10. 脱☆童貞宣言


祐介に会うために風俗店へと向かう。
家に来てくれてもいいと彼には言われたものの、この前のように様々な道具を使われるとさすがに体がもたないので、あえて俺は店に会いにきていた。
休日は風俗店に通い詰めの男って、どうなんだろうな。
複雑な気持ちのまま、額に浮いた汗をハンカチで拭う。
初夏が過ぎ、すっかり夏真っ盛りとなった外は非常に蒸し暑い。
ただ歩いているだけでも、強い日差しによって汗が噴き出る。
暑いのは嫌いだが、それでも夏が嫌いでない理由は…。

「涼し…」

こうして店の中に入ったときに感じる、エアコンによって生まれた冷気のおかげなのだろう。
涼やかな室内に満足げな笑みを浮かべながら、いつものように受付へと向かう。

「祐介をご指名ですよね?」

すっかり顔なじみになってしまった俺に、女性従業員が微笑みかける。
頷き返すと、少しだけ彼女の表情が曇った。
何回か経験したからこそ、わかる。
これは祐介が俺の相手を出来ないときに見せる顔なのだ。
また体調でも崩したのだろうか…。
そんなことを考えていると、楽しげな声が聞こえてきた。

「また来てよ。…待ってるから」
「ええ。来週にでも会いにくるから、また愉しませてね」

微笑む女性客に、微笑む祐介。
廊下の奥からフロントへと歩いてくるそんな二人の姿を見て、自然と、表情が硬くなった。
待ってるから…か。
それはみんなに言っていることなのだろう。
愛想を振りまくのが仕事なのだと分かっていても、実際に自分以外と親しくしている彼の姿を見るのは嫌だった。
何だか、面白くない。

「どうしますか、安藤さん?」
「…今日はもう帰ります」

名前さえ覚えてくれている女性従業員に軽く頭を下げ、俺は出入り口へと向かった。
胃の付近がムカムカとするのはどうしてだろう。

「純くん、ちょっと待ってっ!」

そういえば、前も店を出ようとしたときに声をかけられたな。
そんなことを考えながら、俺は振り返った。
そこに立つのは予想通りの人物…秋山さんだった。
わざわざ走ってきてくれたのか、若干息を弾ませている。

「祐介ならさっきまで相手していた客がもう帰るだろうから、少し待っててもらえれば…」
「いいんです、秋山さん。何だかその気がなくなってしまって」
「…どうかしたの?」

心配げに顔を覗き込まれる。
やけにモヤモヤとするこの気持ち。
彼に話したら、少しは楽になるだろうか…。

「…秋山さん。相談したいことがあるんですけど、いいですか?」
「もちろん。今はお客もいないしね。じゃあ…そうだね。向こうに俺専用の控え室があるから、そこでゆっくりと話そうか」
「はい。お願いします」






黒い椅子に座って秋山さんと向き合う。
彼専用の控え室は豪華で、一目で置いてある家具が高価な物なのだと判断出来た。
これだけ待遇が良いんだ、秋山さんはこの店でかなりの稼ぎ手なのだろう。
祐介も、やっぱりそうなんだろうな。
いろいろな人と、いろいろなことをして…。

「純くん? 大丈夫?」
「あ、すみません。あの…俺、祐介が…えっと」

上手く気持ちを口にすることが出来なくて困っていると、秋山さんが紅茶を勧めてくれた。
これを飲んで落ち着け、ということなのだろう。
勧められるがままに紅茶を飲むと、甘い味が口内に広がった。
その匂いと味に、少しだけ安らぐ。

「で、どうしたの? ゆっくりでいいから、自分の感じていることを、素直に口に出してみて」
「…はい。俺、祐介がいろいろな人とシてるんだと思うと…嫌、なんです」
「嫌…ね。でもそれが彼の仕事なんだし」
「仕方ないとは分かっています! それでも、何故か…駄目なんです。見てると腹が立ってきてしまうというか」

こんなこと思うなんて、変だよな。
祐介の仕事に対して俺が文句を言うなんて可笑しいし、でも…やっぱり、他の人と仲良くなんてしていてほしくない。

「だから、祐介に今の仕事を辞めさせたいの?」
「そういうわけじゃなくて。あ、でもそうなのかも知れないです。でも、ん…俺にはそれを言う資格がないというか。何でこんなことを思うのかも分からないし…」
「…分からないって、本気で言ってるの?」

驚いたような声に紅茶の水面から視線を上げると、秋山さんが怪訝そうに俺を見ていた。
何か変なことを言っただろうか?
瞬きを数回繰り返すと、秋山さんが小さく笑みを浮かべた。

「…自分だとなかなか、大切な存在に気づけないものだよね。俺もそうだったからよく分かる」
「え?」

何のことを言っているのかが分からなくて首を傾げていると、秋山さんが俺に向かって手を伸ばしてきた。
彼の指が頬に軽く触れる。

「でも安心してくれていいよ。俺が、気づかせてあげるから」
「え…」

ぐいっ、と強く腕を引かれた。
かと思えば腰が椅子から浮き、いつの間にか、俺は床に仰向けに倒れていた。
秋山さんは俺を組み敷きながら、揶揄するような笑みを浮かべた。

「秋山…さん?」
「もうじき来るかな。まあそれまでは…ね?」
「え、あ…」

秋山さんの顔が近づいてくる。



…祐介以外の人間の唇が、近づいて―――。



「っやだあああッ!! 祐介、助けてぇッ!」

無意識のうちに、彼の名前を叫んでいた。
するとバンッと大きな音を立てて乱暴にドアが開かれた。
秋山さんの瞳が細められたのが見えたかと思うと、俺はいつの間にやら、彼とは違う他の誰かに背後から抱きしめられていた。
腕と背中、全てを通して感じるその温もりに、体が熱くなっていく。
この温かさは…。

「純に手を出すなって、言ってあっただろうがッ!?」
「…祐介っ」

頭上から聞こえた祐介の声に、安堵からか涙が出た。
祐介は俺のことをキツク抱きしめながら、秋山さんを鋭く睨みつけていた。
視線を秋山さんへと移すと、彼は怒りを露にする祐介とは正反対の、穏やかな微笑を浮かべていた。
先程俺を押し倒していたときに見せていた不敵な表情とは全く違うそれに、首を傾げる。
そんな俺に、秋山さんは近づいてきた。

「来るな、秋山!」

眼光を鋭くする祐介だったが、秋山さんは彼を無視して俺の前に屈みこむと、頭を撫でてきた。
「触るなっ」という文句が背後から聞こえてきたが、俺は振り返らず、秋山さんと見つめあう。
秋山さんは片方の瞼を閉じて、綺麗なウインクをして見せた。

「これで、だいたい分かったんじゃない?」
「秋山さん、それってどういう…」
「祐介にキスされるのが良くても俺にされるのが嫌だと感じた理由、よく考えてみなよ」

俺の耳元でそう囁いた秋山さんは、含み笑いを残して去っていく。
祐介は秋山さんを追おうとしたようだったけれど、腕の中にいる俺に視線を落とすと、彼を追いかけることを止めた。

「…アイツに何された? 少しでも変なことをされたのなら、言えよ?」
「うん…大丈夫。何もされてない」
「良かった…」

祐介は安心したように肩の力を抜いて息を吐き出すと、俺の両肩を掴んで力強く見つめてきた。

「純は他人に対して無防備すぎる。もう少し、警戒心を持て。特に秋山だとか、ああいう男には。そうじゃないと何をされるか分かったもんじゃないぞ!」
「…心配、してくれてるのか?」
「当たり前だろ! さっきだって心臓、止まるかと思った。この際だからハッキリと言っておく。俺は純が他のやつに触れられるのは嫌だ。純のこと…好きだから」

抱きしめられながら耳元で言われて、カァ…ッと顔が熱くなった。
俺のことが…好き?
ドクドクと、心臓が早鐘を打ち始める。
何だろう、この気持ち。
ふと、秋山さんの言葉が脳裏を過ぎった。


―――祐介にキスされるのが良くても俺にされるのが嫌だと感じた理由、よく考えてみなよ


ああ、そういうことなのか。
俺は祐介を見ながら、気づけた自分の想いに胸をときめかせていた。
祐介が俺のことを好きで、俺に他の誰かが触れることを嫌うように。
俺も彼のことが好きだから、彼が他の誰かと一緒にいることが辛いんだ。
彼とのキスやセックスが嫌でなくて、むしろ心地良いのも、きっとこういう理由なんだ。

「…純はどうなんだ? 俺のこと…」

少しだけ不安を瞳に滲ました祐介の唇に、唇を重ねる。
勢いよくしすぎたせいなのか、歯と歯がぶつかり合ってガツンと音を立てた。
それでも唇を離すことなくじっとしていると、優しく頭を撫でられてしまった。
何だか子供扱いされているような気がしてムッとなって祐介を見ると、彼はくくっ、と喉を震わせて笑っていた。

「何でここでキスなのかなぁ…。言葉できちんと返して欲しいんだって、分からないのか?」
「…キスで十分だろ」
「十分なわけないだろ。キスは前からしてたんだから」

不満げに言う祐介のことを睨みつけながら、小さく思いを告げる。

「…え? 何? 何も聞こえないぞ」
「…き、だってば」
「は?」
「好きだってばッ! 何で分かってるくせに訊くんだよこのクソ野郎ッ」
「…下品だぞ」

祐介は唇をへの字に曲げながら、俺の頬を思いっきり抓ってきた。
仕返しにと俺が祐介の頬を引っ張ると、彼はさらに強い力で抓り返してきやがった。

「いひゃいっ、いひゃひゃ…ッ!!」

あまりの痛みにじんわりと涙を浮かべると、さすがに可哀想だとでも思ったのか、祐介の指が頬から外された。

「ひどいっ! 酷すぎるぞ祐介ッ」

赤くなった頬を押さえながら言うと、祐介はくすっと微笑んだ。
それから、俺の身体をソファーへと抱き上げた。

「ゆ、うすけ? …ん」

ちゅっと短い音を立てて、祐介の唇が俺のものと重なる。
短いキスを繰り返しながら、少しずつ、交わりを深いものへと変化させていく。
触れるだけのキスから、舌を絡めるまでの濃いものへと。
最後に唇を離したときにはもうヘロヘロで、ろくに息も出来ない状態になっていた。

「…はぁ、ゆーすけぇ…。ん…好き」

そう言って微笑めば、同じように祐介も微笑み返してくれる。
ねぇ、祐介。
今のその表情は、店に来ている客全員に見せているものではなくって、俺だけに、特別に見せてくれているものなんだって考えてもいいのかな。
そう思って質問すると、祐介は呆れたとでも言うように、形の良い唇からため息を漏らした。
それから、額を指先で弾いてきた。

「そんなの、当たり前に決まってるだろ。純はとっくの昔から、俺の特別な存在なんだから」

店の顧客ではなく、特別な存在。
さも当然のように言う祐介の態度が、こんなにも嬉しいなんて。

「それじゃあ、これからもずっと傍にいていいんだよな?」
「ああ。むしろいてくれないと困る。…こんなにも人を本気にさせておいて、勝手にどこかへ行ったりするなよ。もちろん、他の奴とのキスも厳禁だからな」
「それは大丈夫、心配いらない」

独占欲丸出しの祐介に苦笑しながら、俺は彼を抱き寄せると耳元でそうささやいた。
これだけは自信を持って言い切れることだった。
だって、そうだろ?



―――俺が好きなのは、祐介だけなんだから。




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