1. 陣side
赤く滑った舌が、蛇のように体中を這いずり回っている。
ときおり歯を立られれば痛みと共に快感が背筋を駆け抜け、きつく引き結んでいたはずの唇から声が漏れてしまう。
どちらのものとも判別がつかないほど精液がすっかり染み込んでしまったシーツを強く握り締め、俺は肩越しに男――父親――を振り返った。
「なん…だって……?」
「聞き取れなかったのか? お前は俺の本当の子供じゃないって言ってるんだ」
「ぐっ…ぁ、ッ……!」
強く穿たれ、内臓が圧迫されて吐き気が込み上げてくる。
中に熱い飛沫がぶちまけられた。
散々放出されているそこは精液を受け入れきれず、太ももへ雫を伝わらせていく。
『この男の子供ではない』
そんな馬鹿なことがあるものか。
物心ついた頃からこいつに犯され続けてきた俺に、その言葉が信じられるはずもない。
どうせ俺の心を掻き乱すために言っているに過ぎないだろう。
聞き流せ。
「AIDというのを知っているか?」
「ぁっ、ん……ふっ」
「非配偶者による人工授精。それによって生まれた子供が、お前だ。まぁ信じるか信じないかはお前に任せるがな」
男は熱の篭っている俺自身を掴むと、乱暴な手つきで扱き始めた。
直接的な快感に意識が白濁していく。
気を失わないために自らの指を噛むと、口内に鉄の味が広がった。
痛みに微かにだが冴えた頭で、人工授精について考える。
俺の母さんはとっくの昔に病気で他界していた。
男の言うことが正しいのならば、彼女は他の男の精子を使って俺を産んだということになる。
一体、どうして?
俺の疑問を感じ取ったのだろう男は、口角をわざとらしく上げて見せた。
「前に説明したことなかったか? 俺は無精子症なんだ」
無精子症――生殖不能症の一つであるそれは、文字通り精液中に精子がない状態のことを示す。
薄ぼんやりとした意識の中でもそのことを認識出来るくらいだ、男の言う通り、過去に話されたことがあるのかもしれない。
だとすると俺の母さんとこの男は、不妊に悩んだ末にAIDに踏み切った、ということなのだろうか。
「それが……今更、何だって言うんだ……っ」
「昨日、会ったんだよ」
「は……?」
「お前の本当の父親に。二宮直純って名前なんだけどな」
男の顔が醜く歪んだ。
呪詛を吐くかのように呟かれたその名前を、脳に刻み込む。
俺の本当の父親……二宮直純。
どのような人間なのかはサッパリ分からないが、この男に嫌われていることだけは分かった。
むしろ、憎まれているという表現の方が正しいか。
「会ったって言っても、たまたま見かけたってだけなんだけどな。……そのときにあいつの息子も見た。二宮光っていうんだけどな。これがまた可愛い顔してて……ありゃ母親似だな。お前とは似てなかった」
「だから、それが何だって言うんだ!? 俺には関係がー…っ」
「ない? そんなことはないだろ。直純が精子を提供さえしなければ、お前はこの家の子供として生まれてきたりはしなかったんだぞ?」
この家の子供として、生まれてこなかった。
頭の中に、そのフレーズがやけに大きく反響する。
それはつまり、こんな風に男に犯されるだなんて目に遭う必要がなかったということ。
「まぁお前が直純と……同じ父親を持つのにお前とは違ってぬくぬくと幸せな家庭で育ってる光をどう思うかは自由だけどなぁ?」
試すような目つきで男は俺を見てきた。
口の端は釣りあがり、ぞっとするくらいに冷え切った光が瞳には湛えられている。
これは、挑発だ。
おそらくこの男は俺に二宮直純と二宮光を憎ませようとしている。
過去に何があったのかは知らないが、俺を利用して彼らに復讐しようとしているのだろう。
そうは分かっていても、頭から先程の言葉が離れない。
『この家の子供として、生まれてこなかった』
今までの人生で何度、他の家庭に生まれたかったと思っただろう。
どうして他の子供のように普通に過ごすことが出来ないのかと、どれほど嘆いただろう。
「んぐっ、ぁあああ!!」
「気持ちいいかぁ?」
男の腰の動きが激しいものに変化する。
急激な追い上げに身体がしなり、瞼の裏では白い光が炸裂していた。
こんな目に俺が遭っているのは――二宮直純のせい。
怒りや憎しみ、憤りの感情。
それらの矛先を向けるのには、俺にとって彼の存在は都合のいいものだった。