3. 隣にいたのに何も気付けなかった


いくらなんでも即効でOKを出されるだなんて思っていなかった俺はひどく狼狽した。
伊織ってそのテの趣味があったのか。
まぁこれだけ可愛ければそれが許せるような気がしないでもないが。
そんなことを思いながら、ジュースを飲んでいる伊織を見つめる。
テストが近いので、俺たち二人は一緒に勉強をしていた。
場所はもちろん、俺の部屋だ。
けれど俺の目的が、ただの勉強会のはずがない。
もう付き合い始めて一ヶ月は経っているんだ。
そろそろ触れ合ったって、可笑しくないだろう?

「なぁ、伊織……」
「なぁに?」

相変わらず優しい微笑みを浮かべる伊織へと、身体を近づける。
伊織の表情と身体が、少しだけ強張るのが分かった。
そっと、手を握ってやる。

「ぁ……」

顔を近づけると、伊織の大きな瞳が揺らぐのが見えた。
二人きりの、密室の部屋。
誰も邪魔をするやつはいない。
優しく口付けると、伊織は小さく肩をすくめた。
緊張によってか震える伊織を抱きしめ、更にキスを深いものへと変えていく。
別に、伊織に触れたいだとか、そういう感情を持っているわけではない。
当然だ。
好きで付き合っているわけではないのだから。
でもやっぱり、より深い仲になるためには、こういうのが必要だと思うんだ。

「はっ……とうど…くん……」

唇を離すと、伊織はやけに熱のこもった瞳をしていた。
濡れた唇だとか、潤んだ瞳だとか、上気した頬だとか、掠れた声だとか。
伊織を構成している要素全てが、ひどくいやらしく目に映る。
他の男子生徒たちが伊織に惹かれるのも、なんとなくだけど、今なら理解出来るような気がする。

「伊織…」
「ぁ…まっ……」

伊織の身体を床に押し倒す。
途端に、伊織の顔が恐怖に引きつるのが、見えた。

「やだぁあああっ!」
「い、伊織……?」
「いやっ、やだ…やめてっ……ふぁ…!」

ボロボロと泣きながら、伊織は抵抗をしてみせた。
先程までのうっとりとした表情とは全く違うそれ。
何がなんだか分からなくて、でもとりあえず、泣き止ませるために伊織のことを抱きしめる。

「何もしないから。だから泣くな。なぁ、伊織……?」
「いや…ぁ…ゆる……してぇ……」
「伊織?」
「もう嫌なのぉ……も……シたくない……よ」

伊織はそれだけ呟くと、意識を落としてしまった。
糸が切れた人形のように動かなくなってしまった伊織を抱きしめながら、俺は途方にくれていた。
何より伊織が言っていた言葉が気にかかってしょうがなかった。
もうシたくない?
許して?
押し倒した途端に泣き出した伊織。
泣きながら抵抗するその姿は、いつもの穏やかな彼からは全く想像出来ないものだった。

「……伊織」

そっと、涙の跡が残っている頬を撫でる。
何があったのかは知らないけれど。
それでも、伊織の過去に忘れることが出来ないような悲惨な出来事があったことは、予想がついた。
俺はぐったりとしている伊織の身体をベッドへと寝かしつけて、ため息をついた。





「……藤堂くん」

聞こえてきた声に瞼を開ける。
いつの間にか俺は眠っていたらしい。
顔を上げれば、伊織がベッドの上から俺のことを見つめていた。

「起きたのか」
「うん……。その、僕……」
「言わなくてもいいから」
「え?」
「言いたくないようなことなら、言わなくてもいいから」

伊織は俺の顔をじっと見つめて、それから、左右に首を振った。

「藤堂くんには、聞いて欲しいな。それとも、聞きたくない……?」
「いや。話してくれるのなら、聞くけど」
「ありがとう……」

伊織は小さく微笑んで、過去に何があったのかを話してくれた。
彼は中学生の頃、クラスメイトたちに犯されたことがあるらしかった。
いわゆる、輪姦……集団レイプ。
伊織が通っていた中学は男子校で、可愛い顔をしていた彼はきっと性欲の捌け口にでもされていたのだろう。
俺に押し倒されたときに、そのときのことを思い出してしまったらしかった。

「藤堂くんとその男子たちが同じなわけじゃない。それは分かってる。でも……やっぱり怖いの。抱きしめられたり、キスされるのは大丈夫。でも押し倒されるのだけは駄目……。いつも無理やり組み敷かれてたから……っ」

泣き出しそうな声で話す伊織の額にそっと口付ける。
途端に、大粒の涙が伊織の頬を伝う。

「ごめんね、藤堂くん。すごく好きなのに……触れ合えない。今は……まだ……っ」
「いいから、そんなこと。俺は伊織といられれば、それでいい」
「藤堂く……ん……っ」

泣きじゃくる伊織を慰めながら、俺は自分の行動に呆れていた。
伊織を傷つけるのが、目的なんだ。
だったらこのまま無理にでも抱いたほうが良いんだろう。
でも何故だかそんな気にはなれなくて。
本当に、俺は何がしたいんだろう……。




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