12. 義務と意思の狭間にて
「葵くん、ご苦労様」
「社長も会議お疲れ様でした。これ、契約書です」
鞄から契約書を取り出し、差し出す。
受け取った社長は顔を綻ばした。
それもそのはず。
その契約書にはきちんとサインがされているのだから。
「良かった。秋月社長は冷たい人だって結構話に聞いてたから、心配してたんだ。でも、そんなのは杞憂だったみたいだね。葵くんなら平気に決まってるか」
本当は全然平気ではなかったものの、僕は苦笑いしつつ頷いた。
「じゃ、葵くん。これからもK会社とは君が取引をすることになるだろうけど、宜しくね。これ…K会社について色々書かれてる資料だから読んでおくと良いと思う。暇なときにでも、ね?」
「はい。ありがとうございます」
差し出された資料を鞄の中へとしまう。
そのとき、カタンッと床に何かが落ちる音がした。
僕の鞄から何かが落ちてしまったらしい。
音がしたほうに僕と社長は目を向けた。
そこにはピンク色のローターが落ちていた。
それが僕が先ほど使われたローターだと気づき、咄嗟に拾おうとしたものの先に社長に拾われてしまった。
「これ…ローター? 葵くん、買ったの?」
「そ、そんなわけ、ないじゃないですか…っ」
どうして僕の鞄の中にこれが?
考えられるのは、秋月さんが入れたということ。
けれど、どうして?
確かに気持ち良かったけれど…入れておけば一人で僕がするとでも思ったのだろうか。
「これってさ、K会社の製品だよね」
ローターを見ながら社長は言った。
「そ、そう…なんですか?」
「買っていないとしたら、どうしてこれを君が持ってるの? …それも、K会社の」
「えっと…」
言い淀む。
僕自身、どうして入っているのか正確なところは分からないのだ。
いつ入れられたのかも分からないし…。
「葵くんさ、K会社に本当に契約をしに行っただけなの?」
「そ、それ以外に何があるっていうんですか…っ」
ドキリとした。
何があったのか勘付かれてる…?
「本当に? 何かされなかった?」
「…さ、れて…ない、です」
消え入りそうな声で言うと、社長はローターを片手に近づいてきた。
社長の僕を見つめる瞳はやけに冷たかった。
秋月さんの瞳とは違う、おぞましさを感じる瞳。
どうして社長がこんな瞳で僕を見てくるのだろう。
怖くなって僕は後ずさりした。
けれどそのときには、社長に肩を掴まれてしまっていた。
「震えてるの?」
声色は優しいものだったが、瞳は決して笑っていない。
「ねぇ、葵くん。葵くんが契約をしに行っただけなら、どうしてローターが入っているのかな。僕に本当のこと、教えてよ」
「だ、だから…その…っ」
「会社の契約時にあったことを社長に言えないだなんて可笑しいよね? それとも、何かやましいことでもあるの?」
これ以上は誤魔化しきれないと悟った僕は、渋滞で遅刻をしてしまい、情事によって契約を結んでもらったことを告げた。
話し終えた僕が見た社長の顔は、ひどく冷めたものだった。
「へぇ…じゃあ、君は身体を売ったんだ?」
「ちが…売ってなんて、ないです…っ」
「だってそうだろう? 君は僕が会議で頭を悩ましているときにローターを突っ込まれて喘いでたんだろ? みんなが一生懸命働いているときに、秋月社長に可愛がってもらっていたんだろう?」
「そ、んな…こと」
社長の瞳を見ていられなくて、僕は床に視線を落とした。
「まぁ、それについてはいいよ。方法はどうであれ、自らの失敗を取り直そうと君が頑張ったことなのだし。けど、遅刻したっていうのは許せないかな。いくら渋滞していたとしても、時間を守れなかったのは事実だ。それは君の責任」
「…申し訳、ありません」
「目を見て言えよ」
「っ……」
僕はおそるおそる視線を上げた。
社長は相変わらずの冷たい瞳でこちらを見ていた。
その表情は、限りなく無表情に近い。
「すみませんでした…」
「時間厳守。それが商談では当然のこと。それが守れなかった君には、お仕置きが必要だね」
「…おし、おき…?」
戸惑っていると、社長は微笑んだ。
いつもの温かさの欠片もない、冷たい微笑みだった。
「そう、お仕置きだ。君が二度と身体で払えばいいだなんて考えを持たないよう、教え込んであげる」
そう言って、社長は僕を床に押し倒した。
「い、やです。嫌…社長っ」
社長は僕の服を乱暴に脱がしていく。
「やめてくださいっ」
そんなことを言っても社長がやめてくれるはずもなく、僕は服を全て剥ぎ取られてしまった。
それからネクタイで手首をキツク縛り上げられる。
「っ…い、たぃ。社長…やめて下さい」
「やめないよ。だってこれは、お仕置きなんだもの」
微笑を浮かべる社長は自らのネクタイを少しだけ緩めた。
「さぁ、始めようか。冷静な秋月社長相手にどんなテクニックを使ったのかは知らないけど、これを使えば必然と分かるよね?」
ローターを片手に、社長は不敵に笑ってみせた。