22. 心音
「…あほ」
「…ばか」
ベッドの中で、睨み合いながら呟きあう。
気を失ってからもきっと俺は抱かれていたのだろう、身体がダルくってたまらない。
そして俺を抱き続けていたのだろう滝本も、ひどくダルそうだった。
起き上がる気力さえなくてこうしてベッドに二人で入っているわけだが、罵り合うことは決して止めはしなかった。
かれこれ一時間ばかり、こうしている。
もはや滝本を詰る言葉が思いつかない。
いい加減この状況にイライラとしていると、滝本が深くため息をついた。
「…悪かったよ。謝るから、もう止めようぜ。こんな不毛なやり取りはさ。無駄に体力消耗するだけだ」
「…そう、だな」
微かに頷くと、滝本の表情が和らいだ。
ずっと彼の強張った表情しか見ていなかったから、そのことにひどく安堵感を覚える。
けれど同時に、微かな哀しさが胸を締め付けた。
やっぱり、忘れられない。
あの真っ赤な口紅の痕…。
「どうかした、のか?」
「…ううん。何でもない」
ちょっとした表情の変化で俺の心の動きに気づいてくれる滝本に、少しだけ驚く。
それはやっぱり、よく見てくれているからなんだろうな。
「滝本は…俺のこと、好き?」
「…何だよその今更な質問。何度も言ってるだろ? 俺は譲が好きだ。だからこそ、今日だって無理やり抱いちまったんじゃねぇか」
ハッキリと言い切られて、トクンと胸が高鳴る。
直球過ぎると、思う。
滝本の想いの伝え方は。
だからこそ戸惑ってしまう。
どうしてそんなにも俺のことを想ってくれているのに、他の人間を抱いてしまうの…?
「お前さぁ、言いたいことあるなら言えよ」
「え…?」
「ちょっと前から、ずっと可笑しいぞ。そうやって思いつめた顔して、でも何も言わない。何なんだよ」
あぁ、気づかれているんだ。
だったらいっそ、言ってみようか。
嫉妬しているみたいで…ううん、嫉妬、しているんだろうな。
それを認めたくないからこそ、口に出来なかったんだ。
でももう…いいや。
「俺のこと好きなくせに、他の人間抱いたりしてんじゃない」
俺の言葉に滝本は目を丸くして、閉口してしまった。
なんだよ。
どうせ嫉妬してるよ、くそーっ。
恥ずかしさが込み上げてきて困り果てていると、滝本がプッと噴出した。
「こっ、この…! 何で笑うんだよっ」
「いやぁ〜、阿呆だなぁと思って」
「どこが!? だってやっぱ気になるだろっ。俺のこと凄い好き好き言ってくるヤツが自分以外のヤツを抱いてたらさぁ!」
「そこがもう可笑しいんだっての。だって俺、譲と出会ってからはお前以外抱いてねぇもん」
「…は?」
何を言っているのか、理解出来なかった。
俺以外を抱いてない…?
じゃあ、何で。
「あの口紅の痕はなんだよ!?」
「はぁ?」
「女の人が家にやって来たときのことだよ! 俺のこと追い出した挙句、服にキスマークつけてた!!」
「…追い出したわけじゃなくて、自分から出てくっていったんだろ? それともあれか。引き止めてほしかったのか?」
「うっ、うるさい! そのことはどうでもいいんだよっ。大事なのは、キスマークについてだよ!!」
滝本は困ったように、けれど嬉しそうに微笑んでいた。
何だっていうんだ、コイツは!
「質問に答えろよ!」
「あれは俺の姉ちゃんだよ」
「…はっ!?」
滝本の言葉に、俺は今度こそ言葉を失った。
滝本の…お姉さん…?
「嘘、だって似てなかった!」
「腹違いだからな。似てなくっても当然だろ。てかそうじゃなきゃ家に泊めるわけないだろ。お前がいるのに」
「…ほ、んとうに? じゃああの跡は…」
「酔った姉ちゃんが絡んできただけだよ。抱いてなんてねぇし、もう俺はお前以外を抱く気もねぇ」
俺はベッドに力なく突っ伏した。
ずっとそのことを気にかけていた俺って、何なんだろう。
馬鹿みたい、じゃないか…。
もっと早くに訊けば良かった。
「おい、譲。大丈夫か〜?」
「あ、あんまり…。滝本も、説明してくれればいいのに。そしたら俺だって…」
「俺だって、何だよ?」
「え? わ…っ」
滝本は俺を仰向けにすると、顔を近づけてきた。
近すぎる距離にある滝本の整った顔に、身体が熱くなっていく。
「なぁ、さっきまでのお前の言ったことを聞くに…だな。お前は俺に嫉妬してくれてたんだよな?」
「う…っ、あ…っ」
「それってさ、俺のこと…好きってことか?」
真剣な眼差しを向けられて、体と顔がどんどん熱くなっていく。
どう返事をしようか困っていると、滝本は苦笑いを浮かべた。
「まぁ、別に返事は期待してねぇけどな」
「え?」
「素直に俺に向かって愛してるだなんて言ってくれるわけがないことは分かってるし。無意味に意地っ張りだからな、お前。ま、そこが良いんだけど」
そんなことを言われると、返答しないわけには…いかないじゃないか。
「…だよ」
「あ?」
「…好きだよ。滝本のこと………多分」
「多分かよ…。でもまぁ、これから確かめ合えばいいか。あっつ〜くて濃厚なセックスによって…な?」
ニンマリと笑う滝本に、俺は顔を引きつらせることしか出来なかった。
激しいのを行ったばかりだというのにヤル気満々の滝本には、脱帽するほかない。
すごく呆れているのに、そのくせ、妙な期待感が俺を包みこんでいることが不思議だった。
「…もう、乱暴なのは嫌だからな」
「分かってるよ。俺は俺のことを好きだって言ってきた人間を、乱暴に抱いたりしねぇよ。特に、お前の場合は特別な」
そう言って微笑む滝本は、本当に格好良くって。
俺は彼の首の後ろへと腕をまわして抱きつくと、そっと、自分から口付けをした。
「…譲」
「馬鹿、目…瞑れよ」
「…ああ」
瞼を閉じた滝本に、再びキスをする。
触れるだけの軽いキスを繰り返しながら、俺は自分の鼓動に耳を澄ませた。
そうしていると、自分のものだけではなく、滝本のものも聞こえてくる。
ドクンドクンと煩いくらいに脈打っているのに、それは決して嫌なものではなくって。
俺は初めて、この音を心地よいと思ったんだ。