19. 義務と意思の狭間にて


清々しさすら感じる青空の下、僕は駅前へと歩いていた。
緊張しているのが自分でも分かる。
なんたって今日は。

「おはようございます。…雅人、さん」
「おはよう、葵くん」


社長…雅人さんとの始めてのデートなんだから。


既に待ち合わせ場所に立っている雅人さんに、僕は焦りを覚える。

「えっと、時間…」
「遅れてないよ。むしろ早いくらいだ。ただ、僕は一時間以上前からここで待ってたから」
「そんな早くからいたのですか?」
「待ちきれなくって」

そう言って照れたような笑みを浮かべる雅人さんに、僕の頬も自然と緩む。
心が温かいのは、気のせいなんかじゃない。
僕は雅人さんの手をそっと握った。
雅人さんは驚いたようで肩をビクッと竦ませたが、すぐに微笑んで握り返してくれた。

「行こうか」
「はい」

今日は一緒に映画を見に行くことになっている。
僕は歩きながら雅人さんの横顔を盗み見た。
雅人さんは悔しいくらいに綺麗だった。
それは僕が彼を好きだからそう見えるというだけではないだろう。
実際、雅人さんを振り返る人もいた。
何だかムッとしたけれど、その雅人さんと一緒にいれているのだと思うとそれ以上に嬉しくてたまらなかった。

「映画、見るの久しぶりです」
「本当? 実は僕もなんだよね…仕事とかで忙しいからね〜」
「雅人さんと仕事が出来るのなら、僕は幸せです」
「…葵くん」

社長は嬉しそうに微笑んだ。
社長がそういう顔をすると、僕も嬉しくなる。
歩道で立ち止まり、僕たちは見つめ合った。
瞼をゆっくりと閉じ、唇を互いに吸い寄せられるように…。

「人前で堂々とするのはいかがなものかと思うのだがな」

冷たい声に僕たちは引き寄せ合っていた顔を離した。
あともう少しで出来たのに。
そのことを残念に思いつつ、僕は声のしたほうを向いた。
それから、呆然としてしまった。
冷たい声の持ち主。
それは何となく秋月さんだと予想はついていた。
けれど秋月さんと腕を組んで幸せそうに立っている女性に、驚きを隠せなかったのだ。

「お久しぶりですね。雅人さん、葵さん」

柔らかい笑みを浮かべるのは、あのとき雅人さんとお見合いをしていた女性だった。
頬を少しだけ朱に染めて秋月さんと腕を組んでいる辺り…彼女の好きな人って……あ、秋月、さん?

「なんだ、私が癒月と腕を組んでいることに文句があるのか?」
「いっ、いいえ!」

僕は慌てて首を横に振った。
秋月さんは少しだけ眉を顰めると、僕から社長へと視線を動かした。
口の端を少しだけつり上げ、秋月さんは軽く頭を下げた。

「直接会うのは初めてですね。私がK会社の社長、秋月礼二です」
「はじめまして…」

雅人さんは何だか不満そうに頭を下げた。
もしかして…僕が彼と行ったことを気にしているのだろうか。
…って、今考えると秋月さんはこんなに素敵な笑顔の持ち主である癒月さんというものがありながら僕にあんなことをさせたのか!?
秋月さんへと目をやると、彼はフッと鼻で笑った。

「っ……」

軽く睨むと、秋月さんは僕に近づいて耳打ちするように言った。

「ちょっとした遊び心だ。まあ、もしまたしたかったら来るといい。いつでも歓迎しよう。さすがに私のものを使うわけにはいかないがな。玩具でいいのならいくらでも可愛がってやる」
「やめて下さいよ!」

顔を真っ赤にして怒鳴ると、秋月さんは含み笑いをして癒月さんの隣に戻った。

「何を言われたんだい?」
「何でもありません…」

雅人さんの質問に僕はますます赤面しつつも首を横に振った。
そんな様子を見て癒月さんはくすくすと笑った。
笑っている場合ではないと思うのだが…。
結構自由な関係なのだろうか。
秋月さんとか束縛しそうな気がするのだけども。

「それじゃあ、私たちはこれで。邪魔をしてすみませんでした」
「もう少し恥じらいを覚えるべきだと思うぞ」

相変わらずニヒルな笑みを残して秋月さんは歩いていった。
その隣を、柔らかい笑顔をした癒月さんが歩いていく。
僕たちはしばらく二人の背中を見つめ、それから顔を見合わせた。

「…なんだかよく分からないし不愉快この上ないけど、まあ…いいよ。今はね」

…今はね?
雅人さんの言葉を不審に思っていると、彼は僕の手を掴んで歩き出した。

「とりあえず、映画館に行こうか」

そう言って微笑む雅人さんに、嫌な予感を感じずにはいられなかった。
僕は少しだけ不安になったものの、それでも、雅人さん相手なら何でもいいやと思った。
ちょっと投げやりになってしまっているのかもしれない。
でも、本当にそう思うから…。
だから僕は雅人さんの手を握り返し、素直に後を着いていった。
この後映画館で何を言われたか話すまで身体を弄られることになるだなんて、このときの僕には気づけなかった。
まぁ、それはまた別の話。
僕は雅人さんの温もりを手のひらから感じながら、知らず知らず微笑んでいた。
空はますます青く澄み渡り、日差しは強くなっていく。
そんな中、雅人さんと歩いていく。
大好きです、雅人さん。
これからも一緒にいて下さい。
言葉にしなければ分からないことは多いけど、僕はあえてその思いを言葉として伝えなかった。
言わなくても、雅人さんには伝わっている気がしたから。




僕は雅人さんを愛しげに見つめながら、思いを告げる代わりに彼の名前を呼んだ。




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