抱月は華奢な身体を背後から抱き寄せ、首筋に口付けをした。
そして耳元でそっと相手の名を呼んだ。
「要君。」
要は抱月の腕に手を絡め、うっとりとした表情をしている。
「先生、もっと...」
色を失った唇から出る細い声は、最後まで言葉を言い切ることなく消えてしまう。
「もっと、何ですか?」
抱月は意地悪く問いながら要の着物の前を乱す。
シャツのボタンを外すと、まだ紅い痕が残っている白い肌が露になった。
「ううん。何でも...なっ...」
抱月は肩から背中そして腰へと点々と残された情事の痣を唇で辿っていく。
かつて自身も愛した男が残していった刻印を消さぬように、一つ一つ丁寧に。
幹彦がこの世からいなくなった日から、要は抱月の中に幹彦を求めにきていた。
甘美に浸る要の目には、もう抱月でなく幹彦が映っている。
抱月は要の前に回ると、わざと唇を外し頬に口付けをした。
幹彦との決定的な違いに気付かれて、要が壊れてしまうような気がしたからだ。
要が切なげな眼差しを向ける。
「おや、焦らしたらいけませんか? 要君。」
顔を赤らめて、要が首を横に振った。
抱月は軽く微笑むと、先程と同様に要の赤い痣を上から順に辿りはじめた。
舌先でくすぐり、唇で軽く吸うと、そのつど要は背を仰け反らせて、甘い声を上げる。
と、その時、土蔵の階段を一気に駆け上ってくる足音が響いた。
足音は扉の前で止まる気配も見せず、勢いよく扉が開けられ無遠慮に進入してきた。
「ノックぐらいしてくれないかな。金子君、取込中な時だってあるのだから。」
抱月は悪びれる様子も無く、侵入者に言い放った。
「俺は、要を連れに来たんだ。」
光伸は今にも飛び掛りそうな勢いだ。
「要君を連れて行ってどうするんです?」
抱月が要の髪を撫でながら聞いた。
「貴様なら解っているだろう? いつまであいつに縛られているつもりなんだっ!」
光伸の言う事は間違っていなかった。
抱月にも解っていた。
要は幹彦に囚われてしまっている事を。
亡き人の痕跡を縋っているだけに過ぎないという事を。
しかし、自分ではどうにもならない感情に圧され、今まで理性を無視し続けていたのだった。
「...解ったような事を言うね。」
抱月の止められなかった感情が光伸を嘲笑した。
「要は貴様といれば月村を求め続ける。貴様が要の中に月村を求める事を止められないように。そして『水川抱月』という存在が消えてしまうんだ。そんなのは狂っている。」
光伸に言われ、抱月自身気付いていなかった事実が突きつけられた。
要を抱く抱月の腕が緩んだ。
その隙にすかさず光伸は要を引き寄せた。
「先生!」
要は抵抗したが、抱月の腕は緩んだままだったので、あっけなく光伸の腕に抱かれる形になった。
「金子さん、随分と野暮な事をしますね。」
いつになくむっとした顔で要が抗議をするが、光伸は無視して要の着物を整えた。
「行くぞ、要。」
光伸は要を抱えるようにして戸口へ向かった。
「先生!」
要が悲痛な表情で抱月を見つめている。
「すまない。」
抱月が一言呟いた。
光伸は片手を軽く振って土蔵を出て行った。
「金子さん、ちょっと痛いです。それに往来をこの体勢で歩くのは、恥ずかしくありませんか? 先生の所に戻ったりしませんから手を放してもらえませんか?」
「あぁ、すまない。」
光伸はしっかりと抱えるようにしていた要を開放した。
「それで、僕をどこに連れて行くんです? 僕の夢のような一時を邪魔してまで。」
要が棘のある言い方をしたが、光伸は黙ったまま足を進め続けた。
実のところ、要を抱月の所から連れ出す事でいっぱいで、その後の行き先などまったく決めていなかったのだ。
ただ勢いに任せて足を進めていただけで、要に尋ねられ慌てて、行き先を考えはじめた。
答えはすぐに見つかった。
自分も要も落ち着ける場所...ぱっと思いついたのは、学校の倉庫だった。
光伸は思考を廻らせながら歩いていた。
――俺は何がしたいんだ? 要と水川がどうこうなるのは、あの二人の自由であって、俺が介入すべき事ではなかったんじゃないか? 俺は月村教授に嫉妬しているだけじゃないか。水川にあんな事を言ったが、感情のままに乱しているのは俺も同じだ。だが、このままで良いわけがない。――
横を歩く要をちらりと見た。
はっきりと顔に出ているわけではないが、まだ怒っているようだ。
ぐだぐだと考えながら歩いているうちに倉庫についていた。
「なんだ。学校の倉庫ならそう言ってくれればよかったのに。どこに連れて行かれるのかと、内心穏やかじゃなかったんですよ。」
要が軽く愚痴ったが、光伸は要の声が耳に届かなかったかのように無言で扉を開けて中に入った。
要とどう話しをしていいのか解らなくなっていた。
定位置に座っても金子は会話を切り出す事ができず、しばらく沈黙が続いた。
「金子さん、僕が何を言ってもさっきから上の空じゃないですか。連れ出したのは金子さんなんですよ。それで、御用は何ですか?」
痺れを切らした要が尋ねた。
それでも、金子はうつむいたままで答える事が出来ない。
要はため息をつくと、少し厳しい顔をした。
「金子さんも、逃げるんですか? ここまで僕を引っ張ってきて。それでは、月村先生の死から逃げている僕と同じです。」
金子が驚いた顔で要を見つめた。
「要、わかって...」
要は苦笑いを浮かべて頷き、そして淡々と語った。
「僕が水川先生の中に月村先生を見ていることを、心配してくれたんですよね。僕は...甘えていただけなのかもしれない。水川先生が僕にある月村先生の痕跡を求めていたのをいいことに。いけないと思った時には、もう、自分では歯止めが利かなくなっていました。金子さん、どうか僕を止めてくれませんか?」
要の縋るような瞳を光伸は捕らえたが、首を横に振った。
「俺はきっかけに過ぎない。変わるのは自分自身の意思でだけだ。月村教授も要の中からは消えることはない。それを納得してくれるのなら。」
要が金子に一歩擦り寄って口付けをした。
「今日は、何も考えられないようにして下さい。」
金子は要を包み込むように抱き寄せると耳元で囁いた。
「もう、いいんだな。」
答えるように再び要が口付けをした。
先程よりも長く、深く、熱い口付けを。
>>>続く
要ちゃんお誕生日おめでとう企画なのに、ダークでごめんなさい。
陵辱Goodエンドの後を想像して書いてみましたが、ゲームの要ちゃんより芯が弱いですね。そこは、それ、毎度のうちの要ちゃんというわけでございます。(苦笑)
そして、ラストの金×日もいずれは追加して書きたいと思うのですが、現時点で要ちゃんの台詞から相当ハードなモノが予想されるので、それはちと見聞を広めてからにします。2003/08/22