2. 平凡な恋がいい!



 榊原と同じ電車に乗らないために、俺は昨日よりも一本早い電車に乗ることにした――はず、だったんだけれど。

「や、おはよ」

 駅のホームへ現れた俺に向かって、待ってましたとばかりに笑顔で手を振る榊原の姿に、強烈な眩暈を覚えて卒倒しそうになった。踏ん張ることで何とか身体を支え、こめかみ付近を押さえながら榊原を睨みつける。

「なーんで、お前がいるんだよ!?」
「きっと安西は、俺を避けるために昨日より早い電車に乗るだろうなーと思ってさ。先回りしてみたわけだ」

 何てことないように言ってのける榊原に、眉尻が釣りあがる。そこまで分かっているなら、気を利かせて俺に会わないような時間帯に電車へ乗ってくれればいいものを。昨日の痴漢といい、今日といい、一体何の嫌がらせだ。
 ぷいっと顔を背けて歩き出すと、腕を掴まれてしまった。その力は思いのほか強く、痛い。

「ちょっ、離せよ! 俺は榊原と仲良く一緒に登校するつもりはないの!」
「何でだよ? 俺と一緒にいれば、退屈で苦痛でしかないはずの通学時間が、最高の興奮と快楽を得られるものに変わるんだぞ? いいことじゃねーか。もっと喜べって」

 榊原は鮮やかに笑いながら、俺へと手を伸ばしてきた。耳の後ろに指が触れて、ビクリと身体が震える。

「昨日、気持ち良かったんだろ? 家に帰ってから、思い出しながら一人でシたりしたんじゃねーの?」
「ッ――!!」

 言い当てられてしまったことにカッと顔が火を吹くように熱くなった。俺の頬に手を添えている榊原には、その体温変化は文字通り手に取るようにして分かったことだろう。

「ふーん、図星か。ずっとオナ禁してたとは思えない淫蕩さだな。いや、戒めてたからこそなのか……」
「っ……あ、やめ……ろよ!」

 榊原の熱い舌先が頬に触れ、俺は思わず彼のことを突き飛ばした。心臓がドクドク激しく脈打っている。慌てて周囲を見れば、数人のサラリーマンが不自然な咳払いをしながら目を逸らした。
 どうやら注目されていたらしい。当たり前か。駅のホームで、学生服に身を包んだ男二人が、ギョッとするほど近く顔を寄せていたのだから。

「お前、自重しろよなっ」
「自重させなくしてるのは安西だろ?」

 俺のせいじゃねぇし、とでも言わんばかりの表情で榊原は俺の腕を引いた。知らぬ間に、電車が到着していたらしい。人の流れに沿って、ゾロゾロと歩いていく。
 今日もまた榊原に身体を弄られるのかと思うと、ゴクリと喉が鳴った。それが期待からくるものなのか、嫌気からくるものなのかは、判別がつかなかったけれど。



++++++



「んっ、ぁ……ぅ!」

 ガタン、ガタン、ガタン。電車の走行音に合わせるようにして、榊原の指が蠢く。その度に、噛みしめた唇の隙間から声が漏れた。
 下着から取り出された俺のモノはとっくに汁塗れで、先っぽからは今尚とめどなく粘液が溢れ続けている。

「悦い、か?」
「はっ……ん、ぅ」

 返事さえままならない状態だった。少しでも言葉を発しようとすれば、途端に大きな嬌声を上げてしまいそうで。

「……まあ、聞かなくても分かるけどな。ここ、こんなだし」

 榊原は唇の端をニヤリと引き上げ、俺のモノを揉みしだく指の力を強くした。同時に亀頭を親指の腹で擦り上げられて、直接的な快楽に目尻から涙が零れる。

「何だか、昨日よりも感度良くなってるんじゃないか?」
「うるさっ……ん、んんぅ!」

 制服越しに乳首を抓り上げられて、チリッとした痛みと、微かに混じる快感に身をよじる。男でもこんなところで感じるだなんて、知りたくはなかった。それも、幼馴染みの手によって。

「はぁっ、はっ……も、やめ……あ、ぁあ」

 やわやわと乳首を揉まれながら、耳朶を噛まれ、鈴口を押し潰すようにして弄られると、脊髄が蕩けてしまいそうな甘い快楽の波が襲ってくる。座りこまないよう榊原の制服にしがみつき、そっと彼の顔を見上げると、今までに感じたことがないほど大きく鼓動が高鳴った。

「あっ……あ、ぁああ!」
「!? お、おいっ」

 榊原の焦ったような声を聞きながらも、ドクンッと自身を解き放ってしまう。白い飛沫が、俺と榊原の制服に思い切りかかった。
 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、事態の深刻さを悟る。制服に飛び散った精液、染みついた臭い――高校に行けるはずもない。
 そっと視線を上げると、榊原と目があった。

「ど、どうしよう」
「んー、これからはゴム付けてから弄るべきかもなあ。俺としては直接触れる方が楽しいんだけど」
「いや、そういうことじゃなくってだなぁ!」

 ふざけているのか本気なのか分からないのが榊原の嫌なところだ。

「ま、どうしようも何も今日は休むしかないだろ。こんな状態で学校に行くわけにはいかねーしな。ひとまず俺の家に帰って、制服とか洗おうぜ。何なら風呂も貸してやる」
「いいのか?」
「ああ。俺は一人暮らしだからな。家族と暮らしてるお前と違って、精液べっとりついた制服を洗っても、何の問題もねーよ」

 榊原は明るく笑いながら、ティッシュで制服に飛び散った精液を拭い取っていく。その様子をジッと眺めていた俺は、不意に彼が視線を上げたことで虚を突かれた思いになった。

「なあ安西。一つ訊いてもいいか?  さっき何で突然イッたんだ? いや、イクこと自体は別にいいんだけど。何かこう、奇妙な感じがしたというか……すごく急激だったよな?」
「あ……あぁ、それは――お前が、なんか色っぽくて」
「は?」

 ポカンと口を開けて呆けた榊原から視線を逸らす。俺だって、どうして突然イッたのかよく分からないのだ。
 ただ、ふと目にした榊原の瞳が妙に熱っぽく潤んでて。それは見ているだけで頭と身体が痺れてしまうくらい壮絶な色香を放っていて。されているのは俺の方なのに、同じくらい榊原も興奮しているようなのが可笑しくて、でも嬉しくて――気付いたら吐精していた。
 このことをどう説明するべきか考えあぐねていると、電車が駅について停まった。

「とりあえず、降りるか。んで、俺の家に帰るぞー」
「お、おぉ」

 榊原に手を引かれるがままに歩いていく。整った彼の横顔を見ながら、俺は深いため息をついた。




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