夜の森に雲間から淡い光が差し込んでいる。その光に照らされる事もない茂みの中に、黒衣の青年は潜んでいた。

 最前線に投入されていた兵士の記憶の名残なのか、それとも生物兵器の本能か。闇に溶け込み木にもたれかかり目を閉じていながらも、その体は敏感に周囲の空気を嗅ぎ取る。

 彼の傍らで丸くなって眠っていた、蒼い肌と羊に似た角を持つ裸身の娘がそろそろと起き上がる。木陰で膝を立てたまま眠っている主の薄い唇を舐めようとすると、真紅の瞳が彼女を射抜いた。

「……何だ」

「ご主人様、私お腹が減ってしまいましたの」

 不機嫌そうに目を開けるテスタメントに、悪びれもせずサキュバスは答えた。淫魔というだけあって、彼女の『食事』は性に関する諸々の事によって生じるエネルギーである。

「こんな月の綺麗な夜になると……何だか胸が切なくて」

 その豊満な乳房を顔に押しつけ頭を抱き締めると、胸元から気のない返事が返ってくる。

「眠い」

「そんなつれないお言葉……私と契約した時をお忘れですか? あんなに優しくして下さったのに」

 そんな事もあった気がする。確かに彼女と契約した時、儀式として抱いたような気もしたが、あまりの眠さに何も考えられない。

 人間を辞めてから数十年、生物としての三大欲求がほとんど薄れてしまった彼にとって、今夜は初めて朝までぐっすり眠れそうなのだ。

「お前の食事なら……、一月前に、摂らせただろう……」

「ご主人様と一緒にしないで下さい! 私だって曲がりなりにも生物なんですよ!!」

 舟を漕ぎ始めた主人の体をがくがく揺さぶる。いわゆる『異種』の彼女でも、定期的に栄養を摂らねば死んでしまう。『主が眠い為拒まれて餓死』などという、淫魔としての尊厳に関わる危機にサキュバスは戦慄した。

「眠らせてくれ……私の夢ならお前にやると、いつも……言って」

 ――落ちた。

 サキュバスの豊かな胸を枕代わりに、テスタメントはあっさり眠りの世界に旅立った。

「……………………」

「……………………」

 すやすやと心地よさげな寝息を掻き消し、使い魔の叫びが夜の森に木霊する。

「……契約に従えええええええええっ!!」





「――――?」

 テスタメントが目を開けると、何故か目線が低くなっている気がした。

 不思議な事があるものだと思ったが、自分は今夢を見ているのだと思うと何故か納得する。夢の中で夢を見ている自覚が何故あるのかと思うとそれも不思議なのだが、その事を考えるというのも楽しいかもしれない。

 数十年ぶりの安眠に、彼は浮き足立っていた。

「ふふっ」

 スカートの裾を抓んでくるくる回る。まるで少女のように。

 ――少女!?

 我ながら思いがけない行為に愕然とし、胸元の痛みと重みに下を向く。日頃の鍛錬で鍛え上げた胸板が、チューブトップを弾き飛ばす勢いの丸い膨らみに変えられていた。

 そういえば今漏れた笑い声も高い音になっている。

「……まさか」

 周囲に誰もいないことを確認しスカートの中に手を忍ばせる。

「な……」

 ない。つくべきものの片方がついていない。

 混乱する頭を落ち着けるべく、ゆっくり深呼吸して目を閉じる。

 これはサキュバスの見せている夢の中のはずだ。確かに自分の体は半分女であるが、男と女自由に変化できるような器用なものではない。

 ――いや、待て。

 夢の中でこれほど鮮明に物事を考えられるものなのか?これほど五感が働くものだったろうか?

「そんな……」

 徐々に意識がはっきりしてきて導き出された結論に、テスタメントはその場で座り込んだ。

 がくがく震える自分の肩を抱くと、やはりいくらか華奢なものとなっている。

「サキュバス、貴様ああああっ!」

 辺りを見回しても使い魔の姿はどこにも見えず、か細い怒りの叫びは尾を引く事もなく消えた。

『……ここに』

 座り込んだテスタメントの頭の中に響く、何かを押し殺した従者の声。

「どういう事か説明してもらおうか」

『実体を保てなくなりました』

 彼女は本来、眠っている男性の夢に忍び込み精を貪る夜魔である。それを他の魔獣と同じように戦闘に参加させるという行為を強いている為か、その消耗は早い。どうやら主の体に逃げ込み同化する事で命を繋いでいるようだった。

「だから私の夢を食えと言っているだろう。契約した時も言ったはずだ」

 苛立ちを隠し切れずテスタメントは首を振った。彼女の一番栄養を摂取しやすい状態が夢の中だと知っているから、眠っている間は好きにしていいと言ったのに、何故実体で抱かれる事に拘るのか。

「サキュバス」

 使い魔からの返事はなかった。その代わり、灼けつくような熱さがテスタメントを襲った。

「――っ!?」

 全身を撫で回され弄られているような錯覚。体の奥が熱くなって、細くなってしまった肩が震え出す。

「貴様……何を……」

 途切れ途切れの主の問いにやはり返事はない。続いて布地の上から乳房を弄られる感覚。乱暴に揉みしだかれ、チューブトップの上からでもはっきりと分かるほどにつんと勃った頂を指の腹で優しく擦られるような。

「……んぅ……っ」

『今や私とあなたは同一の存在。そして私は淫魔。同化した体の性感を自在に操るなど造作のない事……ほら』

 内腿を指先でなぞられ、誰にも触れさせた事のない秘花を弄られるような錯覚に陥る。

 見えざる指が彼――今は彼女と言うべきなのか――の内を探り、とろとろと蜜が溢れ出す。

「くぅ……っ!」

 知らず知らずの内に手が下腹部へ下りていきそうになって、テスタメントは先ほどまで背を預けていた木の幹にしがみついた。

 強情な、とからかうような囁きが聞こえる。次いで『彼女』に与えられたのは痛々しいほど尖った乳首を口に含まれ、舌先で転がされる感触と、普通の女と比べれば少し幼い秘裂を開かれ硬さを持った熱が入口に押し当てられる錯覚。その熱はひくつく襞をゆっくりなぞり、溢れる蜜を擦りつけながら中心部に狙いを定める。

「サキュバス……っ!――や……っぁ……っ!」

『ご主人様……少しは分かって頂けますか? あなたの寝顔を見るたび、こうして体が火照るのを堪えながら横で眠っていた私の事……今度はいつ可愛がって頂けるのか、それだけ思いながらお仕えしてきたのに』

 受け入れるものを待ち兼ね震えるそこを悪戯に熱がなぞる。何度もしがみついていた手が離れそうになっては、より強い力で幹を抱く。

『本当、強情ですね……これならどうです?』

「あぁっ!?」

 先ほどから襞をなぞるだけだった熱が、テスタメントの下腹部を貫いた。サキュバスの与える錯覚ゆえに破瓜の痛みはなく、未だかつて味わった事のない快楽だけが体を支配する。

 必死に木の幹に縋りつき、声を出すまいと唇を噛みながらも無意識の内に突き出した腰が揺れている。中を抉られる感覚に合わせて上下する様は、見る者があればその嗜虐感を誘うような淫靡さがあった。

『これはもういりませんね、こんなにぐちょぐちょにして気持ち悪いでしょう?』

「ひ……っ!」

 同化した手が勝手にスカートの中に入れられ、濡れそぼった下着を引きちぎる。火照る秘部に指を押し付け、欲情した体を否応なしに思い知らされる。

「……も…分か……たから、やめ……」

 サキュバスをそこまで飢えさせてしまった責任は自分にある。快楽地獄から逃れる為でなく、少なからぬ罪悪感が『彼女』の口から思わぬ台詞を言わせた。

「何でも……するから……っ!」

 予期せぬ答えにサキュバスの責めが止まる。

『……いいんですか?』

「お前が実体を保てなくなるほど弱らせてしまったのは、主たる私の……っ、……私の責任だから……お前が回復するまで……お前の望むままに、私を」

 使え、と最後まで告げる事なくテスタメントの体が崩れ落ちる。与える快感を強めても反応はなかった。

『あら? ご主人様!? ……あららら……ちょっといじめすぎたかな……ま、いいか。好きにしていいって言ったし』

 糸の切れた人形のように倒れていた体がふらりと起き上がる。その上気したままの顔に淫らな笑みを浮かべ、主と一体化した使い魔は餌食を求め森の外へ歩き出していった。



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早めの言い訳

 これもどれに対して言い訳をするべきか……ここには載せませんが某所で女体化ネタをやった時、話を暗くしすぎて嫌になってしまったので、できるだけ明るくしたかったのです。

 それでサキュバス。実際ゲーム中では喋らないから分かりませんが、テスディズ書いてる時と口調や性格は変えてあります。

 しかし私の思考はどこまで斜めへ飛んで行くのか……