3. 幼き日の約束の証


正門で服装チェックをしている風紀委員の前を通り過ぎた俺は、両肩の力が抜けるのを感じた。
ネックレスをしていることに、どうやら気づかれずに済んだらしい。
見つかって没収、だなんてことになったらたまったもんじゃないからな。
軽い足取りで教室へ向かっていると、佐伯が隣に駆け寄ってきた。

「よう、睦月。バレずに済んで良かったな〜っ」
「大きい声でそういうこと言うなっての!」
「悪かったよ。ところでさ、少し前に先輩に助けてもらったって言っただろ?」

少し前というと、入学式の日のことだろうか。
確かにあの日、俺はどこかで出会った覚えのある男子生徒に助けてもらったけれど……。
何か情報でも掴んだのかと佐伯の顔を見つめると、彼はにんまりと微笑んで見せた。

「その先輩、俺と同じ書道部に所属してたんだ。昨日先輩がお前の話をしてるの、聞いたんだよな」
「……佐伯お前、書道部だったのか!?」
「え、そこぉ!? そこに食いついちゃう!?」
「運動部だとばかり思っていたのに……。あ、そういえばお前やけに達筆だったな」
「つーか、表彰も結構されてたんだけど。って、そんなことはどうでもいいんだよ。矢野先輩のこと気にならないのか?」

俺は佐伯の言葉に目を剥いた。
耳を疑うとはまさしくこのことだ。
彼は今、何て言った?
矢野先輩って、そう言わなかったか……?

「さ、佐伯! 今日も部活あるのか?」
「もちろん。何、見学でもしに来るのか?」
「ああ。矢野先輩に、会って確かめたいことがあるんだ!」

制服の上から、ネックレスを押さえる。
彼に見覚えがあったのも当然だ。
だって俺の勘違いでなければ、矢野先輩は俺がずっと待っていた“あの矢野”なんだから。
彼にこのネックレスをしっかり見てもらって、俺のことを覚えているかどうか、訊いてみよう……。



++++++



放課後になると、俺は佐伯と一緒に書道部の部室へ向かった。
和室のそこは校舎内のどことも違う、落ち着いた、けれどパキッと張り詰めた空気をしていた。
それは部員一人一人が、真剣に書道に打ち込んでいるからなんだろう。

「ちょっと苦手かもな、この雰囲気」
「そうか? 俺は好きだけどな。それより睦月。ほら、矢野先輩」

佐伯が手を向けた先にいる男子生徒に、自然と鼓動が早まりだす。
だってずっとずっと、会いたかったんだから。
俺は大きな音を立てないようゆっくりと歩き、矢野先輩の傍に立った。
ぴしっと背筋を伸ばして筆を用紙に滑らせる様子は、見ていて好感が持てる。
ほうっと感嘆にも似た息を吐くと、矢野先輩の顔が上げられた。

「……あれ。君は、あのときの」
「こ、こんにちは。矢野先輩」
「どうして僕の名前を?」

矢野先輩は目をきょとんと丸くすると、首を微かに傾けた。
俺はそんな彼の前に正座をすると、ネックレスを制服から取り出した。
矢野先輩の目が、僅かに大きく開かれる。
その反応だけで、分かった。
彼が俺のことを、覚えてくれているんだと。

「このネックレス……。まさか、君は……?」
「睦月です! 矢野先輩……。俺、ずっとずっと……っ」

――待っていたんです、貴方のことを。
伝えたかった気持ちは言葉にならず、代わりに涙が込み上げてきた。
会いたくて会いたくて、たまらなかった。
きっと迎えに来てくれると、約束に縋り続ける日々が、どれほど辛かったことか。
矢野先輩は俺の頬に、そっと手を触れさせた。

「泣かないで?」

数年前と比べると声は低くなりこそせよ、含まれる優しさには寸分の変化もない。
懐かしさと喜びに心を震わせていると、佐伯が俺の名前を呼んだ。
それで、ここが学校であることを思い出す。
俺は慌てて涙を手の甲で拭うと、矢野先輩に向かって頭を下げた。

「す、すみません! いきなり泣いたりして…っ」
「全然構わないよ。それより睦月さん……まだこの町にいてくれたんだね。良かった。きっと喜ぶよ」
「え? 喜ぶって、誰が……」
「矢野せんぱーいっ。ここの払いが上手く出来ないんですけどーっ!」

俺の声を遮るように、他の部員の声が部室に響く。
矢野先輩は返事をすると、俺と佐伯に軽く会釈をして、歩いて行ってしまった。
もっと、話したかったのに。
何だかつまらない気持ちになって唇を尖らせれば、佐伯が心配そうに顔を覗き込んできた。

「睦月、一体どうしたんだよ?」
「へ? あ、ああ……何でもない。気にしないでくれ」

流石に矢野先輩との関係を、説明するわけにはいかない。
男同士で好きあっていたなんて知られたら、きっと気持ち悪がられてしまうだろうから。
俺は佐伯に誤魔化すような笑みを見せると、部室を後にした。
矢野先輩は俺のことを覚えていてくれたけれど――約束のことまで、覚えていてくれているんだろうか。
俺がネックレスをかけていることの意味を、分かってくれているんだろうか。

「っていうかそれ以前に、矢野先輩がまだ俺を好きでいてくれているかが問題だよな……」

俺は好きなままだけど、彼も同じだとは考え難いんじゃないか?
俺と違って矢野先輩は顔立ちが綺麗だから、たくさんの女子生徒に告白されているだろうし。
もう男同士での恋愛なんて、してくれないかもしれない……。

「……それならそれで、いい」

矢野先輩にまた俺を好きになってもらえるよう、精一杯の努力をするだけだから。
離れていた期間を埋めるように、たくさんの楽しい時間を一緒に過ごし、心を通わせあって――告白をしよう。


もう待っているだけの、辛い日々ではないんだから。




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