3. 平凡な恋がいい!



 濡れた髪をバスタオルで拭きながら、ペタペタと廊下を歩いて行く。風呂上がりで火照っている身体には、フローリングの床の冷たい感触が心地いい。
 リビングに入ると、ソファーに座った榊原がテレビをボーッと眺めていた。その手には一枚のディスクが握られている。

「それ何? 音楽CD?」
「いや。先輩から借りたAV。かなりお勧めらしい」

 隣に腰を下ろしながら質問したことに、何てことないように答えられ、顔が引き攣るのが分かった。

「AVって、アダルトビデオの略……だよな?」
「そうそう。まだ見てなかったことを思い出してさ。せっかくだし、今から一緒に見ないか?」

 微笑みながらの誘いの言葉に、よからぬものを感じ取って後ずさる。俺だって健全な男子高校生だ。AVは見たい。でもだからといって、ここで素直に頷いてしまってはいけない気がした。

「な、何で一緒に見る必要があるんだよ」
「だって学校休んだこと、安西は親に伝えてないし、伝える気もないだろ? 俺たちは、学校が終わる時間まで時間を潰さなきゃいけないわけだ。そこでAVの出番だよ。かなり暇つぶしになると思うぜ?」
「他のことすればいいだろ? ゲームとかさ」

 俺が部屋の隅にあるゲーム機を指し示すと、榊原は不満げに眉根を寄せた。

「安西、AV見たくないのか?」
「み、見たい……けど。ここじゃ嫌だ。借りてくんじゃダメなのか?」
「又貸しはちょっとなぁ。それに、安西って一人暮らしじゃないだろ? 自分の部屋にPCやテレビがあるわけでもない。それとも何? お前、家族がいるリビングで、堂々とAV見れるほど肝が据わってる奴だったっけ?」

 うぅっ、と唇を浅く噛む。痛いところを突かれてしまった。確かにAVを借りたところで、俺には鑑賞できるような場所がない。ここで見るか、諦めるか――それしか選択肢は用意されていないのだ。

「決まり、だな」

 口の端を持ち上げた榊原に、心臓がドキドキと音を立てる。今までろくに、俺はAVを見たことがない。これで期待するなと言う方が無理だ。



++++++



「ホモビデオじゃねーか、くそがあああ!!」

 ソファから思わず腰を浮かせ、頭を抱えて叫ぶ。
 期待に胸を躍らせながら見たAVは、男たちの生々しい交じり合いを撮影したものだった。女なんて一人も出てこない。

「誰もホモビデオじゃないとは言ってないだろ?」
「ホモビデオだとも言ってねーぞ!! 普通こういうときは男女モノだろ! レズでもまあいいけど、ホモだけは絶対にない!!」

 画面いっぱいに映し出される筋肉質な男たちの激しいぶつかり合い。そのあまりの濃さに蒼ざめる俺を見ながら、榊原はへらっと笑んだ。

「抵抗がつくかな、と思って」
「抵抗つける必要ないだろ!? っていうか、榊原の言う先輩はホモだったのか! いやそれ以前に、榊原はホモだったのか!?」
「何を今更」

 しれっと言ってのける幼馴染に、頭がクラクラする。長年一緒にいるのにこれっぽっちも気がつかなかったとはどういうことだ。
 確かに昔からやたらスキンシップが激しいし、いきなり「痴漢ごっこ」とか始めるから変な奴だとは思ってたけど! まさか、ホモだなんて。

「引いたか?」
「ここで引かない奴ってあんまりいないと思うぞ」

 テレビ画面にデカデカと映る男同士のまぐわいを極力見ないようにしながら、榊原に向かって言う。彼はとっくに臨戦態勢に入っているようで、ズボンの前は窮屈そうに盛り上がっていた。このAVで興奮できる辺り、榊原はガチのお人なのだろう。

「帰る」

 本格的な身の危険を感じ、玄関に向かって歩き出すと、腕を思い切り引っ張られてしまった。その勢いで床に尻もちをつく。

「いってぇ……!」
「そう冷たいこと言うなって。俺と安西の仲だろ?」
「お友達になった覚えはあっても、おホモだちになった覚えはない! ついでに言うなら、これからそういう仲になるつもりもない!」

 ハッキリと言い切ったことが効いたのか、榊原は傷ついたような表情を浮かべた。
 胸の奥がズキリと痛む。榊原のことを見ているのが辛くてそっぽを向くと、いきなり股間をわし掴みされた。

「ひぃい!! だっ、おま……何でそういうことを……!!」
「俺がホモに目覚めたんだ。安西が目覚めないはずがない」
「どこをどうしたらそういう結論に至るんだ!! 寝言は寝て言えってレベルじゃねぇぞ、それ!! あっ」

 やわやわとズボン越しに股間を揉まれて、ふるっと小さく身体が揺れる。

「やめっ……」
「身体から始まる関係ってのも、悪くないと思うんだ。特に安西みたいな、自分の心に鈍いタイプには」
「なに、言って……? あっ、や……んぅ!!」

 耳たぶを甘く噛まれて、ゾクゾクッとした痺れが背筋に走る。耳が弱いって知っているくせに攻めるのは卑怯だ。
 はぁっと熱い吐息を洩らしながら、榊原の身体を両腕で押し返す。このままじゃダメだ。流されるわけにはいかない。

「えっ、AV! AV見るんじゃなかったのかよ!?」
「だって安西、乗り気じゃないんだろ? 無理やりホモビデオ見せて、ますます嫌悪感を持たれても困るし――俺としても、鑑賞するより実践する方が好きだからな」

 榊原はテレビの電源を落とすと、ひょいっと俺の身体を抱きあげた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

「ちょ!? 降ろせよ! 言っとくけど、無理やりホモビデオ見せるよりも、無理やりヤる方が問題あるからな!!」

 手足をバタバタさせながら暴れるものの、榊原は意に介した風もなく、軽やかな足取りで歩いて行く。辿り着く先は寝室なわけで、顔から血の気が引いていくのを感じた。




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