1. 恋心至上命令


僕が勤めている会社には、社員から絶大な人気を誇る男性社員が二人いる。
理知的な顔にいつも笑顔を湛えている、温厚な聖さん。
野性的で精悍な顔つきの、兄貴肌な須永さん。
彼らは容姿、性格、実力ともに優れており、サラリーマンをしていることが不思議なほどだった。
もちろん僕も彼らを尊敬しているわけで、その片割れである須永さんと一緒に仕事をするとなれば、いやでも気分は高揚するのだけれど――。


『資料集めから始めなきゃならねぇのか。……面倒だな。泉、これはお前が全部やれ』


実際に接してみた須永は、評判とは全く異なる人物だった。
やりたくない仕事は押し付けてくるし、やたらとちょっかいを出してくるし、口は悪いし。
彼からの暴言の数々を思い返して、僕は眉根を寄せた。
まさか須永に敬称を付けることが、煩わしいと感じてしまう日がくるだなんて。
ちなみにその彼は今、椅子に座った状態で眠っている。器用な人だ。

「いい加減、起きてくださいよ。いつまで寝てるつもりなんですかっ」

肩を掴んでわざと激しく揺さぶってやる。
こんなことでしか仕返しが出来ない自分がひどく不甲斐ないが、須永には十分効果があったようだ。
薄目を開けて腕時計を見た彼の表情は、不機嫌そのものだったから。

「……まだ二時間経ってないじゃねぇか。お前、寝る前に俺が何て言ったか覚えてないのか?」
「文句はその腐りきってしまった残念な性根を清めてからおっしゃってください。あと、仕事中に一時間半も居眠り出来たのなら十分なはずです!」
「バカなこと言うなよ! たった三十分違うだけでも、疲労の回復具合にはかなりの差が生まれるんだからなっ」

真剣な顔で、それこそ馬鹿なことを言わないで欲しい。
僕は須永から視線を外すと、やりきれない気持ちのままオフィス内を見回した。
僕たち以外の姿はどこにもない。残業中だった。

「はぁー。いつになったら、早く帰れるようになるんだろうな」
「貴方さえしっかり働いて下されば、すぐにでも」
「働いてるじゃねぇか。“他に誰かがいる”ときには」

須永は飄々とした表情を浮かべると、給湯室へ歩いていってしまった。
確かに、その通りなのだ。
彼は僕以外にもオフィスに人がいるとき――つまりは残業中以外では、評判通りの有能さを発揮してくれている。
けれど二人きりになった途端に、こうして態度が急変するわけで、僕はそこに納得が出来ていなかった。

……もしかして、嫌われている?

浮かんだ嫌な考えを、払拭するように首を横に振る。
嫌うのならむしろ、意地悪なことばかりされている僕の方のはずだ。
それなのに彼のことを憎めないばかりか、気になって仕方がないのは。

「おい、泉。コーヒー淹れてやったぞ」
「必要ありません。……この前、苦手だって伝えましたよね?」
「ああ、覚えてるぜ。苦い物が嫌いなんだろ? でもせっかく俺が淹れてやったんだから、文句言わずに飲め」

二人きりのときにだけ見せる揶揄するような笑顔が、須永に一番似合う笑い方だと思えるからなのだろう。
手に押し付けられた白い湯気を漂わせているカップに、僕はそっと口付けてみた。
舌先に広がったコーヒーの味は、彼が数日前に淹れてくれたものよりも、少しだけ甘いものに変化していた。




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