1. 幼き日の約束の証
「ヤバイっ。登校初日に迷うことになるなんて…!!」
入学式の日、俺は目的地である高校に辿り着けず道路を右往左往していた。
地図を母親に書いてもらったものの、アバウトすぎて当てになりゃしない。
俺はミミズがのたくっているかのような道が描かれている紙をくしゃくしゃに丸めると、乱暴にポケットの中に突っ込んだ。
腕時計の指針は既に八時をまわっている。
このままでは遅刻扱いになってしまう……!
「うわぁーっ。高校こそは無遅刻無欠席で行くつもりだったのにぃー!」
中学までは寝坊で遅刻、そして面倒くさくてそのまま学校にいかない、だなんてことはしょっちゅうだった。
だからこそ心を入れ替えて生きていくつもりだったのに、早くもその野望というか目標が打ち砕かれようとしているじゃないか。
それもこんな、紙切れ一枚のせいで。
憤りを覚えていると、「君」と背後から声がかかった。
振り返れば、そこには俺と同じ制服に身を包む男子生徒が立っていた。
「お、同じ高校の人だぁ……っ」
「だ、大丈夫? 泣きそうな顔してるけど。体調でも悪いの?」
「ち、違います。ただ道に迷っちゃって…」
「それなら、僕と一緒に行かないかい? 高校まで、案内するよ」
高い身長と落ち着いた雰囲気から俺よりも年上なんだろうことが窺える男子生徒は、優しげな笑みを浮かべて見せた。
その整った顔立ちに見惚れるのと同時に、妙な既視感を覚える。
何だろう、以前どこかで会ったことがあるような……。
「お願いしてもいいですか?」
「もちろん。さ、行こうか」
微笑む男子生徒に促されるがままに、歩き出す。
その間にも俺は記憶を懸命に探ってみたのだけれど、彼と関連があるようなものは見つからなかった。
++++++
「いや〜、冷や冷やしたぞ。このままやって来ないんじゃないのかってな」
「心配させて悪かったな、佐伯」
「全くだ」
教室の椅子に腰掛け、肩を竦めて笑う佐伯は、小学校からの友達だ。
まさか高校まで一緒で、かつクラスまで同じになるとは思わなかった。
こういうのを腐れ縁っていうんだろうな。
そんなことを考えながら苦笑していると、佐伯が身を乗り出してきた。
「で、今朝は何があったんだよ? まさか中学で遅刻したとき教師に言ってたみたいに、宇宙人が俺をさらったとかツチノコを発見したので追いかけていましただとか、言わないよなぁ?」
「言わないよ。そんな妄言」
「あ、自覚はあったんだ?」
「まーね。でも他に寝坊のいい言い訳が思いつかなくってさぁ」
「お前が言っていたことが言い訳になっていたのかはほとほと疑問だけどー……ま、いいや。今回も寝坊なのか?」
「違う。道に迷ったんだ。こいつのせいでさ!」
俺は母さんが書いてくれた地図を佐伯に渡した。
彼は地図のあまりのひどさにうっと息を詰まらせた後、引き攣ったような笑みを浮かべた。
「睦月の母さんって、相変わらず何ていうか。ミミズ描くの上手いよな〜」
「だろー。何を描いてもミミズにしか見えないもんな〜」
俺と佐伯は互いに顔を見合わせて、深いため息をつく。
道路くらいしっかり描いて欲しかったんだけど、母さんの実力を分かっていて地図を書くよう頼んでしまった俺が、やっぱり悪いんだろうか。
美術の成績、赤点ギリギリとか言ってたからなぁ。
今後は気をつけよう、うん。
「しっかし、迷ったのによく着けたな。誰かに訊いたのか?」
「あ〜、それね。俺さ、同じ高校の人に助けてもらったんだ…けど……」
「けど?」
「どこかで見たことがある人だったんだよな〜。何でだろう?」
「おーおー、デジャブってやつか。良いなー。俺は今のところそういう経験ないんだよな〜」
デジャブなんて経験しても疑問が残るだけで、何も良いものじゃないと思うんだけど。
俺は羨ましそうに目を細める佐伯を見ながら、眉間にしわを寄せる。
現に俺は今、モヤモヤとした嫌な気分を味わう羽目になっていた。
せめてあの男子生徒に、名前を聞いておけば良かったのかもしれない。
「……そういえばさ、睦月? お前ってどうしていつも、ソレ、つけてんの?」
「それ?」
佐伯が俺の胸元を指差す。
視線を下ろせば、首からぶら下がっているシルバーネックレスが目に入った。
これを俺が常につけていることが、佐伯にとって不思議で仕方がないらしい。
「校則違反だろ。外した方がいいんじゃないか?」
「これはダメ。外せない。大切なものなんだ」
きゅっと、ネックレスを愛おしむかのように、優しく握る。
これを見ると、触れると、それだけで俺は頑張れるんだ。
元気の源であるこれを、手放すつもりは絶対にない。
「……ま、別にいいけどさ。俺はそういうの、あんまり気にしないから。でも先生に見つかったら没収されるぞ? ちゃんと服の下に隠しとけ」
「それもそうだな。さんきゅ、佐伯」
いそいそと、俺はネックレスをシャツの中に入れる。
肌に直に触れる硬さと冷たさが、やけに気持ち良く感じた。