1. 脱☆童貞宣言
いきなりこんなことを言うのもアレだが、俺は童貞だ。
二十二歳のサラリーマンである俺は、仲の良い同僚にそのことを馬鹿にされまくり、怒りが頂点に達して「脱☆童貞宣言」などという愚かしいことをしてしまった。
期間はゴールデンウィークが終わるまで。
宣言をしたからには、この長期休暇中に女とセックスをしなければならない。
出来なければ同僚に下僕として今後会社でこき使われることになるのだろう。
それだけは避けなければ。
そんなわけで、俺はとある風俗店に足を運んでいた。
なにも、彼女を作って愛のあるセックスをして童貞を卒業する必要はないのだ。
…本当ならそれが望ましくはあるのだろうけど、俺には無理なことだった。
原因はこの顔にある。
パッチリとした大きな目に、控えめに細い鼻梁や顎。
同僚いわく、俺はそこら辺にいる女よりもよっぽど可愛いらしい。
それは俺も自覚してはいた。
何故なら幼い頃から、周囲に「可愛い」と言われ続けていたのだから。
…そりゃ、小さい頃は良かったさ。
可愛いってだけでみんなにチヤホヤされて、それで嬉しくならないほうが可笑しいだろ?
でも大きくなってくるとそれは苦痛に変わってくる。
女の関心は、あくまで格好良い男に向けられる。
可愛い男は、つねに女からは弟のような扱いを受ける。
とどのつまり、恋愛対象になれないのだ。
こんな俺が、ゴールデンウィーク中に彼女を作れるわけがなかった。
だからこそこうして風俗店にまで足を運んだわけだが、どうにも入る店を間違えてしまったようだった。
「な、何だこれ…」
顔が引きつる。
セックスをする相手を選ぶことが出来るというので、写真を見て好みの女を選ぼうとしたのだが、どうにも好みの女がいないどころか男しかいない。
どうやらここは、女性の欲求を満たすための風俗店だったらしい。
あぁ、だからさっきからこの店の従業員(女)がジロジロと俺のことを見てくるわけか。
困ったな、ゲイだとか思われているのだろうか。
否定したいところだったが、正直に入る店を間違えたと言うのも何だか恥ずかしい。
かといってこのままこの店で男相手に寝る訳にもいかないし…。
「お決まりになりましたか?」
「え、あ…じゃあ、この人で」
催促された勢いにのって、俺は人の良さそうな笑みを浮かべている男の写真を指差した。
…指しちまった。
おいおい、どうすんだ俺?
戸惑う俺をよそに、従業員が実に朗らかな笑みを浮かべて部屋の鍵を渡してくれた。
そしてご丁寧に部屋の位置まで教えてくれた。
俺は眉間にしわを寄せたまま、鍵を手に部屋へと向かった。
こうなってしまったからには仕方がない。
相手の男にはきちんと理由を説明し、終了時間まで部屋でゆっくりと過ごそう。
んで、それから男性向けの風俗店に行って、童貞卒業だ!
「失礼しまーす」
部屋の鍵を開けて中に入る。
広い部屋の中心には、ドーンと大きなベッドが置いてあった。
さすが、風俗店。
普通のホテルとはベッドの大きさというか、迫力が違うように思う。
コロンと寝転ぶと、ノックの音が聞こえた。
「どうぞー」
「失礼します」
扉から顔を出した男のあまりの綺麗さに呆然とする。
いや、さっき写真で見たときも十分に綺麗だったというか格好良かったけど!
でもまさか、実際に見たほうが何十倍も格好良いだなんて誰が思うものか!
男は足音を立てることもなく、優雅な動きで俺に近づいてきた。
すごい、歩き方一つとっても隙がない。
感心しながら見ていると、男はベッドに座っている俺の隣に腰を下ろした。
ギシッと軋んだ音がして、少しだけベッドが沈んだ。
「初めまして、祐介って言います。君の名前は?」
「あ、俺は…えっと、安藤純っていいます」
「俺…ね。本当に、男なんだ」
祐介は顎に手を当てて、じっと俺のことを見つめてきた。
うぅ、あんまり見つめないでほしい。
そんな綺麗な顔で見つめられると、女でなくてもドキドキしてしまう。
「…この店、女性が主に来てるからさ。男に指名されるの、初めてなんだよね」
「そ、そうでしょうね…」
俺だってこの店のことを詳しく知っていたのなら、来なかったっつの。
苦笑すると、祐介が俺の頬に触れた。
「人生何があるか分からないもんだね。まさか自分が男を抱くときが来るなんて。しかも、嫌な気分にならないなんてね」
「え…」
一回、瞬きをした。
たったそれだけの間に、祐介と唇が重なっていた。
「んっ…!?」
あれ、あれれ!?
戸惑いに目を見開いて、体を硬直させる。
ちょっと待てよ。
何でキスされてんの、俺…!?
「ちょ、まっ…!?」
「…本当は、お客さんとキスはしないんだけどね。でも純は可愛いから、特別だ」
祐介は俺をベッドへ押し倒すと、再び唇を重ねあわせてきた。
彼の唇は微かに湿っていて、やわらかくて温かかった。
このままじゃいけないと分かってるのに、何故だか体に力が入らない。
「はっ…ん、ぁ…」
唇を割って入ってきた祐介の舌に、僅かに身をよじる。
彼が逃げ惑う俺の舌を器用に絡めとると、クチュっといやらしい湿音がした。
その音と、そして舌先から広がる甘い痺れに、一点に熱が集中していくのが分かった。
ズボンの前が、次第に張り詰めていく。
他人と付き合ったことがない俺は、当然、キスなんてしたことがない。
それも、こんな風に性感を覚えるようなキスは。
「はぁ…ぁんっ」
いつの間にか服を捲り上げられていたらしく、直に祐介の手が肌に触れた。
その感触に身体を跳ねさせると、彼の指先が、乳首を擦った。
ふよふよだったそこは、祐介の指の動きにあわせて硬くなっていく。
それに伴って、ぞくぞくと悪寒にも似た痺れが背筋を走る。
「あっ、や…そこ、変…っ」
真っ赤になりつつも祐介の手を押さえこむと、彼は額にキスをしてきた。
それから、耳元に口を寄せられる。
「感じてるんだ…?」
「ひっ…」
吐息混じりに囁かれた挙句に耳朶を甘噛みされ、肩をすくめる。
だめだ、そこも…変な感じがする。
祐介は戸惑う俺の頭を安心させるように撫でながら、舌を耳の中に忍ばせてきた。
「やだっ! おまっ…何して…!?」
「お前はひどいな…。祐介って、名前で呼んでよ」
「んんっ、祐介ぇ…!」
俺が名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに微笑んで乳首を弾いてきた。
「ひぁんっ! なっ、あ…ッ」
弾かれた乳首は一度ぷるんっと揺れ、すぐに元の位置に戻る。
もちろん、硬く尖ったままだ。
祐介は両方の乳首を指の腹で押しつぶすように擦りながら、耳の裏を吸ってきた。
ぞくぞくとした痺れが、ひどくなる。
「やだやだ…うっ、ぁ…!」
寒気に全身が震えるのに、中から身体が火照っていく感じがする。
息が苦しくて口をぱくぱくと動かすと、祐介が心配げに俺を見てきた。
「…さっきから思ってたんだけど、まさか、初めてだったりしないよね?」
「はひっ、あ…は、初めて…だけど」
祐介の目が、呆気に取られたように丸くなる。
彼の身に何が起こったのか分からなくて首を傾げると、祐介が前髪を軽く掻きあげて笑った。
それは今まで見せていたような優しげな笑みじゃなくて、不敵な…ぞくっとするような笑みだった。
「ゆ…すけ…?」
「そっか、初めてね。なるほど、だからさっきからやけに怯えているわけか」
「おっ、怯えてなんか…!」
馬鹿にされたような気がしてカッとなって言い返すものの、先ほどからびくびくとしていたのは事実だ。
そしてそれは、今もだ。
シーツをきつく握り締めている、震えた俺の拳が何よりも物語っていた。
「ッ…!」
開き直るようで悪いけど、初めてなんだし、こうなっちゃうのも仕方ないんだと思う。
一応知識としてはあるものの、実際に体験するとなると、そんなもの何の役にも立たない。
むしろ、知ってるからこそ次にされるであろう行為に怯えてしまうのだ。
「…一つ質問してもいいかな。その初めてっていうのは、男に抱かれること? それとも、女を相手にすることまで含まれてる?」
「お、女を相手にすることまで含まれてる…」
「じゃあ、本当に誰ともセックスの経験がないわけか。よく、そんなんでこの店に来たな。まぁ、別に未経験者が風俗店に来ること自体は珍しくないけど。…でも、男が男に抱かれに来るのは珍しい」
苦笑する祐介は、何だか愉しそうに見えた。
絶対、俺のこと馬鹿にしてる…!
「別に俺だって男に抱かれたくってこの店に来たわけじゃない!」
「え? …じゃあ、何をしに来たんだよ。まさか、ここで働く気だったのか?」
「違う! こんなところで俺が働くわけないだろッ」
「それ、働いている俺に対してすごく失礼だな…。まあ、いいや。それじゃ、どういう理由でここに来たわけ?」
俺は彼の言葉に勢いよく起き上がった。
今こそここに来た理由を説明して、この行為をやめてもらえるチャンスだ!
「俺、会社の同僚に童貞を卒業するって言ちゃったんだ!」
「…それでこの店に来ても、童貞卒業どころか処女卒業ってことになりそうだけどな」
「だ、だから…間違えたんだよ! っていうかこの店がどういう店か詳しく知らなかったんだ。てっきり女の人を相手に出来ると思ってたんだけど…」
「実際は男しか相手がいなかったと」
「そういうこと。本当、びっくりだよ」
深くため息をつくと、祐介は俺以上に大きなため息をついた。
「俺の方が驚きだったよ…。男から指名されるなんて、普通思わないだろ」
「そうか? 俺の方が絶対衝撃大きかったって。男を指名するはめになるだなんて、夢にも思わないだろ」
「いやいや、どう考えたって俺の方が…」
「いーや、俺だね!」
睨み合い、どちらともなく、笑みを零す。
こんなことで張り合うなんて、どうかしてる。
「まぁ、そういうわけでさ。店を間違えちゃったってだけだから、抱かれるつもりはないんだ」
「…じゃあ、何で俺を指名したわけ?」
「何というか、流れで。だからさ、祐介も無理して俺のことなんて抱く必要ない。制限時間を迎えるまで、とりあえずここでゆっくりして、その後、ちゃんとしたお店に行くつもりでいる。それで童貞卒業!」
にっこりと微笑と、祐介もにっこりと微笑んでくれた。
良かった、ちゃんと話の通じる人で。
キスされちゃったけど…まあ、それは仕方ないだろう。
俺がたくしあげられて乱れていた洋服を整えようとすると、手を掴まれた。
「何だよ、祐介」
視線を向けると、彼は先ほどと変わらず、微笑んでいた。
けれどその微笑みは、少し前に見た…あの、不敵さを感じるものだった。
その笑みの意味を考えていると、ぐるんっと視界が大きく動いた。
背中に、柔らかな感触。
すぐ近くには祐介の顔、その後ろには天井が見える。
あれれれ?
俺…押し倒されている?
何で?
「祐介…?」
不安を滲ませて見上げると、祐介はその不安を増大させるようなことを言ってきやがった。
「指名されたからには、俺はお客様を気持ち良くさせる義務があるんだよね。それに、もうここまでしちゃったんだ。別に、本番しようと構わないだろ?」
「ほっ…本番って…」
それって、つまり…中に挿入するということ…?
「いっ、嫌だ! 気持ち良くなんてさせなくっていいから!」
顔を青ざめさせながら叫ぶと、祐介が太ももを撫で上げてきた。
それだけで、全身から力が抜け落ちた。
「男を抱くのは初めてだけど、でも大丈夫。きっと、俺は純を満足させてやることが出来るよ」
そう言って微笑む祐介はやっぱり綺麗で格好良く、つい、見蕩れてしまった。
その時間が、唯一の抵抗できる時間だったのにも関わらず。
「それじゃあ、始めようか。意識が飛ぶくらい、可愛がってあげる」
舌なめずりをした祐介に、ドクンと、心臓が跳ねた。