1. 探り合いで駆け引きといこうじぇねぇか
「……宿題やってくれたんだよな? ありがと。これ、約束の金」
「どうも」
放課後の教室。
渡された現金を財布の中へとしまう。
「藤堂も、変なやつだよな。こんなことしてないで、バイトすりゃいいのに」
「出来たらやってるよ」
「ふーん?」
関心なさそうに言うと、クラスメイトは教室から出て行った。
俺は財布を鞄の中にしまって短く息を吐き出した。
どうしても、金が欲しかった。
必要だった。
だから毎日のように遅くまでバイトをしていたわけだけども、まさか倒れることになるだなんて思わなかったんだ。
当然今までこなしていた複数のバイトは続けられなくなり、俺は収入口を失くしてしまった。
だから俺は、こうやって学校内で「万屋」をやっている。
今みたいに宿題を代わりにやったりだとか、そういう雑用をこなすことで生徒から金を貰っている。
バイトの方が遥かに額は稼げるものの、体調が良くなるまでの辛抱だ。
「藤堂」
聞こえてきた声に振り返ると、教室の入り口…ドアにもたれ掛かるようにして、桐原が立っていた。
クラスメイトの一人だが、あまり話したことはない生徒だった。
そんな彼が話しかけてくるということは、きっと、俺が行っている「万屋」関係のことなのだろう。
「金はあるのか?」
「いきなりそれか」
桐原は呆れたように笑うと、俺へと近づいてきた。
それから、一万円札を二枚、突きつけてきた。
「こんだけありゃぁ、十分だろ?」
にんまりと微笑む桐原の顔をじっと見つめる。
俺の仕事は基本、等価交換で成り立っている。
仕事内容が困難になればなるほど、支払ってもらう額は高くなるわけだ。
それでも、大抵が千円以内だ。
欲を言えばもっと支払ってもらいたいのだが、支払い額の最低ラインを上げてしまえば客が来なくなることは目に見えているから、そんなことはしない。
学生相手なのだから仕方がない。
だというのにいきなり一万円札を、しかも二枚も突きつけてくるこいつは一体何なのだろう。
それほど困難な仕事内容なのか……それとも、ただの馬鹿なのか。
「引き受けてくれるよな、藤堂?」
「……内容は」
「傷つけてほしい人間がいるんだ」
俺は桐原の言葉に微かに眉を吊り上げた。
快く引き受けられるような内容ではない、な。
「ちょっといろいろあってさぁ。ズタボロに、そいつの心を引き裂いて欲しいんだよ」
「……ターゲットは」
「伊織。お前も名前くらいは聞いたこと、あるんじゃねぇか?」
桐原の問いかけに微かに頷く。
伊織は可愛い顔をしているということで、ひそかに男子生徒に人気があったはずだ。
俺は興味がないけれど。
「藤堂、結構整った顔してるしさ。遊んでやってよ、伊織のこと。それで夢中にさせた後、捨ててあげて」
金はやるから、さ。
そう微笑まれながら目の前で二万円札を振られて、俺は返答に困っていた。
人を傷つけるようなことはしたくない。
けれど……。
「理由は知らないけど、金が必要なんだろ?」
「……分かった。引き受ける」
「よし、じゃあ宜しくな。藤堂っ」
桐原は嬉しそうに笑って教室を出て行った。