1. 不協和音のような僕ら


「こらっ、深町! いつまでも寝てないッ」
「ん〜…?」

一時間目の授業から昼休みを迎えるまで机に伏せて昏々と眠り続けていた男の頭を、教科書を丸めて作った筒でポカンと叩く。
相変わらずいい音を鳴らす頭を重たげに上げたこのクラスの問題児…もとい居眠り魔人は、俺の顔を見るなり眉間に深いしわを作った。
と言っても、顔の半分ほどは長く伸びた前髪によって隠れてしまっているので、その表情の変化は見えない。
それでも嫌そうな顔をしているとわかるのは、全身からそういったオーラが発せられているからだ。
話しかけるなとでも言わんばかりの、絶対的な拒絶の壁。
このバリアがあるため、深町に話しかけようとする人間はとても稀有な存在であり、俺はどうにもその稀有な部類に入るらしい。

「…放っといてくれ。俺は眠いんだ」
「四時間ずーっと爆睡していた奴の言うことか! お前が寝てるとな、クラス委員長である俺が怒られるんだよっ」

こいつが授業中に寝まくっているせいで、呼びかけがなってないだの学習意欲が感じられないだので、どれほど俺が先生に小言を聞かされていると思っているんだろうか。
眉間にしわを寄せたいのは俺の方だって言うんだ。

「悪かったなぁ、迷惑かけて。でも俺だって睡眠を邪魔されて非常に迷惑なんだ。つーことで、お互い様だよな?」
「どこがっ!」

本当なら俺だってこんな捻くれたやつとは話したくない。
それでも話さないわけにはいかないのは、ひとえに教師から怒られないようにするためである。
どうしてクラス委員だからってだけで、責められなければならないのだろう。
理不尽すぎる。

「いい加減にしてくれないか? こっちだって好きで文句言ってるわけじゃないんだっ」
「なら言わなければいいんじゃないのか?」
「そういうわけにもいかないだろ! 先生に怒られる!」
「…教師の一挙一動にビクビクして、馬鹿みたいだな。まるで狗だ」
「な…!?」

開いた口が塞がらない。
授業態度が悪ければ口も悪く、性格も最悪だ。
どんなに注意しても悪いところが直らないやつはいるが、それこそ俺にとっての深町という男だった。
本気でムカツク。

「お前なぁッ!」
「耳元で怒鳴るな、うるさい。迷惑だ」
「迷惑なのはこっちだ!! とにかくっ、授業中に寝るなっ」

授業が退屈で眠くなるのは分かる。
けれどここは、曲がりなりにも進学校なのだ。
それもかなり学力レベルの高い。
当然入学してくるのは優れた頭脳の持ち主ばかり。
技能による推薦で入学してくる場合もあるが、そういった生徒はごく一部で、少なくとも、この学校で授業中に眠るような生徒はいない。
唯一の例外を除いて。
その例外っていうのが言うまでもなく深町なわけで、本当に、困ったものである。

「だいたいな、先生に失礼だとか思わないのか!」
「あんな、人をゴミみたいに見てくるやつの気持ちなんて知らないな。考えたくもない。反吐が出る」

呆れて言葉も出ないとは、まさにこのことだ。
でも深町の言うことに一理ないわけでもない。
教師の深町を見る眼差しは、本当に…驚くほど冷酷なものだからな。

「でもそれは、深町に問題があるからだろ?」

この学校は、少しでも内伸を良くしようと教師に媚を売る生徒…もとい、教師にとって都合のいい生徒で溢れている。
それはそれで気味が悪くはあるのだが、そのせいか風紀はとても落ち着いており、乱れることがない。
教師と生徒の間にある、完璧すぎるほどの上下関係。
それを嘲笑うが如く授業中に爆睡する深町…目をつけられて当然だ。
そしてそんな彼を周囲の生徒が煙たく思うのも、必然と言えよう。

「なぁ、深町? 居眠りさえしなければ他にはそれほど問題はないんだし、いや人間性とかにはそれはもう巨大すぎるほどの問題を抱えているけども、決して全体的に素行が悪いわけではないんだから! その点さえ注意してくれればきっとみんなも蔑むような視線は向けなくなると思うんだっ」
「明るく言い切ったところで悪いんだが委員長、喧嘩売ってるんだな?」

今にもキレそうなほど怒気の篭った声に、うっと息をつまらせる。
顔の半分以上が前髪で隠れているのだ、見えるのは薄く笑んでいる口元だけ。
普通に睨みつけられるよりも怖いというかおぞましいわけで、俺は苦笑いでその場を誤魔化すことにした。

「…ヘラヘラ、ヘラヘラ。馬鹿面しやがって」

お前なんか顔すら晒してないじゃないかぁあああっ!!
そんな叫びを上げそうになるのを堪える。

「いいか、深町。今度寝たら、生徒会室に閉じ込めて反省文書かせるからな!」
「監禁か。…趣味悪いな」
「…っ!?」

深町は絶句する俺にため息をつくと、立ち上がって教室から出て行ってしまった。
監禁?
監禁になるのか?
それだとまるで、俺が悪いことをしようとしてるみたいじゃないか!

「委員長、大丈夫か?」
「………挫けそうだ。どうしたら良いと思う?」

膝を抱えて座り込んだ状態で、傍に立って生温かい眼差しを向けてくれている幼馴染こと岡崎を見上げる。
これといって改善策が見つからないのか、岡崎は困ったように微笑んだままだ。

「うーん。もうほっとけ…って言いたいけど。それだと委員長が怒られちゃうしなぁ」
「はぁーっ。クラス委員になんてなるんじゃなかった」
「お前、押し付けられやすい性格してるからなぁ…」


しみじみとした様子の岡崎の言葉に、俺は項垂れて眉間にしわを作った。
このままだと、このしわが消えなくなってしまいそうだ。




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