「うーーーー…」
「じっとしてろ、今薬持ってきてやるから」
闇主の風邪騒動から一夜明け。
ラエスリールは見事に闇主の風邪をうつされていた。
しかも当の本人――元凶とも言う――はけろりんとした様子で、風邪をうつしたことに関しての反省の色は見受けられず…ここまで
くれば、厚顔無恥もここに極まれり、と言った状態である。
今日は月曜日――青年は仕事のはずだが。
「……しごとは、どうしたんだ?」
「お前がいるのに、放っていけるか」
「わたしのことは…いいから」
「馬鹿。おれがラスの傍にいたいんだよ。そんぐらい気づけ、この鈍感娘。 どの道、もう九具楽には連絡入れたからな、これでおれ
は大事を取って休むしかなくなったってわけだ」
「………そうか、すまない」
どうせ九具楽さんに仕事を押し付けたんだろうな、と思い、それをさせた自分に対しての嫌悪感が募る。
「まーた余計なこと考えてるだろ。いいんだよ、有能だからいくら押し付けても」
「やっぱり、おしつけたんだな…? だめだぞ、…ああ、看病してくれるのはありがたいのだが、やはりおまえがいなければまわらな
い仕事もあるんだろう?…あんまり、そういうことは、するな」
「…分かったよ。いいから、早く薬飲め。で、寝ろ」
「…ほんとうだな?」
「本当だ」
「なら…いい」
そう言って、ラエスリールは青年から薬を受け取った。
「みずを…くれないか、闇主?」
「ほら」
その言葉と共に押し当てられたのは……青年の、柔らかいそれ。
風邪のせいで熱い体が輪をかけて熱くなってゆく。
「んん……っ」
こくりと喉が鳴って、透明な液体と共に錠剤が嚥下される。
すべて飲み下されたことを確認すると、青年はそっと唇を放した。
「はあ……は……」
荒い息を必死に整えようと必死なラエスリールをよそに、闇主は余裕な様子だった。
「寝とけよ」
ぽん、と頭に手を置いて青年は言った。
「……いや」
「はあ?」
「あんしゅといっしょがいい…」
くいくいと青年の服を掴み、上目遣いでそんなことを言ってくる彼女に、こいつ本気でどうしてやろうかと思いかけて…そしてはあ
と息をついた。
直りかけならともかく、今の正常な判断力を失っているラエスリールをどうこうしても妙な罪悪感に囚われるのは目に見えている。
とんでもないやつ。そう苦笑して、ラエスリールの隣に体を滑り込ませた。
「しょうがねえな」
今回だけだぞ。そう言って、彼女を抱きしめた。
*
「………」
そっと、目を開ける。
温かいぬくもりに包まれているのを、確かに彼女は感じていた。
闇主だ。一瞬で分かってしまう自分が誇らしくもあり恥ずかしい。
もっと彼に近づきたくて、ぎゅうと抱きついた。
「正気取り戻した途端に…誘ってるのか?」
その瞬間、視界が急回転する。
押し倒された、と気づいた瞬間暴れようとした腕は青年にしっかりと押さえつけられている。
「闇主…待て…」
「待てない」
熱を帯びた瞳が切羽詰ったようにラエスリールを見つめる。
唇が、首筋に降りて触れ、ちくりとした痛みと共に赤い痕を残した。
「ラス」
名を呼ばれて、同時に求められる。
…やっぱり、この男はずるいと、思った。
そっと自身の唇を青年のそれに重ね、求めに応じた。
「愛してる」
彼からは、そんな言葉は滅多に出てこない。
それは、何も闇主がラエスリールに本気でないからではない。
滅多に言わないのは、そんな言葉では到底表せる気持ちでないことを知っているからだ。
「ラス…ラス。 ……愛して、いるよ」
だから、彼の言葉は、これ以上ない重みがある。
真実なのだと。
紛れもなく、彼は自分を愛しているのだと。
実感するのだ。
「あん…しゅっ」
だから、わたしも求める。
貪欲に…これでは足りないと。
受け止めよう。
お前が与えるもの、すべて。
そしてわたしも与えよう。
おたがい、満たされるよう……少しでも。
「愛している…わたしも、お前を」
お前、だけを。
隣にお前がいないわたしが想像出来ない。
隣にわたしがいないお前が想像出来ない。したくもない。
いつからだろう、こんな風に、思い始めたのは。
いくら体を重ねても足らない。すべてが欲しいと…そんな想いは、身を焦がしてしまうのに。
それでも貪欲にひたすらに青年を求めてしまう、自分のこの心の在り様はなんだろう?
「…おい、ラス、っ」
苦しげに眉を顰める瞬間がいとおしい。
「あ、闇主…!」
他には何も感じない。自分と、闇主がいる。ただ、それだけで。
好きだ。愛してる。
何かを伝えようと思って、そこで、白い光が瞬いた。
「―――――……」
言葉に出来ただろうか?
それでも、なんとなく闇主が微笑んだような気がして。
だから、安心して意識を手放した。
*
再び目を覚ましたら、そこは青年の腕の中だった。
先程の情事の名残が、色濃く空間に残っている。
「目ぇ覚めたか?」
その言葉にこくりと頷く。
「熱は…ないな」
額に手を当てて、青年がつぶやいた。
少しひんやりとした手が心地よい。
「もう少し眠っておけ」
こくんと頷いて、ラエスリールはまた夢の住人と化した。
「…幸せそうな顔しやがって」
嬉しそうに、しかし少し苛立たしげに。
闇主は、ラエスリールに向かってつぶやいた――――。
Fin.
あとがき
うわっ甘っっ(自分で書いといて)
うん、まあ、お約束ってことで。書いてみました。
「看病」・・・このこと、込みでなんです。 なんか余裕ない闇主さん書いちゃいましたが、ラスの風邪パワーにやられた結果です。
うん、確実に表では無理だわ、これは。 なんか、グレーゾーンでかろうじて大丈夫かなとかも考えましたが、これは無理。
というわけで、表では真面目なものを、裏では不真面目な(こらこらι)ものを置こうと思います。
ちなみに、この設定引っ張って続き書くことを目論んでるので、表の更新頑張りつつこっちも頑張ろうと思います!