4. 平凡な恋がいい!
ベッドに放り投げられ、ギシッとスプリンクラーが軋んで音を立てた。
「じょ、冗談だろ?」
「冗談に見えるか?」
薄暗い部屋の中で見る榊原の表情は真剣そのもので、彼が本気で俺を抱こうとしていることが嫌でも伝わってくる。
――このままじゃ、まずい。
緊迫した空気にじりじりと後ずさるものの、その分以上に榊原が近付いてくるため、距離を開けることは叶わない。
グッと腕を掴まれて、心臓が跳ねた。
「いつもは、安西をイかせてお終いにしてるけど。今日は、それだけじゃ許さないから」
「ぁっ……」
首筋に顔を埋められ、むず痒さに身をよじる。チュッと強く肌を吸い上げられると、反射的に閉じていた瞼が微かに震えた。
「安西は肌が白くて綺麗だから、キスマークがはっきり見えていいな。よく映える」
「ばっ……!?」
「安心しろって。服着たらちゃんと隠れる位置にしか、痕はつけないから」
榊原によってワイシャツのボタンを外され、しっとりと汗ばんだ肌が露わになる。身体の火照りは、きっと風呂上がりだからという理由だけではないのだろう。
ふと視線を胸元に落とせば、両方の乳首がぷくりと勃ち上がっていた。赤く色づいたそれは、やけにいやらしい。
「ここ、硬くなってるな」
「あ、ん――!」
触れられてもいないのに勃っている胸の飾りを指先で弾かれ、上体を弓なりに反らす。
電車で弄られて以来、どうにも敏感になってしまったようだった。少し刺激を与えられただけで、電気が走り抜けるような衝撃がある。
「やめっ……ふ、ぁっ」
「何? そんなにここが気持ちいいんだ?」
榊原が唇を笑みの形にほころばせながら、指の腹で押し潰すように乳首を擦ってくる。
その度にビクビク反応してしまうことが悔しくて、俺はキッと榊原のことを睨みつけた。
「おーおー、反抗的だなぁ。ま、それもいつまで持つことやら?」
榊原は唇からチロリと舌を出した。熱く濡れそぼったそれに乳輪をなぞられて、声にならない声が上がる。
「ほんと、良い反応するな」
「ばかっ、ぁっ……も、ダメだから。ほんとに……! ひっ、い!」
榊原の髪の毛をくしゃりと掴んで与えられる刺激に耐えていると、下着の中に彼の手が潜り込んできた。大きな手にチ×コを握りこまれて息が詰まる。そのまま緩く擦られて、噛みしめている奥歯の隙間から情けない声が洩れた。
「んっ、あっ、はっ」
「……すごい、濡れてる。聞こえるか?」
わざと音を立てるように、榊原の指が大袈裟に動く。その度にクチュクチュと粘着質な音が耳に入って、恥ずかしさに顔が耳まで熱くなった。
「下着、邪魔だな。脱がすぞ」
「……ぁっ」
ズボンと下着をするりと脚から引き抜かれる。外気に晒されたそこは腹に付きそうなほど反っていて、自分が興奮していることをまざまざと見せつけられた気がした。
――なんて、はしたないのだろう。口では拒むくせに、身体は快楽に対してどこまでも貪欲だ。
あまりの痴態にじわりと涙を滲ませると、榊原が目尻を指先で拭ってきた。
「何を考えてるのか知らないけど、泣くなよ」
「だって、こんな……!」
視線を下半身に向けたまま唇を噛みしめる。それだけで、榊原は俺の気持ちを察したらしい。
「馬鹿だなぁ、安西は。こういうときは、思考なんて放棄しちまえ。正直になるのが一番だ。それに俺は、いやらしい身体の方が好きだぜ?」
「ばっ……な、何言ってんだ! つーか、榊原の好みなんて知ったこっちゃねーし!!」
ぷいっと顔を背けた俺の頬に榊原は唇を落とすと、蜜に濡れそぼった亀頭を撫で、尻の窄まりに指を触れさせてきた。
はっ、と息を呑んだのも束の間。榊原の長い指が、ゆっくりと体内に侵入してくる。
「んっ、く!」
想像していたような痛みはない。その代り、強烈な違和感があった。
それも当然だろう。本来なら、ここは排泄行為にしか使わない場所で、何かを受け入れるようには出来ていないのだから。
「やだっ、ぬ……抜けって!」
「それは、お断りだ。さっき言っただろ? 今日は俺も気持ち良くなりてぇの。……しっかし、割とすんなり入ってくな。たっぷり先走りで指を濡らしたからか?」
「知らなっ……ぁ、ん」
榊原の指先が、奥にある何かを掠めた。途端に痺れるような快感が脳髄を襲う。今までに感じたことのないそれに戸惑っていると、榊原が確かめるように何度もそこを突いてきた。
「ぁっ、やっ、あん! っ、やめ……!?」
「ふーん。なるほど? 安西のイイ部分は、ここなわけか」
ほぼ無意識のうちに逃げようとする俺の腰を腕で押さえつけながら、榊原は中をぐちゅぐちゅと搔き回す。チ×コを弄られているときとも違う、もっとずっと強く直接的な快楽だ。たまらずベッドのシーツを握りしめる。
「はぁっ、あっ……ぁあ、んっ!」
「吸いついてくるって、こういうことを言うんだろうな。どうだ? 気持ちいいだろ?」
愉しそうに囁く榊原の声に、ふるふると首を横に振った。その拍子に涙の粒が宙を舞う。こんな風に必死で否定したところで、何の意味もないことは分かっていた。だって俺のモノは、萎えるどころかひっきりなしに汁を滴らせているのだから。
それでも否定せずにいられないのは、男のプライドがあるせいだ。人間としての尊厳と言ってもいいかもしれない。だって尻の穴を弄られて感じるなんて、可笑しいじゃないか。
「素直じゃないな、安西は」
「っ……、んぁっ、はっ、あぁあ!」
指の抜き差しを繰り返され、下股が震える。もっともっと搔き回してほしい。奥の方まで弄って欲しい――そんな欲求が溢れてくることが、怖くて仕方がなかった。
ハラハラと涙を流しながら榊原を縋るようにして見ると、彼はふっと柔らかく笑み、履いていたジーンズの前を寛げた。そこから取り出される怒張した彼のモノに、目が離せなくなる。
「あんま、ジロジロ見んなよ」
榊原は珍しく気恥ずかしそうな様子を見せると、俺の脚を大きく開かせた。窄まりにピタリと先端をあてがわれて息を呑む。
「だっ、ダメだ!!」
「何でだ? こんなに、ここはトロトロなのに」
ひくつく窄まりの縁を指先でなぞられ、中の疼きが酷くなる。トロトロだなんて、指摘されるまでもなく分かっていた。もしも榊原のモノに貫いて貰えたら、きっと壮絶な快感を得ることができるのだろう。
でも、だからこそ。一度でもその快感を味わってしまったら、抜け出せなくなるような気がしてならない。
「……俺、ホモになりたくない……。でも、これ以上したら……もう、戻れない気が……ッ」
榊原からそっと視線を逸らし、シーツのシワを見つめる。
身体が熱くて、苦しい。どうしたらいいのか分からなくて眉根を寄せると、榊原の顔が近付いてきた。
「安西」
「んっ、ふ……!?」
柔らかい感触が唇に触れる。押し当てられているそれは間違いなく榊原の唇なわけで、頭の中が一瞬にして真っ白になった。
歯列を割って、榊原の舌が口内に侵入してくる。上あごをくすぐられたり、舌を甘く噛まれたりすると、ゆるやかな甘い痺れが全身に広がっていった。
どのくらい、そうしていただろう。息苦しさを感じながら顔を離すと、榊原と俺の唇の間に糸が引いた。
「おま、何でキスなんて――」
「安心して堕ちてこいよ。ちゃんと、最後まで面倒みてやるから」
「どういうことだよ、それ……! 意味わかんねぇし……んっあ、っぅ!?」
ググッ、と榊原のモノが一気に押し入ってきた。よく解してあるとはいえ、やはり指とは質量が違う。
後孔は裂けてシーツに赤い斑点を描き、閉じた瞼からは涙がとめどなく頬を滑り落ちていく。
指先が白に染まるほど強くシーツを握り締めて激痛を堪えていると、榊原がそっと頬に手を触れさせてきた。
「……大丈夫か?」
優しい声音に瞼を開ければ、辛そうに歯を食いしばった榊原の姿が目に入る。
彼も、痛いのだろうか。それとも、強い締め付けにイクのを堪えているのだろうか。どちらなのか俺にはよく分からないけれど、上気した頬のまま真っ直ぐ見つめてくる榊原の様子は、ひどく煽情的だった。
榊原の目にも、俺がこんな風に見えているのだろうか――そう考えると急に羞恥が込み上げてきて、シーツを引き寄せて顔を覆う。
「こら、安西。顔を隠すんじゃない。勿体ねぇだろ」
「……だってなんか、恥ずかしいし」
「え。恥ずかしいって……。今更? しかも下半身は開けっぴろげなのに? 隠す場所、間違ってないか?」
榊原は苦笑しながらシーツを引き剥がし、俺のモノを優しく掴んだ。鈴口を親指が擦り、クチッと粘性の音が立つ。
おそらく彼は、俺の痛みを紛らわせようとしてくれているのだろう。……本当は、すぐにでも動き出したくてしょうがないくせに。
そんな榊原の心遣いが嬉しくて、へにゃっと情けなく微笑む。もう大丈夫だよ、という意味も込めて。
「安西。その顔、そそる」
「……あほ」
「ん。自覚はあるさ」
榊原は俺の手を取ると、その甲に唇を落とし、ゆっくりと腰を動かし始めた。
引き攣るような痛みと圧迫感は相変わらず。でもその中に混じる快楽と満足感が、たまらなく心地よい。
「あっ、ぁあ! はっ……!」
「っ……す、ごいな」
掠れた声で榊原が笑う。
彼の動きに合わせるようにして腰を揺らすと、敏感な襞が強く擦れて、強烈な射精感が込み上げてきた。
――まだ、イキたくない。
そんな思いとは裏腹に、先っぽから白く濁った精液がトロトロと溢れだす。それも、なかなか止まらない。
「ぁっ、ゃだ、なに、これ……っ!」
「後ろだけでイクと、いつもと精液の出方が違うって聞いてたけど。どうも、本当だったらしいな」
未だ白濁を零す俺のモノを扱きながら、榊原は抽送を激しいものに変えていく。
突き上げられる度に、目の前が真っ白になるような強い快楽が全身を支配した。
開きっぱなしの唇からは、銀糸が顎へ引き、嬌声が洩れ続ける。
「あっ、ぁっ、もぅ……ん、っ、ぁあ!!」
「くっ、ぅ――!」
榊原は息を詰めると、一層強く奥を穿った。
熱い奔流が中に注がれ、それとほぼ同時に、俺も再び果てた。