クレームドカシス

断片−1(薔薇ノ木ニ薔薇ノ花咲ク/金×火)

風呂上りの濡れた髪もそのままに、光伸はグラスに琥珀色の液体を注いだ。
トクトクと早鐘を打つ心音のような音と、グラスから立ち昇る芳香がいつもより少しばかり広い部屋に広がっていく。
同室の奴は女の所に泊まるといって出て行ったから、今夜は倉庫の片隅でコソコソしていたことも、寮の部屋で悠々とできる。
時折髪から滴り落ちる水滴が、背中や胸をくすぐっていくが気にも留めず、窓の向こうに広がる闇を眺め、書きかけた話の続きを考えていた。


コンコン。
不意に、誰も来るはずの無い部屋のドアを叩く音がした。
「誰だ。」
光伸は不機嫌極まりない声で返事をした。
「あの、火浦です。独逸語で解らないことがあるので教えて欲しいのですが。」
いつも以上に不機嫌な声を耳にしてか、あずさも少し遠慮がちになった。
光伸はめったにない貴重な時間を邪魔されるのが嫌だと思ったが、ふとあることを思いついて不適な笑みを浮かべた。
「入れ。」
ぶっきらぼうに返事をした。
寮の部屋で酒を呑んでいる姿でも見れば、火浦の持っている光伸の良い先輩像も消えると考えたのだ。
――これで、付きまとわれることもなくなる。


案の定、部屋に足を一歩踏み入れたとたんあずさは固まった。
光伸が上半身裸のままで、ブランデーグラスをあずさに向かって掲げニヤリと笑ったのだ。
「何をぼーっと突っ立っているんだ? 早く入れよ。」
「し、失礼します。あの、先輩...」
あずさの頭はもう勉強どころではなく、口をぱくぱくとさせていた。
「俺が酒を飲んでいる事は、そんなに驚く事か? 幻滅したか?」
光伸はカラカラと笑った。
「いいえ、あの、その...」
「無理するな。顔にしっかり書いてある。で、寮監にでも言いつけるか? いいネタだと思うが。」
あずさはぶんぶんと首を振った。
「そんな、先輩を陥れるようなこと、僕はしません。」
「さて、どうだか? まぁ、俺はかまわんが。」
光伸としてはそろそろ自分を見限って部屋を出て行ってもらいたいところなのだが、想像もしなかった台詞をあずさが吐いた。
「それなら、僕も飲みます。飲んで共犯になります。だから先輩、僕にも下さい。」
当てがはずれがっくりときた光伸も、あずさの哀願するような眼差しを受け、溜息混じりに持っていたグラスをあずさに渡した。
「ほら。」
あずさは両手で受け取ると一気に煽って、そして、咽た。
喉から胃までが焼けるように熱く感じた、そしてその熱が顔や耳にまで伝わりどうにもならない。
「けほっ、けほっ」
「おいっ、大丈夫か?」
光伸はあずさの肩を支えながら背中を撫で、呼吸が楽になるようにと襟元のボタンも外してやったが、なかなか治まりそうにない。
「少し横になれ。」
仕方なく、あずさを自分の寝台へと促がした。
――これがメートヒェンならなぁ......
そんなことを考えながらも、頭を打たないようにと手を添えてあずさを抱きかかえるように丁寧に寝かせて、自らも隣に横になってまた背中を擦ってやった。
しばらくして、やっと咳の治まったあずさが、くるりと光伸の方を向いて言った。
「あの...先輩。すみませんでした。」
「まったく、無茶をするからだ。俺は強要した覚えはないからな。」
まだ、咳の為なのか、酒を飲んだ為なのか、あずさは真っ赤な顔をして目を潤ませていた。
「さて、もう独逸語どころじゃないだろう。そろそろ、帰ってくれないかな。」
「.........」
光伸が冷ややかな言葉を告げたが、あずさは黙ってうなだれただけでその場から動こうとしない。
「俺は今、すこぶる虫の居所が悪くてね。誰彼かまわず犯したい気分なんだが、犯されたいのか?」
ここまで言えば潔癖症のあずさは出て行くだろうと、わざと冷たく言い捨てたが、やはりあずさは動こうとしない。
あずさは、あずさの中で考えを廻らせていた。
――金子先輩に背中を擦ってもらった時、嫌な気分じゃなかった。むしろ守られているような暖かさで、ずっと傍にいたい感じだった。他人に触れられるのは嫌だったのに。
「おいっ、行かないのなら襲うぞ。」
あずさが黙ったままなので、光伸はあずさの上にのしかかり顎に手をかけて目を合わせ、もう一度確認をした。
「俺が言っている事が解らないのか?」
ようやくあずさの唇が開き消え入りそうな声を発した。
「......先輩になら...かまわない。」


>>>続く


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