ってるだろ? 桜井は純粋無垢なんかじゃない。頭の中は常にパッションピンクなんだよ」
「ぱ、パッションピンク…!」
「そうだ。ただのピンクじゃないんだ。パッションピンクなんだ…っ」
真面目な顔で言ってくれる真宮には悪いが、俺にはパッションピンクがどういう色なのかよく分からなかった。
と、とりあえず妙に濃い桃色であることに間違いはあるまい。
「何か、桜井のイメージが…。ポワポワしてる子って感じだったのに」
「そこからして間違ってる。可愛らしい外見に騙されるな。腹の中は真っ黒だ」
「脳内はピン…いや、パッションピンクで、腹の中は真っ黒……。救いようがないじゃないか!」
「そんな存在が桜井だ! 覚えとけっ」
俺の両肩に手を置いて言い聞かすように話す真宮の背後で、仰向けに倒れていたはずの桜井が立ち上がるのが見えた。
そのときの彼の、恐ろしい程のにこやかな表情も。
「な〜に好き勝手言ってくれちゃってるのかなぁ〜? ねぇ、真宮く〜ん?」
「ひぃいっ! 起きてたんですか桜井サンッ」
「結構前からね、意識はあったんだよ? 全く困っちゃうなぁ。坂上くんに妙な偏見植えつけてくれちゃって〜」
ふふっ、と天使の如く柔らかい笑みを浮かべる桜井さん。
ポキポキと指が音を立てているのは気のせいですか?
真宮へ視線をやると、彼は青ざめて冷や汗をかいていた。
「ごめんっ。謝るから! だから…」
「だ〜め〜っ」
「うをぉおおあああっ!?」
桜井は真宮のことを廊下に押し倒すと、驚いたことに関節技を掛けにかかったじゃないか。
なるほど、真宮が桜井を恐れるわけだ。
技をかけられている彼はひどく辛そうだった。
「痛い、痛いいいっ。ギブギブ! つか見てないで助けろよ坂上!!」
「パス。痛いの嫌い」
「俺だって嫌いだぁあっ」
泣き喚く真宮を残して、俺は自分のクラスへと向かって歩き出した。
背後から聞こえるすすり泣くような声に、少しだけ罪悪感を覚えないこともなかったけれど。