2. 幼き日の約束の証


寒々とした早朝の出来事だった。
俺は少しだけ自分より背が高い少年――矢野――を見上げて、泣きじゃくっていた。
親友である彼がこの町から引っ越すのだと、知ってしまったから。

「泣かないで、睦月」
「そんなの…無理…だよぉ。だって、だってぇ……。ふっ、うぅ……!」

俺の頬を次々に伝っていく涙を見て、矢野は何を思ったか、自分がつけていたネックレスを外しにかかった。
それは彼が誕生日のお祝いとして叔父に作ってもらった、世界で一つだけのシルバーアクセサリーだ。

「俺も欲しいなーって、前に言ってたでしょ? これ、あげるから。だから…」
「こんなのいらない! こんなの……矢野くんがいれば…俺は……ッ」

差し出されたネックレスを、無造作に払い落とす。
矢野は少しだけ悲しそうに、地面に落とされたをそれ拾い上げた。
俺は確かに、ネックレスを欲しいと思った。
同じように彼の叔父さんにプレゼントしてもらえたら、どんなにいいだろうって思った。
けれどそれは、大好きな矢野が肌身離さずネックレスを首にかけていたからこそなんだ。
ただ、矢野とお揃いになるものが欲しかっただけなんだ……っ。

「ネックレスなんていらないから。だから傍にいて! 嫌なんだ。矢野くんと離れたくない…っ」
「睦月……」

この言葉がどれだけ矢野を苦しめているのか、分かってはいた。
子供ではどうにも出来ないことなんだって、分かってはいた。
それでも俺は、駄々をこね続けてしまった。
だって俺たちはずっと傍にいて、これからもそうであり続けると思っていたんだから。
当然のように捉えていたことが、今日を境に崩されるだなんて、どうしても納得が出来なかった。

「ねぇ、睦月? すぐには無理だと思うけど、僕は必ずこの町に戻ってくるから。だからそれまで待っていて欲しいんだ」
「……矢野くん?」
「これは、その約束の証。受け取って?」

手に、銀色に光るネックレスを握らされる。
俺は片腕で涙を拭うと、矢野の顔を見上げた。
彼は少年らしくない、どこか大人びた微笑を浮かべていた。

「僕を好きだっていう気持ちがある限り、これを身に着けていて欲しいんだ。この町に戻って来たとき、君がまだこれをつけていてくれたのなら……」

矢野の手が、俺の腕をそっと掴んだ。
そのまま引き寄せられて、優しく、唇が重ねられる。
これは少し前に覚えた、俺らが出来得る精一杯の、愛情を相手に示す方法だった。



「僕は君と――結婚する」



++++++



ゆっくりと、瞼を開く。
そうして目に入る見慣れた天井に、カーテンのレース越しに注がれるやわらかな朝の陽光。
どうやら俺は、昨日カーテンを閉め忘れていたらしい。
眠りたいと望む身体を無理に起こすと、俺は大きく背筋を伸ばした。

「久しぶりに、夢を見たな……」

薄ぼんやりとした意識の中、視線を胸元に落とす。
朝日を浴びて銀に輝くのは、別れの日に渡されたネックレスだ。
そっと指を触れさせて、これをくれた少年に思いを馳せる。
数年前のことだから顔こそは鮮明に思い出せないけれど、彼への強い気持ちは未だ濃く胸の内で色づいていた。
だからこそ、外すことなくネックレスを身に着け続けているんだ。

「矢野…。いつになったら、迎えに来てくれるの……?」

自分の身体を両腕に抱きしめるようにして、俺は下唇を浅く噛んだ。




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