17

 それは早朝だった。
 といっても閉めきられた旧校舎の中だ。ただ、小さな隙間から差し込む陽光の角度で早朝と分かるだけである。
 カイトは夢うつつの状態で、下腹に鉛でも詰められたような不快感を味わっていた。
 寝苦しくなって寝返りをうったときだった。
 ヌルリ……
 生温かいモノを股間に感じた。
 漏らした覚えもないのに下痢でもしてしまったかのような感覚。
 一瞬にしてその正体を悟ったカイトは跳ね起きた。
 いつものように起き上がるだけで耳のピアスと胸のふくらみが揺れる。
 それに加えていまは、股間にヌルリとしたものを感じる。
 何かの間違いであってくれと祈りつつカイトはパンツを降ろしてみた。
「うっ……」
 パンツにはっきりとついた赤いシミ。それを見てカイトは言葉を失ってしまった。
 そこへ再び内臓を締め付けられるような痛みがあって、しばらくしてトロトロと股間から血が出て内腿に伝った。
 排泄行為と違って、その出血はカイトの意志では全くコントロールできなかった。一方的にただ、流れ出てくる。
 その場にあったポケットティッシュをむしり取って、カイトは内腿の血をぬぐった。
 もう一枚ティッシュをとって、股の間に当てた。しばらくするとティッシュに赤いシミが広がっていった。
 その赤い色と生臭い血の匂いは、誤魔化しようのない現実だ。
 カイトに、いま女としての生理が訪れたのである。
 あれほど嫌がりながら、ムラタの予言通りの日程で生理が始まってしまった。仮にも自分の体なのにカイトよりムラタのほうがこの女体を知悉している。
 ……そう考えると、まるでムラタの掌で女としての肉体を弄ばれているようでぞっとする。
 カイトは心の底から男に戻りたいと思った。
 血を拭くために女性器にティッシュを当ててると、自然とその構造が頭に入ってくる。外陰唇に小陰唇、それらを広げたところにある膣口……。
 小陰唇……ラビアに触れると、それが以前よりも腫れぼったく感じた。特別授業で覚えさせられた知識の通り、生理期間中に見られる症状の一つだ。
 女陰から流れ出てくる血を指ですくうと、自分が女として生かされている事実をこれ以上ないほどに実感させられてしまう。
 男だったときは想像したことすらなかった。
 女の身というのが、こんなにも頼りなく傷つきやすいものだとは。
 細い腕。か弱いからだ。その頼りなさは、女の身になってみてはじめて実感できるものだった。
 生理による出血は、しばらく止まったように見えて、しばらくすると不意にまたヌルリと流れ落ちてくる。
 出血量がさほど多くないのが救いだが、それでも初潮でしかもまだ一日目である。
 カイトは自分が生理用品を使っている光景を想像して身震いがする思いだった。そして、数時間後にはそれが現実のものとなる。
 
 ムラタが朝礼前の時間に訪れたとき、カイトは廃教室の窓際で所在なさそうに立っていた。
 座ったり何かによりかかったりすると、生理の出血が余計衣服に付きそうで、立っているしかなかったのだ。
 もうティッシュは使い切っていて、仕方なくパンティに血が染みこむままにしていた。
 ムラタは真っ直ぐカイトのもとへと歩み寄ってくる。カイトはやましいことでもあるみたいに目を逸らした。
 生理が訪れていることをムラタに知られたくなかった。
「私をあまり手間取らせないように。君が自分から協力すれば、毎朝の身体チェックはよほど楽になるんですがね」
「都合のいいことを言うな」
 カイトは首輪の鎖が許す限りムラタから離れ、机を盾にした。
「オレを女にして、いたぶって、あんたに何の得がある!」
「自分が女の子だと認めるんですか?」
「話を逸らすな。オレが質問してるんだ」
「それを君が知ってどうするんですか。事情を話せば君が進んで協力してくれるとでも?」
「オレには知る権利があるはずだ」
「ないね。君にはいまや人権すらないんですよ。私の胸先三寸で君の運命は決まるんです」
「絶対思い通りになんて、なってやらねぇ!」
「そうですか。ところで、私の見立てでは今日にも君の月経周期が始まるはずですが。もしかしたらもう初潮が訪れてるんじゃないですか?」
 ムラタの言葉に呼応するように子宮がわなないて、ヌルリと粘度の高い血が股間に落ちてきた。
 無力感を覚えながら、カイトは虚勢を張った。
「生理なんて一生来るか! 余計な心配すんな!」
「生理が来ないと次のステップに進めなくて困ってしまいますが……」
 ムラタはすたすたとカイトに近づいてきた。
 机を挟んで対峙したところでムラタは腕を組んだ。
 見下した冷たい目でムラタが命じる。
「下半身の着衣を脱ぎなさい」
「いやだ!」
 カイトは泣きそうになって叫んだ。
「手荒なことをしてあなたを怪我させたくないんです。私の命令に従いなさい」
「オレが憎いなら、手荒なことでもなんでもすりゃいいだろ。オレが壊れたってあんたは少しも困らないんだろうよ!」
 そのときカイトはムラタの目線に気付いた。じっとカイトの内腿を見ている。
 赤茶けた色の血が一筋、つうっと腿を滑り落ちるところだった。
(見られた……!)
 とっさに手でこすっても、血の跡が白い太股に残った。
 ムラタの眼はレンズ越しに鋭くそれを捉えていた。
「******!」
「……あ?」
 ムラタは聞き取れない言葉で何かを口走った。英語だったのかもしれないが、カイトには判別できない。もっと響きの違う異国の言葉のようでもあった。
「……見せたまえ。まさか怪我などではないでしょうね!?」
「いや、見せない!」
「君と議論するつもりはありません」
 ムラタは白衣の内側から小型の拳銃のようなものを取りだした。ぎょっとするカイトだったが、ムラタの拳銃には、銃身がついてなかった。
 ムラタは拳銃のような物体をカイトの首筋にあてがうと、ためらいなく引き金をひいた。
 パシュッ!
 ほんのかすかな音がしただけで痛みはまるでなかった。
 代わりに、猛烈な脱力感がカイトを襲った。
「てめぇ……マスイを……」
 呂律も回らなくなり、後ろ向きに倒れ込みそうになったところをムラタが抱きかかえた。
「本当は無闇に薬品を用いたくないんですがね……」
 カイトの意識はすでにぼやけ始めていて、ムラタが何を言ってるのかもよく分からなかった。
 するすると下半身の着衣が脱がされていく。
 パンティは生理の血でべったりと汚れていた。ムラタはそれを確認すると、今度は器具を使ってカイトの膣を調べていく。
「良かった。どうやら、間違いなく初潮のようですね」
「うう……」
 悔しくてカイトは涙を流した。
(こいつに予告された通り……生理がくるなんて……)
 まとまった思考もできなくなって、すぐにカイトは眠ってしまった。
 寝息を立てるカイトを、ムラタは丁重にマットレスに寝かした。
 ムラタは携帯を取り出すと、研究所へと電話をかけた。
「……ええ、私です。予定通りの進行でした。そちらでの受け入れ準備を整えておいて下さい。特にリングの調整。頼みましたよ」
 携帯をしまうと、ムラタは改めてカイトの寝顔を見た。
「……おまえはいまどんな夢を見ている?」
 そっと愛おしそうな手つきでカイトの顔にかかった前髪をかきわける。
 カイトに意識があったなら、全身に鳥肌を立てて逃げ出していただろう。
 やがて顔をあげたムラタの口元が奇妙に歪んだ。
 ひとしきり発作のような哄笑がおこって、止んだ。
「どんな悪夢よりもどんな淫夢よりもなお苛酷な現実を君には送りますよ。せいぜい力一杯あがいてくださいね」
 カイトが薬品による眠りから目を覚ましたとき、ムラタの姿はもうなかった。
 そばに置かれていた紙袋に替えの下着と、生理用品が入っていた。
 起きて確認すると、マットレスとの間に挟まれてたタオルに、股間からの血がシミを作っていて、カイトはため息をついた。
 どんなに努力したところで生理による出血を自分の意志で止めることはできない。下半身が血塗れになりたくなければ、生理用品を使う以外に選択肢はない。
 紙袋にはタンポンとナプキンが両方入っていた。
 特別授業で、両者の違いについては習っている。
 カイトは迷わずナプキンのほうをとった。タンポンは自分のあそこに挿入しなければいけないという点で敬遠したかった。
 ナプキンを包装から取りだし、説明書きの通りパンティに取り付けた。実体験するのは初めてなので取り付け位置に関しては不安だったが、とりあえずナプキン付きのパンティを穿いてみた。
 膣の位置に合わせて二、三度ナプキンの場所の微調整をした。ナプキンに赤錆のような血の跡が女性器の形をスタンプしたみたいに残るのがリアルだった。
 ナプキンをつけた上で下着を身につけると、いままで感じていた下半身の気持ち悪さはおおかた解消した。
 代わりに、股間に感じるナプキンの感触によって常時、自分が生理を迎えた女だということを意識させられることにもなる。向こう何日か、昨日の葵と同じように血の匂いを振りまいて生活することになるのだ。
 ナプキンの包装紙をくず入れにほうるという自分の行為に、カイトは強い違和感を覚えた。あまりにも荒唐無稽だとカイトは思った。自分がナプキンを使っているなどと。
 無意識のうちに胸のふくらみの下側を手の甲でさすっていた。
 このところ身に付いた癖だった。痛む箇所を自ら刺激してしまうように、女にされてしまった自分の肉体を再確認するように乳房を触るのが癖になってしまったのだ。
 自分の胸にある奇妙な立体感。それを触って確かめずにはいられなかった。
 ぴっちりとしたブルマを腰まで上げ背筋を伸ばすと形のいい胸が誇らしげに突き出る。鏡代わりの窓ガラスに自分の姿を映すと手足のすらりと長いスタイル抜群の美少女がそこにいる。
 カイトが腰に手を当てると、鏡の中の美少女も同じポーズをとる。
 鏡の美少女が自らの胸に触れると、カイトの手にも乳房の感触が伝わってくる。
 以前はこうして鏡の向こうに美少女を見ていると、自然にペニスの幻覚が生じていた。
 ところが今は股間にナプキンが当たっているためか、幻覚でもそこにペニスを感じることはできなかった。
 目を瞑っても自分の体を男としてイメージできない。いつのまにか自己イメージがかつての自分ではなく少女としてのいまの外見に引きずられている。
 女を犯している自分の姿よりも、男によって犯されている自分の姿のほうが強くイメージできてしまう。
「反吐が出そうだ……」
 女らしい声には不似合いなセリフを呟く。
 しくしくと下腹部が痛んできて、カイトはマットレスの上で体育座りした。
 また少し血が下ったようだがナプキンのおかげであまり意識することはない。腹に手を当て、自分の膝に抱きつくような格好で休んだ。
 その姿勢では膝で乳房がつぶれてしまうが、もうそういった感触で驚くことはなかった。不本意であっても女体の身体感覚には馴れつつある。
「……月経期は3〜7日で個人差がある、だったか? ちくしょう、最悪こんなのがあと一週間も続くのかよォ。あン!」
 そばにあったナプキンの箱を八つ当たりで蹴飛ばした。とっさに黄色い声が口をついてしまうのを自分でもどうしようもできない。
 ときおりやってくる下腹部の痛みを散らしながら時間が過ぎていった。
 一時間ほどして、ナプキンを取り替えた。
 本来はもっと長く使えるはずだが、初めてのナプキンなので気になって早めに取り替えることにしたのである。
 使用済みのナプキンは説明書の通りに折り畳んで元の袋に入れて捨てた。
 新しいナプキンをパンティに固定して身につける。まるでオムツでもしてるみたいな屈辱感があるが、不随意にアソコから血が出てしまうので、選択の余地はない。
 カイトは女にとっての生理用品のありがたみをたった一日で、いや初潮が訪れて半日と経たずに身に沁みて学んだ。

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