第一話(1)

その一行が遊園地のパレードにでもいたのなら、違和感がなかったのかもしれない。
不幸なことに、福山スギルが彼らを目撃したのは、遊園地でもサーカスでもなく、弟の通う県立高校の昇降口だった。弁当を忘れていった弟のために、自転車で届けに来たのである。
「ひと夏よ、ヒトナツ。172番」
スギルは母に言われたとおり、172と書かれた下駄箱に弁当袋を突っ込んで、さて帰るかと踵を返して――見てしまったのだ。
な、何、着ぐるみ?
スギルは目の前の光景を理解できなかった。
何かのマスコットキャラクターのような着ぐるみ(仮)が何体も、白昼の高校の昇降口前をちょこまか動き回っている。
その状況だけでも、十分におかしいことだったが、さらにスギルを困惑させたのは、その着ぐるみ(仮)の身長が、幼児程度しかなかったことである。1メートルあるかないか。とても中に大人が入れるとは思えないサイズなのだ。
テルテル坊主にピンクやら紫やら、水色やらのスモックを着せたような小さな着ぐるみ(仮)たちは、スギルの困惑をよそに、電柱に登ってみたり、花壇の花を踏みつけてみたり、駐車場に停まっている教師の車の下に潜り込んだりしている。
「何、これ……」
夢でも見ている心地でスギルは呟いた。
昇降口の階段を上ったり下りたりしていた緑の服を着たやつが、その声を聞きつけて、ちらりとスギルのほうを見た。
スギルもこちらを見たその緑のヤツに視線を向けた。
二人は一瞬見つめあった。
着ぐるみ(仮)のまん丸の目が驚愕に見開かれる。まだこの状況を現実として認識していないスギルは、ホンモノの着ぐるみがこんなナチュラルな表情を作れるだろうか、などと暢気に考えた。が、緑の着ぐるみ(仮)は違ったらしい。
次の瞬間、そいつは子どもみたいな甲高い声を上げたのである。
「た、た、大変チック! こ、こいつ、見えるチック!!」
見える? 何のことだろう。
スギルは困惑した。困惑している間にも、着ぐるみ(仮)たちは、「やばいチック!」「どうしてチック!」「こいつ、変チック!」と騒いでいる。
一体これは、何?
と、そのときだった。スギルの真後ろで声がしたのは。
「へー、見えるんだ、キミ」
褐色の手が、振り返ろうとしたスギルの口を塞ぐ。
「騒がれると困るんだよね。俺たち、普通の人間には見えないはずだからさ」
男は片手で口を押さえたまま、もう片方の手をスギルの胸に当てた。
「ルシード様、体がないといろいろ不便らしいから、ちょうどいい『入れ物』を探してたんだ。キミは潜在能力が高そうだし、顔も可愛いし、偶然にしちゃーいい拾い物だね、うん」
ドン、と衝撃が走った。
スギルの目の前が真っ暗になる。
「捕獲成功」
男の声が、とても遠くで聞こえた。



自分たちは似ていたのだろうか、と福山キタルはケイタイのディスプレイに映る自分に問いかけた。
うーん……似ているような、似ていないような?
以前は、自分たちは似ていない双子だと思っていた。実際、親戚や友人にも似ていないと言われることのほうが多かった。が、今こうしてみると、パーツは驚くほど兄と似ている。自分たちを似ていない双子にしていたのは、たぶん表情の違いかもしれない。
例えば、目。
くっきりとしたアーモンド形の目は、兄も自分も同じだが、与える印象はまるで違う。キタルは我が強そうな印象を持たれるが、スギルは大人しい印象を持たれる。スギルはいつも伏目がちにしていて、笑うときは静かに目を細めた。弟の自分は、喜怒哀楽がすぐに顔に出てしまうのに、スギルはそういうことがなかった。
そのせいか、世の双子の例に漏れず、小さいころに服を取り替えて「入れ替わりごっこ」をしたが、親だけでなく、教師や友人達からまで簡単に見破られてしまったものだ。
が、キタルは思う。
自分たちはもしかしたら、似ていたのかもしれない。
スギルがよくしていたように、口角をかすかに上げて、笑ってみる。
似ていると思う。が、同時になんとなく違うような気もする。
「スギルの顔か」
いまいちよく思い出せない。
18年間、誰よりも近くにいたはずなのに、自分の半身がどんな顔をしていたか、頭に思い描けない。
思い出そうとすると、自分の顔が邪魔をする。
自分たちは似ていたのだろうか。それとも、やっぱり似ていなかったのだろうか。
確かめようにも、双子の兄は、キタルのそばにいない。


あの日、水泳部の練習が終わったのは、真夏の日差しも弱まり、風が涼しさを帯びてきた夕暮れのことだった。帰宅しようと、「ヒトナツ」番の下駄箱からスニーカーを取り出そうとしたとき、ふと視界に入ったものに違和感を覚えた。
昇降口の真正面、駐輪場でもないところに見覚えのある黒い自転車が停まっていた。
少しひしゃげた籠は、以前キタルが借りたときに、転んでへこませてしまったものだ。
それに、時ノ守南高校の3年生用の赤いステッカー。
間違いなく双子の兄のものだった。
どうして。どうしてスギルの自転車がここにあるんだ?
弁当を届けに来て、パンクでもして置いて行ったのだろうか、と近づいてみたが、自転車自体には異常が認められない。
キタルは、鞄からケイタイを取り出した。
スギル、何があったの?
呼び出し音が虚しく続く。
スギル、スギル。
何か嫌な予感がする。
テレパシーが使えるとか、相手の危機を察するとかできる双子も世の中にはいるらしいけれど、キタルとスギルはごくふつうのどこにでもいる二人の高校生だ。スギルが小学校の鉄棒からまっさかさまに落ちて、脳震盪を起こしたとき、キタルは算数つまんねーとノートに落書きしていたし、逆に、キタルが友達とかくれんぼをしていて、林に捨てられていた冷蔵庫に入って出られなくなってしまい、人生初の生命の危機を感じたときに、スギルはピアノの発表会でガッチガチに緊張していた。
自分たちの18年はそんな感じで、そこには双子のロマンも特殊性も何もない。
そこらへんにありふれている普通の兄弟と変わらない。
なのに、この嫌な感じは何だ。吐き気にも似た不快感が咽喉もとまでこみ上げてくる。息が詰まる。スギルの身に何かよくないことが起こった気がしてならない。
置きっぱなしの自転車。昼の弁当を届けてくれたのはスギルだろう。なら、どうしてこんな時間まで自転車が停まっているのだ? パンクもしてないっていうのに。スギルは、どこに行ってしまったんだ? 
呼び出し音が途切れる。スギルが出たのかと思ったが、
『タダイマデンワニデルコトガデキマセ』
流れてきたのは自動の音声メッセージ。乱暴にケイタイを切った。
もう一度かけなおそうかと思ったが、今度は自宅にかけてみた。
誰も出ない。
この時間は、父も母も仕事だということを失念していた。
「俺、余裕なさすぎじゃん」
無理矢理笑ってみようとしたが、あんまり無理矢理すぎて笑えない。
深呼吸を一回。よし、大丈夫。
ケイタイに登録してある、両親の仕事場に電話する。
『はい、カフェ『すうぃーとぽてと』です』
ちょっと余所行きの母の声。今度はちゃんと繋がった。
「あ、俺だけど」
『あら、どうしたの?』
母の声が普段仕様に変わる。
「スギル、そっちにいる?」
『スギル? こっちにはいないわよ』
胸の奥がズキッと痛んだ。
「今、どこにいるか知らない?」
『家にいるんじゃないの』
「いないみたいだったよ」
『じゃあわからないわ。ケイタイにかけてみた?』
「繋がらない」
『図書館にでもいて、出られないんじゃないの?』
図書館なんかにいるわけがない。だって自転車は俺の高校の前に置きっぱなしなんだよ!
暢気な母親の声に苛立って、当り散らしてしまいそうになる。必死でこらえて、電話を切る。
嫌な予感は否応なく膨らんでいく。指先まで嫌な予感で染まっていく。
いや、もはやそれは予感ではなく、確信だった。
スギルの身に何かあった。
キタルは、わずかに震える指で、もう一度スギルの番号に電話をかけた。
スギル、スギル。早く出てよ、スギル。声聞かせて安心させて。胸騒ぎして、電話してくるなんて、キタルのキャラじゃないって笑ってもいいよ。図書館にいたからとれなかったってオチでも、怒らないからさ。
あーもう、スギル。何でもいいから、とにかく出ろよ。
『タダイマデンワニ』
お前の声が聞きたいんじゃない。
自動メッセージの女の声を恨むのはお門違いだが、そうせずにはいられなかった。
その日、何度かけても、スギルは出なかった。
スギルのケイタイは、それから今にいたるまで、一度も繋がらない。

次回予告
何やら変な集団にさらわれてしまった僕。
一体どうなるの?

BY スギル



Novel Top  †  Next

templates by A Moveable Feast

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル