10. 脱☆童貞宣言
「玩具を使って楽しませてやるって、確かメールを送ったんだよな」
祐介は寝室にある棚の中を探るように手を動かしながら言った。
そういえば、少し前のメールにそんなことが書かれていたような気もする…。
正直玩具なんて使われたくないので顔を引きつらせると、祐介が両腕いっぱいに道具を持ってベッドへと近づいてきた。
俺の目の前にドサドサッと下ろされる大人の玩具類。
「さぁ、何を使おうかっ?」
うわ、もうコイツすっごい笑顔だよ…っ。
あまりにも嬉しそうな祐介の顔を見ているのが辛くて、視線を下へと落とす。
男なら誰もが見慣れている形を模した玩具や楕円型の小さなローター、鞭に麻縄、赤蝋燭やローション、中には媚薬などいうラベルの貼られた訝しげな小瓶がある。
「何でこんなにあるんだよ…」
「ん〜、趣味…かな。純が家に来てくれて助かった。店に道具を持ってく必要がなくなるからな」
「来るんじゃなかった…っ」
顔を手で覆ってベッドへと力なく倒れこむ。
これからされるであろうことを考えるとゾッとする。
っていうか縄とか蝋燭とかあるけど、SMプレイまがいなことはさすがにされないよなぁ…?
「純は痛いの、好き?」
「嫌いに決まってるだろ!」
「…でもやってみないと分からないよな?」
「絶対嫌だ! 鞭とか使ってみろ、祐介のこと大嫌いになるからなッ」
睨み付けると、祐介は残念そうに唇を尖らせた。
「店だと縛るのが上手いって、評判なんだけどなぁ。まあいいや。純がそこまで嫌なら今回は我慢する。純が使いたいものを選んでくれていいぞ」
「何も使わないという選択肢は…」
「もちろん、そんなものはない」
言い切る祐介にため息をつく。
使いたいものなんてないに決まってる。
玩具に善がるなんて、恥ずかしいし…。
とりあえず、手に持って物色してみることにした。
気になるのは、例の怪しげな小瓶だ。
媚薬って実在するものなんだな…。
こういった商品に疎い俺は、興味深げにピンク色に透き通った小瓶を眺める。
見た目は綺麗だけど…。
「純は媚薬を使いたいのか?」
「ちがっ…!? ただ、媚薬って本当にあるんだなって…」
「結構あるぞ。ちなみにそれは新商品なんだ。大手玩具メーカーが開発したらしくてね。かなり人気の商品らしくて、入手するのに手間がかかった」
「そうなんだ。じゃあ、そんなものを俺が使うわけにはいかないよな」
媚薬をベッドの上に置こうとすると、手首を掴まれてしまった。
思いのほか強いその力に驚いていると、祐介はニッコリと微笑んでいた。
「逆に純だからこそ、いいかな。せっかくだから今日はこれを使おうか」
「え゛」
媚薬って…感じやすくなるクスリだよな?
それを使ってセックスをする…!?
「嫌だけど!?」
「そう。なら玩具を使う?」
「うぅ…祐介の馬鹿っ。分かったよ、飲めばいいんだろ!」
小瓶の蓋を開けると、俺は一気に中の液体を飲み干した。
味は特になく、水を飲んでいるような感覚だった。
「な、何してんだ純!?」
「だって飲むんだろ?」
「全部飲む馬鹿がいるか! そういうのは少量でいいんだよ!」
「…だ、大丈夫だって。特別体調の変化もないし…」
「本当か?」
祐介の指が頬を撫でた。
途端、体に電気のような鋭い快感が走って、短い嬌声を上げてベッドに倒れこんでしまった。
な、何だこれ…!?
心臓がバクバクして、妙に身体が熱い。
「ぁ…はぁん」
唇から漏れた自分の声に耳を疑う。
今の…何だ?
「…相当効いてるみたいだな。即効性とか、説明書に書いてあったけど。まさかこんなにも効果が早く出るなんてな」
呆れたように呟く祐介だったが、その瞳には獲物を狙う獰猛な獣のように鋭い光が宿っていた。
射抜かれそうなその瞳から逃げようとするものの、身体が動かない。
力が全く入らないというのは、まさにこのことなのだろう。
祐介はそんな俺に馬乗りになると、唇を重ね合わせてきた。
固く閉じている俺の唇を解くように、祐介の舌が合わせ目をなぞっていく。
「んぅ、うっ…ふぁ」
濡れた感触に背筋が震え、彼の舌に求められるままに唇を薄く開いてしまう。
それを待っていたかのように、祐介の舌が口内に滑りこんできた。
優しく舌先を包み込まれ、吸い上げられる。
まだどこにも触れられていないというのに、キスだけで達しそうになるほど感じていた。
「ゆ…すけ…っ」
駄目だ…あっつい。
目を閉じ、何度か熱のこもった息を吐き出す。
それでも体内の熱は出ていかず、ますます温度は上昇するばかりだった。
我慢出来るようなものではない、尋常でない身体の疼きに切なげに瞼を震わす。
「…そんなに色っぽい顔して誘わないでほしいな。自制が効かなくなるだろ?」
「誘って…な…やぁんっ」
祐介は俺の服を肌蹴ながら、露になった小さな乳首に吸い付いた。
舌で丹念に嘗め回され、転がされ、その度に甘い声を上げる。
歯を立てられれば突き抜けるような快楽の波が襲ってきて、生理的に涙が零れた。
こめかみへと伝っていく涙の感触でさえ、今は強い快楽を伴っていた。
祐介は肌を吸い上げて痕を残しながら、唇を下へ下へと動かしていく。
「ゆ…あ、のっ…ぁあ、あう…っ」
このまま唇を下ろされていけば、どこに辿り着くのかは考えなくても分かる。
何とか彼の動きを制止させようとするのだが、身体が言うことを効かない。
口を開けば喘ぎが出るし、腰は彼を誘うように動きっぱなしだ。
祐介の唇が、腹まで反り返っていた俺自身の根元に辿り着いた。
袋の部分を唇で揉まれ、舌で舐め上げられて言いようのない愉悦が走る。
シーツを強く握り締めて祐介を見ると、彼は先端にチュッと軽い口付けをした。
そこはとっくに涙を零しているわけで、祐介の唇が俺のもので濡れて淫靡な輝きを放つ。
「は、ぁ…ん、祐介…」
目のやり場に困っていると、トロリとした、冷たいものが下半身にかけられた。
ビックリして身体を跳ね上げると、祐介がビンから液体を零していた。
「ひぁっ、あ…何それ…?」
「ローションだよ。この際だから、いろいろ使おうと思って。まぁ正直、これだけ濡れてれば必要ないんだけどな」
「ぁっ、あああッ!?」
祐介は微笑みながら、ローションを馴染ませるように指で竿全体を擦った。
今までとは違う、直接的な快感。
溜められている熱が溢れそうになるのだが、祐介はそれを抑えるように根元をキツク握っていた。
「ゆ…すけ! なんでぇ…っ」
イカせてくれない祐介に、ヒクッと喉が震えた。
それに合わせて、眦から涙が零れだす。
ハラハラと頬を伝っていく涙を見た祐介は、淫蕩な色が浮かんでいる目を細めた。
「その泣き顔が見たかったんだ。やっぱり、純は泣き顔が最高に可愛いよ」
「ゆ…すけ、最低…ぁあんっ!」
祐介の唇が、先端に覆いかぶさった。
唐突な刺激に腰を跳ね上げさせると、彼の口腔に深く咥え込まれてしまった。
「ひぅっ、ぁ…やっ…ああッ」
自身を這っていく祐介の赤い舌は、まるで別の生き物として存在しているかのように見えた。
根元から先端までにかけてを何度も舐め上げられ、快感に濡れた声が止まらない。
気持ちよ過ぎてどうかしてしまいそうで怖くなり、彼の動きを止めようと祐介の頭を掴むと、力強く吸われてしまった。
「ぁああッ、やぁあっ!?」
くしゃりっ、と祐介の髪の毛を握り締める。
止めるはずだった俺の手は、無意識のうちに彼の顔を股間へと押し付けていた。
押さえつけられている根元が、痛いほどに疼く。
「あ、も…おねが…っ」
「何がお願いなの?」
「んっ…イカ、せてぇ…ッ」
言うと同時に、祐介の手が離された。
解放された俺自身は、ミルクのような色をした蜜を、ビクっ、ビクっと断続的に漏らした。
「はぁ…あ…も、あん…」
弾けた熱が上から腹部に降ってくる感触に、身体の奥で情欲の炎が再燃する。
一回達しただけでは到底満足なんて出来なくて、俺は祐介の服を引いた。
そこで、彼がまだ服を着たままのことに気づく。
「祐介、いつもずるい…。俺ばっかり脱がして、自分はなかなか…脱がないじゃないかぁ…っ」
息切れをしながらも何とか言うと、祐介は自分のシャツのボタンに指をかけた。
どうやら、脱いでくれるらしい。
シャツを脱いだことによって露になった、祐介のほどよく引き締まった精悍な身体つきに、頬が熱くなる。
いつもこの逞しい身体に抱かれているんだな…。
そして、今から…抱いてもらえるんだ。
ぞくぞくとした痺れに酔いしれながら、俺は彼の背中に腕をまわした。
「お願い、ゆーすけ…。触って…?」
「積極的だな。一体どこを触ってほしいのか、言ってみろよ」
「ん…こ、こ…」
祐介の手を握って、彼の指を後孔へと導く。
軽く触れただけなのに、奥が蠢き、期待した蕾が薄っすらと開く。
「指、いれて…」
「指だけでいいのか?」
ムッとして睨み付けると、祐介は口の端を吊り上げていた。
指だけで満足できるわけがないと分かっているくせに…!
「今日の祐介、なんだか意地悪…」
「純があまりにもいやらしいから、苛めたくなるんだよ」
「いやらしいのは嫌?」
「冗談。そんなわけがないだろ」
ローションと俺の放ったものに濡れた祐介の指が、中に入ってきた。
解すように、ゆっくりと指を出し入れされる。
「痛くはないだろ?」
「あ…だいじょ…ぶっ」
正直、祐介に返答するどころではなかった。
中に入った彼の指はすぐに快感のポイントを探りあてて、集中的にそこを攻め始めたのだ。
一本ずつ指を増やされていき、三本まで挿入したところで、祐介は慎重だった指の動きを激しいものへと変えた。
「んぅあっ、も…だめぇッ。イッちゃう…!」
俺は祐介の身体にしがみつきながら、嫌々と首を横に振った。
指でイカされたくはなかった。
その思いが通じたのか、祐介は指を引き抜いた。
ほっと息をつくのも束の間、無機質で大きなものが、中に勢いよく入ってきた。
「っあ…ああ――っ!」
その挿入の勢いに乗って、熱を弾けさす。
ぐったりとしていると、中に入っている物体が、緩やかに動き出した。
その機械音に、耳を疑う。
おそるおそる下を見れば、後孔には…。
「あふっ、ぁ…ぁっ」
男性器を模したデザインの玩具――バイブ――が、突き刺されていた。
つまり俺は、結局祐介自身でも彼の指でもなくて、ただの玩具でイカされたわけで…。
「ゆっ…すけ、馬鹿…!」
「馬鹿だけど、それが何か? っていうかそれは、こんなものを突っ込まれて感じちゃってる純が言えることなのか?」
「ぁああっ!?」
緩慢な動きが、激しいものへと変わった。
中で動くソレは、感じるポイントを的確に刺激してくる。
「っう、あ…ッ」
「純、どうしたの? ビクビクと身体を震わせちゃって。そんなに気持ち良い?」
「や、ぁあんっ!」
抜き差しを繰り返され、背を仰け反らせる。
こんなもので感じたくはないのに、自分ではどうにも出来ないことが辛かった。
ぐっと、奥に突き入れられる。
「ひぐっ…うぁあ…ッ」
「けっこう、奥まで入るな。俺のじゃ物足りなかっただろ?」
「そ、んなこと…な…ッ」
確かにバイブはすごく気持ち良い。
でもこれには、人特有の体温というものがない。
どこまでも無機質で、硬質としたものだ。
そこには当然温もりは感じられないし、愛だって感じられない。
それが、嫌だった。
何より祐介以外のものを、受け入れたくはなかった。
「祐介ぇっ、いやだよぉ…っ、あぅっ…!」
「何が嫌なんだよ? ここ、だいぶ悦んでいるみたいだけど?」
「うっ…そだぁ。ふっ…俺、は…。俺は祐介じゃないと…や…っ」
「………純」
不意に、祐介の声が甘い響きを持ったものへと変わった。
中のバイブの動きが止まり、ゆっくりと、引き抜かれた。
「ふぁ…?」
「…玩具じゃなくて、俺がいい?」
こくこくと何度も頷くと、祐介は泣き腫らしたせいで赤くなってしまった俺の目元にキスをした。
それから、優しく抱きしめてくれた。
「ごめん、純。さすがに今日はちょっと苛めすぎた」
「うぅ…。ゆぅすけ…許さないから…」
「純…」
「だから、罰として……挿れて?」
返事の代わりに、祐介は己を散々解されて緩んでいる蕾へとあてがった。
熱を感じながら、瞼を閉じる。
「…きて、祐介」
「…ああ」
「っ、あぁ―ッ!」
祐介は身体を押し上げると、一気に俺を貫いた。
彼の楔がこれ以上ないくらい深くに埋め込まれ、意識が朦朧とする。
やっぱり、玩具なんかとは全然違う。
熱くって、大きくって、何よりも、祐介を感じることが出来る―――…。
「…動くぞ?」
「うん、動いて…」
激しい抽挿とは違う、ゆっくりとした動き。
繋がったところから、溶け落ちてしまいそうな気さえした。
それほどまでに甘く、身体だけでなく頭の中まで蕩けてしまいそうな、深い深い快楽だった。
「あ、ぅ…んっ…」
「純、純…っ」
互いに唇を求め合って、何度もキスを交わす。
柔らかな唇を擦れ合わせながら、舌を絡めあう。
息苦しかったけれど、今はそれが心地良いくらいだった。
「…純のここ、相変わらずとろとろだな」
「やぁんっ、あ…祐介…」
祐介の指が、彼の言葉通り雫を零し続けている俺自身にかけられた。
やんわりと擦られ、上ずった声が漏れる。
恥ずかしさと、触れてもらえているという喜び。
中に祐介がいるのだという幸福感。
それらを感じながら、腰を動かす。
その度に響くいやらしい水音は、俺と彼が繋がっている証拠なのだと考えると不思議と不快感はなかった。
「祐介、お願い…。一緒に…」
「ああ。一緒に、イこう」
身体を上下に揺さぶられ、幸せな気持ちのまま、絶頂を迎える。
祐介も達したらしく、身体の奥が、温かく濡らされた感覚があった。
彼と抱き合ったまま、力なく瞼を閉じる。
「純、これからは俺の家に来てくれてもいいからな…?」
小さく頷いて、俺は目を閉じたまま、祐介と口付けをした。