2. 時には理性も脱ぎ捨てて (有原視点)
相楽の中に熱を注ぎ込んだ俺は、強烈な快感に眩暈を覚えていた。
全てを搾り取られてしまったかのように、体中から力が抜け落ちていく。
荒い呼吸のまま薄っすらと瞼を開くと、俺に組しかれるようにして相楽が眠っていた。
気絶している、という表現の方が正しいかもしれない。
頬には涙の跡がくっきりと残っていて、俺は息を呑んだ。
「さ、がら…?」
達したことで頭の熱が急激に冷めた俺は、彼の身体を揺さぶった。
抱いているときの記憶が、可笑しなことに途中から一切ない。
もしかしてその間、俺は彼に酷いことをしてしまった…?
「相楽、相楽。しっかりしろ! 相楽!!」
「う、うるさい。聞こえてるから耳元で怒鳴るな…っ」
相楽は俺の声で目が覚めたらしく、鬱陶しそうに眉を寄せた。
そんな彼の身体を、ぎゅっと抱きしめる。
「あ、有原…?」
「良かったー。俺、このまま相楽が起きなかったらどうしようって…」
「……そんなこと、あるわけないだろ。俺は有原の傍を、自分から離れていったりなんてしない」
相楽は落ち着いた声色で言うと、俺の頬に口付けをしてくれた。
お返しに、と俺も彼にキスをする。
もちろん、唇にだ。
吸い付くようなキスから深いものに変えていくと、相楽は僅かに身じろぎして抵抗を見せた。
「んぅ、ふっ…も、やめ……」
「キスだけで感じちゃう?」
「……馬鹿っ」
そっぽを向いてしまった相楽の紅潮している耳が、俺の心を愛おしさで一杯にする。
素直じゃないわりには、照れていることとかが分かり安すぎないか?
つい笑ってしまうと、むっとしたのか睨みつけられてしまった。
「怒るなよ。からかってるわけじゃないんだから」
「どうだか? 有原は俺が思っていたほど、優しい奴じゃないみたいだからな」
「え? それってどういう……あ、ああっ!? やっぱり俺、セックス中に相楽に酷いことしちゃったのか!?」
頭を抱えてベッドにのたうちまわってしまう。
いくら初めてだからって、興奮して理性どっかにぶっ飛ばして手荒なことしちゃうなんて、最悪じゃないか!
「いっ、痛かったよな? 悪い。何してんだろ…俺。マジで情けないよな? セックス下手とか、男としてどうなんだよ……」
「下手なわけじゃなくって…。何ていうか、もう少し手加減をして欲しいんだ」
「それって下手ってことじゃないのか? 加減出来てないんだろ?」
「そ、それはそうなんだけど。でもそうじゃなくって……。せ、説明の仕方が分からない。ごめん、有原」
「い、いやっ。相楽が謝ることないって。俺がもっとしっかりしてれば良かったんだ。これからテクニック、磨いてみせるから」
相楽の瞳をじっと見つめて言うと、彼は困ったように視線を逸らせてしまった。
「も、もう十分だから」
「どこが!? だって相楽、気持ちよくなかっただろ…?」
「……よ」
「は?」
「気持ちよかったって言ってるんだ! 二度も言わせるなっ。気持ちよすぎて可笑しくなっちゃいそうで怖いから、加減して欲しいって言ってるんだっ。それくらい理解してくれっ」
俺は真っ赤になっている相楽を、呆然と見つめた。
どうやら手荒なことをして痛めつけてしまった、というわけではないらしい。
よ、良かったぁ…っ。
「っていうか相楽。そんなこと言われるとますます気持ちよくさせたくなるんだけど…!」
「だっ、駄目。有原を相手にするっていうだけでも気が触れそうなのに…ッ」
「そうなのか? うわ、やべぇ嬉しい…!」
にやけていると、思い切り肩を叩かれてしまった。
ヒリヒリ痛みはするものの、俺の口元は緩んだままだ。
「いつまで笑ってるんだ、有原は」
「幸せだなって思ってさ。こうやって相楽と恋人同士として過ごすの、ずっと憧れてたから。知ってた? お前と抱き合って眠るの、俺にとって最高の贅沢なんだぜ?」
「そっ…う、なのか…? ……あ、有原」
「ん?」
相楽がおずおずと、俺に両腕を広げて見せた。
抱きしめてもいい、ということだろうか。
いや……むしろ相楽は、抱きしめて欲しいのかもしれないな。
相楽の身体に腕を絡め、ベッドに二人で横になる。
「有原は……いつも思うけど、温かいな」
「俺、平熱高めだからな。それに比べて、相楽は手とか冷たいよな。冷え性?」
「さあ? 気にしたことないな、そんなこと。……嫌か?」
「全然。むしろいいんじゃないか? 二人が合わさることで、丁度いい体温になれるんだから」
「……良かった」
はにかむように微笑んで、相楽は俺のことをぎゅっと抱きしめ返してくれた。
これまで相楽はずっと独りで、他人の温もりを恐れ、拒み続けていた。
そんな相楽が、俺を求めてくれているんだ……。
「何つーか、満たされてるよなぁ」
「何にだ?」
「え? 教えてほしい? ……相楽にだよ」
「……意味が分からない」
「それって口癖か何かか? よく聞くんだけど。そういうの言う前に、自分で深く考えた方がいいと思うぜ?」
「よく聞くっていうことがどういうことなのか、それこそよく考えるんだな」
気難しい顔をした相楽に、不意打ちのキスを喰らわせる。
今はまだ、俺の言っていることが理解出来なくたっていいさ。
直に嫌っていうほど、実感させてやるから。
愛に満たされてるってな。