1. 変わらない眼差し


見上げれば、視界いっぱいに広がる淡い桃色。
陽に透けるそれらを眺めながら、水瀬宏紀はため息をついた。

「みーなーせっ!」
「うわっ!?」

突然背後から頭を乱暴に撫でられ、水瀬は肩をすくめた。

「な……なんだよ!」

ムッとして振り返ると、そこには朗らかな笑みを浮かべる男子生徒…進藤新が立っていた。
水瀬は乱れた髪の毛を撫でつけながら、唯一無二の親友である彼を睨みつけた。

「そう怖い顔すんなよな。頭の上に桜の花びらが積もってたから払ってやっただけだろ?」

悪びれもせずに進藤は言った。
そんな進藤を、ますます険しい顔つきで水瀬は睨む。

「払うにしてももっとやり方があるでしょ?」
「へいへい。とりあえず、さっさと行こうぜ」

進藤は手の平を軽く振りながら校舎へと歩き出す。
その後に続いて、水瀬も歩き出した。

「……ついに高校三年生かぁ」
「嬉しくねー……よな。受験だもんな」

進藤は軽く顔を顰めた。
それから、からかうような笑みを見せる。

「さすがに成績トップクラスのお前も、受験は嫌か?」
「そりゃね……。っていうか、僕はそんなに頭良くないからね?」
「そうか? だって学年末のテスト、結構良かったろ」

その言葉に、水瀬は苦い顔をした。
本当に成績トップの進藤に良かったと言われても、何も嬉しくはない。

「進藤こそ、どうなのさ? 受験は嫌いなの?」
「嫌いに決まってるだろ。受験……いわゆるテストだよな。それが好きだなんて、よっぽど自分の力を試したい奴か他人に自己能力を誇示したいナルシストだけだっての」
「そんなこともないだろうけど……まあ、大抵の人は嫌いだろうね」

水瀬は進藤の言葉に小さく笑みを零し、そっと、隣を歩く彼を見やった。
前を真っ直ぐに見つめる進藤の瞳を見つめ、水瀬は感嘆の息をもらす。
進藤の瞳は常に前を力強く見据えていて、そんな彼に水瀬は憧憬を抱いていた。
そして、それ以上の感情も。

「水瀬はさ、結局どこの大学を受験するんだ?」
「……まだ、決めてない」
「そっか。まあ、まだ決めるまでには一年あるしな。けど、早く決めといたほうがいいぜ。目標がある方が、勉強に身が入るからな」
「そうだね。進藤はどこにいくつもりなの?」
「俺? 俺は、やっぱN大学だな」

進藤は瞳を輝かせていった。
進藤の目指しているN大学は、県内……否、国内でも有数の国公立大学だ。
日本人なら、知らない人の方が珍しいだろう。
学年トップの成績を誇る進藤なら、合格も夢ではないと水瀬は思っていた。
だからこそ、ため息がもれるのだ。

「……そんな陰鬱な顔してんなよな。じきに水瀬も、行きたい大学が決まるって。それとも、そんな顔をするほど受験が嫌か?」
「……そう、だね」

正確なところを言えば、水瀬は受験が嫌なわけではない。
嫌いなことは確かだが、それだけでこんなにも沈鬱にはならない。
水瀬が嫌なのは、受験によって進藤とは別々の大学へと進学することだった。
進藤と同じN大学を受験すればいいのかもしれないが、水瀬にはそれは無理に思えていた。
もともと、水瀬は頭が良いほうではなかったのだ。
それでも難関とされるK高校に入学することが出来たのは、ひとえに進藤と同じ高校へ行きたいという強い想いがあったからだ。
そのため、必死で勉強した。
少しずつ成績を上げていき、水瀬は合格することが出来た。
しかしそれが、大学受験でも通用するとは思えない。
高校受験とは違い、全国区から志願者が集まってくるのだ。
想いだけで何とかなるようなものでは、決してない。
確かに水瀬の成績は、K高校では上位に入る。
それでも、その成績をもってしても、N大学には到底届かない位置に水瀬はいるのだ。
それが分かっているからこそ、憂鬱な気分になってしまう。
きっと、進藤はN大学に合格してしまうだろうから。

「ま、水瀬の成績なら結構良い大学に行けると思うぜ?」

屈託なく笑う進藤から、水瀬は目を逸らした。
進藤の笑顔を見るたびに、胸が悲鳴を上げるのが分かる。

「……頑張るよ、僕」
「おう!」

水瀬は再び進藤を見て、そして、胸中で本日何度目かも分からないため息をついた。
水瀬には、どうしても進藤に伝えたい想いがあった。
それは幼い頃からの親友に向けるものにしては強すぎる想い。
男同士、そして、親友という……近すぎる距離ゆえに伝えることの出来ない、本来なら抱くことさえも許されないはずの秘めたる想いだ。
進藤と同じ高校に入学できたらそれを伝えようと思っていたのだが、結局、出来ないまま三年生になってしまっていた。
毎朝必ず伝えようと決心をするのだが、学校に行き、進藤の笑顔を見た途端にその決意は溶けてしまうのだ。
進藤の笑顔は、そして水瀬を見る瞳は、昔から何一つ変わっていない。
それは、進藤が水瀬に抱く気持ちが、幼い頃から何も変わっていないことを克明に表していた。
こんなにも、水瀬の進藤に対する想いは強くなっているというのにだ。
だからこそ、何も言えなくなってしまうのだ。
そんな、決意しても結局は言えないという毎日を繰り返し、こうして入学後三年目の春を迎えてしまっている。
このままでは、この一年も今までと同じように、何も伝えられないまま過ぎてしまうのだろう。
そうして大学受験を向かえ、別々の大学へと進学し、それぞれの人生を歩んでいくことになる。
水瀬は、それが怖かったのだ。
そして、嫌だったのだ。
何も伝えられないまま、進藤と離れ離れになることが。

「……水瀬? どうかしたのか」

いつの間にか立ち止まっていたらしい水瀬を、訝しげに進藤は見ていた。

「ああ、ごめん。何でもないよ……」

水瀬は苦笑いをし、歩き出した。
今年こそは想いを伝えると、今までになく強い決意を固めて。

「……ふぅん?」

進藤は水瀬の後姿を見つめ、それから、宙を舞って落ちてくる桜の花びらを一枚掴んだ。
ゆっくりと手の平を開き、薄い桃色の花びらを見つめる。
進藤は微かに目を細めた。

「……残り、一年か」


進藤は花びらを払い落とすと、先を歩く水瀬の後を追った。




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