1. 出口のない愛に溺れて
ただ校舎を歩いているだけで、感嘆のため息と黄色い声を上げさせる教師がこの高校にはいる。
しわ一つない黒色のスーツに紺色のネクタイ。
太陽の光に艶めく黒髪と黒い眼鏡が印象的な、優しい男性教師――水野先生――。
浮かべられた微笑みは他人の心を簡単に射止めてしまえるほどの破壊力を秘めており、女性ならず男性までもを魅了していた。
それは僕も例外ではなく、先生には恋心を抱いていた。
男同士だし、教師と生徒だし。
それらの問題があるから直接的な行動に出たことはないけども、自習室によく勉強を教えてもらいに行ったりしていた。
いつも本当に教え方が丁寧でわかりやすく、問題が解けるとすごく褒めてくれる、優しくって大好きな先生。
その先生に会うために、今日も僕は自習室に足を運んでいた。
いつものように腕いっぱいに教科書と問題集を抱え込み、自習室の前に立つ。
ドアノブを握って少しだけ押し開けると、先生の姿が目に入った。
「……え?」
優しくて礼儀正しい先生が……椅子に座って長い足を机に乗せ、煙草を咥えていた。
微かにだが、室内から廊下へとドアを通って煙草特有の匂いが漂ってきている。
僕は信じられない光景に唖然として、先生の様子を見つめていた。
「……ったく、あの野郎……! ふざけやがって!!」
口汚い言葉が、先生の形の良い唇から白い煙と共に吐き出される。
あれ?
可笑しいな……。
何だろう……これは。
僕の中の先生のイメージが崩れていく。
水野先生はこんな暴言を吐かないし、煙草だって吸わない。
たとえ吸っていたのだとしても、校舎内で吸ったりはしないはずだ。
机にも足は乗せないし……。
目の前の状況が理解出来なくて戸惑っていると、先生がこちらを見た。
別に僕に気がついたわけではないのだろうが、向けられた視線にビクッと体を震わせてしまい、その拍子に腕の中から教科書類が落ちた。
床にバラバラと散らばった教科書と問題集は、やけに大きく音を立てたように感じた。
「誰だ!」
先生の厳しい口調の声に、僕は思わず駆け出した。
「待てっ!」
「あっ……!?」
このまま走り去ろうとするものの、先生に腕を掴まれて自習室に引き込まれてしまった。
叩きつけられるように勢いよく壁に押し付けられる。
先生に押さえ込まれている手首はやけに熱く、痛かった。
「君は……っ」
先生は僕の顔を覗き込むと、はっとしたように息を呑んだ。
いつもここで勉強を教えている生徒だと気がついたのだろう。
僅かに視線を逸らすと、先生は小さくため息をついた。
「……今日は自習室を使える日ではないのだが?」
「え……そ、うなんですか……?」
「今週は三者面談があるから、放課後は速やかに下校することになっている」
先生は目を細め、睨むように僕を見てきた。
その視線に小さく肩をすくめる。
いつものあたたかくて優しい眼差しじゃない。
鋭くって……冷たい。
はじめて先生と一緒にいて、恐いと感じた。
けれど畏怖を抱くと同時に、頬が熱くなっていく。
今まで見たことがない先生の冷ややかな瞳は、どうかしてしまいそうになるほど綺麗で格好良かったのだ。
「……あの、先生、僕……ごめんなさい。こっそり覗くつもりなんてなくって……」
「……だとしても、見られたことに変わりはない……」
こんなときだというのに胸をドキドキとさせていると、先生は僕の手首をため息を零しながら離した。
それから先生は、自分の眼鏡に手をかけた。
「……先生?」
スッと眼鏡が外され、いつもレンズ越しに見ている先生の漆黒の瞳が露になる。
それは普段よりも深く澄んで見え、僕は見惚れてしまった。
なんて、なんて綺麗……。
「……黙っていてくれれば、気持ちいいことをしてやる」
「……ぁっ」
先生の甘い声とともに息が耳にかかる。
背筋を震わした僕の太ももに、先生の手が触れた。
「せ、先生……!?」
先生は僕の耳朶を優しく噛むと、ベルトを外してきた。
慌てて先生の手を掴むと、先生は僕に深く口付けてきた。
「んっ……!?」
いきなりのことに戸惑ってしまい、僕は目を大きく見開いたまま硬直してしまった。
その間に先生は僕のベルトを外し、下着ごとズボンを下ろす。
冷ややかな空気に下半身が包まれてゾクゾクとしていると、唇を割って口内に先生の舌が滑りこんできた。
驚いて舌を喉の方へと引っ込めると、先生は舌先でくすぐるように上顎を撫で、歯列をなぞった。
「ふぁっ……ぁ、ん……」
敏感な粘膜を擦られ、声が漏れる。
舌をゆっくりと絡め取られて吸い上げられると、下半身に血液が集まっていくのが分かった。
何これ……気持ちいい……?
朦朧としていると、不意に僕自身に先生が触れた。
悲鳴は唇に吸い取られ、僕はただ身体を震わすことしか出来なかった。
先生は指で執拗に僕自身を擦ってくる。
「ぁっ……やぁんっ……」
唇を離すと糸が引き、なにより甘ったるい声が出てしまった。
キスから解放されて、声を抑えてくれるものがなくなったからだ。
僕は恥ずかしさに涙を零した。
視線を下へと落とすと、熱い迸りが先端から溢れ、先生の指を濡らしているのが見える。
感じているのを隠しようがないほどに、そこは熱く勃ち、濡れていた。
「うぅ……ふぇっ……あぁんっ……」
自分のあまりの浅ましさに、僕は哀しくなった。
だっていつの間にか、先生の掌に、僕は自身を押し付けて腰を動かしていたのだから。
「どうした? 嫌ならそう言えばいい。止めてやるぞ?」
「ふぁっ、あっ……んぁあ……!」
先生は僕が抵抗出来ないのを見越して、そんな意地悪を言う。
だってずっとずっと、好きだったのだから。
そのことには先生だって、きっと気づいてる。
それなのにそんなこと言うなんて……。
「ひど……いっ……」
「ひどい? だったら、嫌いになればいい」
「やっ……そんな……のぉ、いやぁ……っ」
「……よく分からない奴だな」
先生は半ば呆れたように呟くと、僕を扱く手の動きを早めた。
耳に届く水音は大きくなり、恥ずかしさで胸がいっぱいになる。
でもそれ以上に気持ちよくて。
気持ちよく、なりたくて……。
「せ……んせぇっ。おねがっ……も……」
「何だ?」
「はっ……先生の……手で、イ……イキたいのぉ……っ」
涙を零しながら言うと、先生は満足そうな笑顔を見せた。
それはどこまでも冷たく、けれど淫蕩な笑みで……。
ゾクゾクゾクッと、一際強い震えが走った。
「ああぁぁッ!?」
目の前がチカッと点滅したように思えた。
それとほぼ同時に、僕は先生にしがみつきながら、掌に放ってしまっていた。
気持ち良い……。
解放感に酔いしれていると、先生が僕の身体を抱き上げた。
「せっ……せんせぇ……?」
「フッ、その顔を見るに……相当良かったのだろう? せっかくだ、もっと気持ち良くしてやる。今度は俺のものを使って、な」
「先生の……?」
男同士の仕方は、熟知している。
お兄ちゃんがそのテの本を持っていたからだ。
実際にしたことはないけれど……。
先生は僕を机の上に座らせると、じっと見つめてきた。
「……いやらしい顔をして。そんなに俺を煽って、楽しいか?」
「あっ、煽ってなんか……ない、です」
「ほう? ではこのまま止めるか?」
「っまた、そういうこと……!」
さっきからドクンドクンと、僕自身は脈打っている。
身体の奥の方が凄く熱くって……。
先生が欲しいって、そう求めてるのが分かる。
「……ぼ、くは……。先生が、好きなんです……。ずっと、ずっと前から」
「知っている」
「……じゃあ、そういうコト、訊かないでください。先生がすることで、僕が嫌なコトなんて……ほとんど、ない……んですからぁ……っ」
恥ずかしさを堪えて言い切ると、先生は僕の頬に手を触れさせてきた。
そのまま、二回目のキスをされた。
それは先程のように性感を覚えるような熱いものではなくて、優しくて柔らかい口付けだった。
ぽわぽわとした、不思議な気分になる。
「続きをしてほしければ、そう言ってみろ。これから何をするのかが分からない、などということは流石にないだろう?」
「ん……して、くださぁい。先生ので、僕のこと……いっぱい、気持ちよく……、っぁ!」
先生の唇が、首筋を吸い上げた。
時折歯を立てられて、そのたびに肩がピクリと跳ねる。
たったこれだけのことなのに、意識が朦朧とするくらいに気持ち良い……。
多分、先生相手だからなんだろう。
ただ触れられているだけで、イッちゃいそうになる……。
熱っぽい息を吐いていると、先生の指がお尻の穴に触れた。
「んっ……せ、んせ……そこは……」
「俺がやることに、文句はないのだろう?」
「そ……でも……やっぱり、恥ずかしいです」
「今更、何を純情ぶっているんだ」
「あぁっ!?」
先生は僕の中に指を入れてきた。
僕が出したもので濡れているせいなのか、それほど抵抗はないようだった。
「……もしかして、自分で弄っていたりするのか?」
「して……ない、ですっ」
「そのわりには、やけにすんなりと入るようだが?」
「しら……ないです、そんなのぉ……っ」
先生は僕の顔を深く澄んだ瞳で見つめながら、指を折り曲げた。
「ああ……!」
「ふん、ココか」
「あっ、や……ふっ……」
先生の指が動くたびに、身体中に電気が走ったみたいになった。
痛いくらいの刺激に、僕自身からトロトロと垂れた蜜が机に水溜りめいたものを作り上げる。
「っま、た……イッちゃ……」
「イケばいいだろう?」
「やぁ……先生と、一緒がいぃ……っ」
「……なら、少し我慢を覚えてもらおうか」
先生は僕から指を引き抜いた。
「ぁん……」
「そう残念そうな顔をするな。すぐに良くしてやる」
「あ……」
先生はそう言うと、ズボンの前を肌蹴て見せた。
ドクッと心臓が大きく跳ねる。
取り出された先生のものは、僕とは大きさも形も色も、全然違う。
大人の男性という感じの逞しいソレに、僕は目が離せなかった。
「そんなにコレが欲しいのか?」
「……欲しい、です」
「素直な子は、好きだぞ」
「本当ですか?」
「……ああ、本当だ」
先生は口元を僅かに綻ばせると、僕の蕾に自身を宛がった。
指とは全く違う質量が、押し当てられている。
先生のものが、当たっているんだ……。
鼓動の音が、より早く大きなものになる。
期待と興奮が抑えきれない。
「せ、ん……」
「分かっている。挿れるぞ」
「は、い……っ」
先生はグッと腰を押し上げた。
切っ先が潜り込んで来ると、やっぱり苦しい。
引き裂かれるような痛みが襲ってくるけれど、僕は先生の胸に顔を押し当てて必死に堪えた。
嫌がったりして、先生に嫌われたくないから。
「んっ、ん……んん!」
一番太い部分を飲み込むと、あとは案外アッサリと入った。
といっても、始めの頃に比べれば、なのだけれど。
「はぁ……先生が中に……挿ってるんだ……」
「……やけに嬉しそうだな」
「だって、ずっと……あっ、急に動かないで……!」
先生はまだ僕が話している途中だというのに、律動を始めた。
軽く動かれるだけでも、気持ちよすぎて何も考えられなくなる。
「ふあっ、あぁ……せんせっ、せんせぇ……!」
「気持ち良いのか? 言ってみろ。上手に言えたら、もっと良くしてやる」
「んっ……!」
僕は耳元で囁かれる声にビクビクと震えながら、先生を見上げた。
「いぃ……ですぅ……あぁっ、いいっ、ん……気持ちひぃ……!」
いけないコトをしているのは、分かっている。
自分がどれだけいやらしく先生の目に映っているのかも、分かってる。
それでも、止められなかった。
本当に、ずっと先生に憧れていたから……。
「良い子だ、湊……」
「あっ、ひぁああああっ!!」
先生に名前を呼ばれて、僕は堪らずイッてしまった。
そのときの締め付けが良かったのか、先生も僕の中で果てたようだった。
熱いのが、注がれているのが分かる……。
「ぁ、ん……」
「名前を呼ばれただけでイクとはな……」
「あ、だってぇ……僕の名前、知られてるなんて思わなかったから」
自習室に通ってはいたものの、僕は名前を名乗るということをしていなかったのだ。
ただ傍にいられれば、それで良かったから。
……良かったはずなのに、今は繋がってるんだ。
先生と。
そう考えると、自然と笑みが零れた。
「何を笑っている?」
自身を引き抜きながら、先生は訝しげな目で僕を見てきた。
僕は「何でもありません」と言って、再び微笑んだ。
たくさんの人に人気がある先生とこんなことを出来るなんて、思いもしていなかった。
制服を調えようと起き上がると、腰が痛んだ。
「あいてて……」
「この程度で痛まれていては、困るな。先が思いやられるぞ」
「……せんせぇ」
それって、また抱いてもらえるということだろうか。
そう考えて、いいんだろうか。
「先生、僕……」
「また気持ちよくなりたければ、来るといい」
「はっ……はいっ!」
僕は大きく頷くと、先生に抱きついた。
先生には力づくで引き剥がされてしまったものの、僕は幸福感に包まれていた。
それとちょっとした、優越感に。