2. 作為でしか愛せない
伊織で遊べといわれても、どうしたらいいんだか。
だって伊織は男なんだぞ?
同性である俺に夢中にさせることなんて出来るわけがない。
そう思いつつも何も行動しないわけにはいかないので、俺は図書室へと足を運んでいた。
桐原に聞いたところ、伊織は図書室によくいるらしい。
ドアを開けると、小柄な後ろ姿が見えた。
見るからに細い足腰に、さらさらとした黒髪。
同い年の男子生徒とは思えないその立ち姿に半ば呆れさえ覚えながら、近づいていく。
どうやら高い棚に入っている本が取れなくて困っているようだった。
「ほら」
「え……」
本を代わりに取ってやって差し出すと、そいつは驚いたように目を丸くした。
その瞳はやっぱり男とは思えないくらいに大きくて、なによりどこか潤んでいて、見つめられると吸い込まれてしまうような感覚に囚われる。
「あ、ありがとう……藤堂くん」
そう言って柔らかく微笑むこの男子生徒こそ、伊織だ。
俺の傷つけるべき相手、ターゲット。
そして俺のことを、好きにさせるべき相手だ。
「……伊織って、よくここにいるよな」
「……どうして?」
「え?」
「どうして知ってるの……?」
予想外の部分に食いついてきた伊織に多少戸惑いながら、適当に答える。
伊織にとって俺が自分を知っているということが、ひどく衝撃的だったらしい。
俺としては伊織が俺のことを知っているということの方が驚きなのだが。
まぁ、万屋をしているのだから、小耳に挟むくらいのことはあるのかも知れない。
「……そんなに本が好きなのか?」
懸命に本棚を見ている伊織に問いかけると、彼は嬉しそうに頷いた。
「本を読んでいるときって、いろいろなことを忘れられるから」
「……現実逃避したいような嫌なことでもあるのか?」
「そういうわけじゃないけど。なんていうのかな。あの物語の中に引き込まれていく感じが好きなの。現実にはありえないようなことが、たくさん書かれているわけでしょ? 実際には体験出来ないようなことが、媒体を通して感じることが出来る。それらは結局、偽りに過ぎないわけだけれど。でも作られたものだからこそ、安心して感じられるというか……。もしも自分だったらって、置き換えて考えることも出来るし。そのもしもの世界が……」
「あー、分かった、分かった。伊織が本好きなのはよく分かったから」
これ以上語られても理解出来ないだろうと覚った俺は、途中で伊織の言葉を遮った。
伊織はどことなく不満そうな顔をしたものの、すぐに笑顔に戻った。
「藤堂くんは、どうしてここに?」
「俺は…」
「本が好きなタイプには思えないんだけど。借りにきたの?」
「いや、違う。……伊織に、会いに来たんだ」
「え……?」
見開かれた伊織の綺麗な目を見ながら、ちょっと早すぎたかなと内心で舌打ちをする。
けどまぁ、言ってしまったからには仕方がない。
「……伊織のこと、好きなんだ。だからお前に会いに来た。迷惑か?」
「め……いわく、だなんて……」
雪みたいに白かった伊織の頬が、見る見るうちに赤らんでいく。
耳まで真っ赤になったところで、伊織は恥ずかしそうに俯いた。
「伊織?」
そっと近づいて顔を覗き込むと、伊織の涙で潤んだ瞳が目に入った。
泣くほど嫌だったのだろうか。
伊織を傷つけることが目的なわけだし、これはこれで成功って言えたりするのだろうか……。
そんなことを考えていると、伊織が俺の制服をきゅっと掴んだ。
「…僕、も」
見上げられた伊織の瞳には、確かな意思が宿って感じられた。
「僕も、藤堂くんが好きだよ……」