1. 平凡な恋がいい!
電車で一時間掛けて高校に通っている俺にとって、朝の通勤ラッシュは慣れてこそいたものの、嫌なものであることに変わりはない。今日もギュウギュウ人に押されるのかとため息をつきながら駅のホームに立っていると、珍しい人物の姿が目に入った。
「榊原……!?」
スポーツバッグを肩に掛けている俺の幼なじみ――榊原――は、兎にも角にも寝覚めが悪い遅刻の常習犯だ。昼過ぎから高校に登校してくるなんてザラで、今この時間帯に駅にいるだなんてことは有り得ない。
驚きに硬直する俺の視線に榊原は気がついたのか、片手を上げながら近付いて来た。
「安西、おはよ」
「お、おはよう。珍しいな。どうしたんだよ」
「昨日、これ以上授業サボると出席日数足りなくなって留年になるぞって教師から注意されて……。流石にそれはヤバいだろ?」
榊原はげんなりとした表情で言うと、深々とため息をついた。
「なるほど。それで今日からは時間通りに高校へ通うことにしたわけか」
「そ。あー、ほんと学校なんてなくなればいいのに」
「それには同意。勉強とかしたくねーもん。……あ、電車きたぞ」
プシューッと気の抜けるような音を立てて電車のドアが開く。中はもう人で一杯なわけで、隣の榊原が息を呑むのが分かった。
「お前は慣れてないもんな。行くぞ?」
「ま、マジかよぉ……」
心底嫌そうな顔をする榊原の腕を引いて、電車の中に入る。 始めこそ電車の入口付近に立っていた俺たちだったが、何度も人の出入りがあるうちに、いつの間にやら奥の方に移動していた。
壁際に立つ榊原は気分が悪そうで、彼の前に立つ俺は極力体が当たらないよう気をつけているつもりなのだが、電車の揺れと背後にいるサラリーマンたちのせいでなかなかそうもいかない。
「この圧迫感、どうにかならねーかな。夏とか耐えられる気がしないんだけど……」
「そんなこと俺に訴えられてもなあ。こればっかりは慣れて貰うしか……。何かこう、全然関係ないことを考えてみるのはどうだ? 少しは気が紛れるかもしれないぞ?」
「うーん……」
榊原は若干遠い目をした。何を考えているのか見当もつかないが、顔色が先程よりも幾分か良くなっている辺り、満員電車による圧迫感や閉塞感から逃れることに成功したのだろう。
幼なじみのそんな変化にホッと胸を撫で下ろしていると、いきなり尻を鷲掴みにされた。あまりの唐突さに思わず声を上げる。
「安西、静かに」
榊原が人差し指を口元に立てて、綺麗なウインクをして見せた。それで、俺の尻を掴んで離さない手の持ち主を知る。
「てめっ、こら……! 何しやがるっ」
声を潜めて文句を口にすると、榊原は楽しそうに笑いながら俺のベルトを外し始めた。
「おい、質問に答え――」
「痴漢ごっこ」
これで満足? とニヤニヤする榊原に呆然としてしまう。確かに満員電車という痴漢に相応しい状況ではある。でもそういうのはAVの世界の話であって現実にやったら捕まるし、何より男が女にするものじゃないのか!?
「俺、実は痴漢モノが好きなんだよね。安西はナースだっけ? 今度コスプレして付きあってやるから、今日は俺の性癖に付きあってくれよ」
「は? ……は?」
幼なじみの言動が理解できなくて戸惑っているうちに、ズボンの前を寛げられてしまった。へにゃっとした立派でも何でもないチ×コが露わになる。
「流石にまだ勃ってないか。いずれ電車に乗るだけでビンビンになるようにしてやるからな」
「それじゃただの変態だろ!」
「安心しろよ。その度にちゃーんと俺が慰めてやるから」
「あほっ……ん、く!」
バカバカしい会話のせいで完全に油断していたときにチ×コを握られて妙な声が出る。榊原はそれに気を良くしたのか、指でクニクニと刺激し始めた。途端に先っぽから透明な密蜜が滲み出す。
「あれ? やけに早いな。もしかしてこの状況に興奮してるのか? それとも早漏だったのか?」
「ばっ……どれも違うわ! お、オナ禁してたんだよ。健康に良いって聞いたからさ」
俺がモニョモニョと理由を話すと、蜜を指に絡めて遊んでいた榊原は納得がいったように頷いてみせた。
「ってことは、ここしばらく抜いてないんだな。辛くなかったか?」
「慣れてくるとそうでもない。やり始めは確かにキツいけど」
「ふーん。そういうものなのか。で、たっぷり溜まった今は感度良好ってわけ?」
指先で亀頭の割れ目をなぞられて、大げさな程ビクッと体が揺れる。長年のオナニーによって慣れ親しんだ快楽よりも、よっぽど強いそれに、餓えた体は簡単に反応を示してしまうみたいだった。
「や、やめろよ。マジ、やばいから……」
荒くなりつつある呼吸を何とか抑えながら身を捩る。これ以上続けたら、きっと俺は、吐精するまで快楽を追い求めることを止められない。悪い冗談とか、じゃれ合いで済ませられるのは、ここまでが限度だ。
「安西、俺が嫌いか?」
「っ……は……? 何言って……」
「いいから、答えろよ。わりと切実な問いかけなんだから。好き? 嫌い? どっちだ?」
榊原の目をジッと見つめる。普段はとてもだらしないのに、いざというときには頼りになる俺の幼なじみ。今までにだって、何度助けて貰ったか分からない。好きか嫌いかと問われれば、もちろん好きの部類に入るが――何故、今そんなことを言わなければならないのか。
「ほら、どうなんだ? 嫌いなのか?」
急かす榊原に、フルフルと首を横に振って見せる。すると、止まっていたはずの榊原の手が動き出した。
「はっ……ん、ぅっ」
「それなら何の問題もねーな」
「おおありだ、ばかっ……あ、あぁ!」
二つの袋を揉みしだかれ、裏筋を撫でられ、喉の奥から甘ったるい声が出る。幸い電車のガタガタとした騒音に紛れて周囲には聞こえていないようだったけれど、嫌な汗が脇の下を伝っていった。
「だいぶ、気持ち良そうな声だったな」
「っ……! こ、のぉ!!」
恥ずかしさに追い討ちを掛けるような発言をする榊原の耳朶に、仕返しとばかりにカプリと噛みつく。
「……それ、煽ってるようにしか感じないからな? こういうときは、もっと強く噛まないと」
「あっ……ふ、んっ……」
同じように耳朶を甘く噛まれて、瞼をキュッと閉じる。確かに、これじゃあ煽っていると思われても仕方がなさそうだった。
「はあっ……ん、榊原ぁ……っ」
「ん? どうした? 耳が、そんなイイのか……?」
「ふっ、あ、うぅ」
舌先でくすぐるよう耳を舐められたり、耳朶全体を食んで吸われたりすると、ガクガクと膝が震える。知らなかった。俺は耳が性感帯だったらしい。
まともに立っていられなくて榊原の制服をキツク掴む。体も頭も、どこもかしこも熱くて、気がどうかしてしまいそうだった。いや、もしかしたらもう、どうかしているのかもしれない。榊原の手に自分のモノを押し付けるようにして、腰を揺すっているのだから。
「はっ、はっ……あ、んぅっ」
腰と手の動きに合わせて、くちゃくちゃと湿った音が立つ。腹につきそうなくらい反ったチ×コは、全体が汁に塗れでドロドロだった。
「……やらしいな。周りに人が大勢いるのに、こんなになっちゃって。安西の後ろに立ってるサラリーマンのオッサン、思い切りこっち見てるぜ? いいのか? そんな淫らに腰振っちゃって」
「ぁ、いやっ……や、だあっ」
「その割に、触るの止めて欲しくなさそうだよな」
いつもより少しだけ掠れた榊原の声に、彼が俺の痴態を見て興奮していることを感じ取る。背後に立っている人間の吐息はやけに荒々しい。
――見られているんだ、本当に。電車の中で、男にチ×コを弄られて、乱れている姿を。
そう認識した途端、尋常じゃない快感が体中を突き抜けた。でも、イクことはできない。榊原の指が、根元をキツク締め付けているせいだ。
「も、あっ、苦し……イキ……そっ……!」
「イキそう? 違うだろ。イキたい、だろ?」
意地悪く笑う榊原に、こくこくと何度も頷いて見せる。榊原は満足気に目を細めると、ポケットからコンドームを取り出し、素早く俺のモノに被せた。そのまま強く擦り上げられ、俺は小さな嬌声と共に大量の精液を吐き出した。
「はあ、はあ、はあ、あ……はあっ」
荒く短い呼吸を繰り返しながら、榊原にもたれかかる。まさか電車の中で射精する日がやって来るだなんて。もしも榊原がコンドームを付けてくれなければ、今頃俺の制服と下着は大変なことになっていただろう。
息苦しさに咳き込んでいると、榊原が心配そうに顔を覗き込んできた。
「なんか辛そうだけど、大丈夫か?」
「全っ然……大丈夫じゃ、ない……! ばかっ、変態っ、スケベっ、痴漢っ、何考えてる……!?」
「そんだけ軽口叩けるなら心配いらねぇな」
榊原は苦笑しながら、息切れ切れに文句をまくしたてる俺の背中を撫でた。幼い子供をあやすようなその手つきはひどく優しくて、乱れていた呼吸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。悔しいけれど、こいつの指は気持ちがいいのだ。
射精したことによる倦怠感から重たくなってきた瞼を閉じると、榊原が耳元に唇を寄せてきた。
「また今度、しような」
「……ああ。って、するわけないだろ!」
ぼーっとしていたせいで思わず頷いてしまった俺は、俺の身なりを整える榊原の鳩尾に拳を叩きいれた。途端にむせ返った彼を残して、目的地である駅のホームへと降りる。
あいつとは二度と一緒に電車へ乗るものか!