31

「う うぅん・・」
かすかな悩ましい声。
あの後、息もたえだえトイレから2階・元自室に用意された自分のスペースへと戻ったカイトは、そのままタオルケットをかぶって横になった。
一糸まとわぬ魅惑的な姿。
そう、カイトは叔父に剥かれたままの状態、つまり裸だった。
いつもなら寝巻き代わりの体操着を着てから眠るのだが、人間であることを完全否定され、なおかつ自分でもなかばそれを受け入れてしまっている事に気付かされたカイトに服を着る気力などあるはずもなかった。
食事の給仕を放棄しているにもかかわらず呼び出されないということは、『カイト』の方でもいたらないメイドの事など無視したいのだろう。
好都合だった。
とにかく今は人間と顔をあわせたくない。
人間以下の存在なんだと罵られたくない。
弱った心は無意識にそう考えて、そして一人きりになったのだ。
しかし、自分以外の存在を感じないという状況が、自分の体だけに意識を向かわせることにつながり、柔肌を這い回っていた不気味な感触を蘇らせる結果となっていた。

「う、あぁ」
体全体をじりじりと焦がす甘い疼き。
今頃になって、先刻の叔父とのセックスの余波がカイトを襲う。
息が苦しくなってくるのを抑えることができない自分が情けない。
(嫌だ、これ以上人間以下になってたまるか)
知らず知らずのうちに瞳には涙がたまっていった。
叔父に犯されていた時に心が空虚だったのは、もちろん自分の立場に対して絶望してしまったからだ。
しかしそれと同時に、ここで心までよがってみせなければ他人の見方はどうあれ、自分の中ではかろうじて人間でいられるという本当に最後のプライドゆえでもあった。
それが一人きりになった途端、犯された余韻に浸って快楽に流されてしまったんでは、もう本当に性奴隷以外の何者でもないではないか。
絶対に耐えきらなくては・・・
しかしカイトの脚は本人の意思とは無関係にもじもじとその両腿をすりあわせてしまう。
その股間からは早くも女の強烈な『匂い』を発散している。
「う、 う」
(寝る、とっとと寝るんだ)
カイトは今までのように女の体の快感を否定するのではなく、ひたすら無視して通り過ぎるのを待ち続けることにした。

この体のままならなさはもう充分すぎるほど理解していたから。
(間違ってる、あんなんで感じるわけがない)
叔父とのセックスを思い返す。
ただただ自分の思うがままにカイトの胸や秘所をむさぼる動きは愛撫などと呼べる上等なものではなく、体に残る手の感触はひたすらおぞましいだけであった。だから
(だから、我慢できるはず)
確かにカイトの牝の体はじんわりと性感を燻ぶらせていた。
時間は充分経過しているし、叔父のテクニックは稚拙そのものであったが、それにもかかわらずきめ細かい肌はカーッと火照り、乳首は勃起して鋭く乳房を刺激して胸全体にとろけるような快感を与えている。
「我慢・・・我慢・・・」
しかし気持ちの昂ぶりはなく、そのおかげで自分を見失うほどには昇りつめずにすんでいた。
(我慢・・・我慢・・・)
頭の中でひたすらその3文字を繰り返す。
頬はほんのりと紅く染まり、呼吸も荒いものになってきたが、頭の中の大量の3文字がそれの認識を曖昧にしていった。
漠然と今の自分のやりかたが正しいと理解して、何十回、何百回と『我慢』を暗唱する。
(がまん・・・がまん・・・)
(がまん・・・がまん・・・)
(がまん・・・がまん・・・)
やがてカイトの頭は『がまん』という言葉を羅列するだけの飾り物へと変わっていった。
ただひたすら心が穏やかになっていくのをかろうじて感じる。
(がまん・・・がまん・・・)
体の疼きは暖かい心地よさに置き換わっていた。
「うぅん・・ふぅ、が・ま・・」
なにも思考しない頭の中で、性的快感とまどろみの快感が奇妙な融合を果たし、2つの快感にぐずぐずに溶かされたカイトは急速に眠りにおちていった。


カイトが穏やかな寝息を立てはじめてから、時間にして5分もたっていないだろう、

    ギシ、ギシ

と階段を踏み歩く音。そしてドアを開けて部屋に入ってきたのは現在のこの部屋の主、『カイト』に他ならなかった。
『カイト』はドア脇のスイッチに手をかけて明かりを点けると同時にこの部屋にいるはずの『ポチ』の姿を探した。
(ポチの奴、御主人様よりも先に寝やがって!)
部屋の片隅、ちょうど押入れの前にあたる場所で眠っている『ポチ』を見つけると、不機嫌な表情で傍に寄る『カイト』。
そこでカイト(『カイト』にとっては『ポチ』という名のメイド)は可愛らしい寝顔を無防備にさらしていた。

そのまま無言で『ポチ』の髪を引っ張りあげようと手を伸ばす。が、

「・・・・・あ、何やってんだ?俺・・」

何故かその手は『ポチ』の口に近付き、右手の指先は唇をそっと撫でてしまっていた。
視界の端に『ポチ』の唇が入った途端に、それに触れたいという逆らいがたい衝動にかられていたのだ。
そして触れた瞬間にそのあまりにもの魅力に驚愕した。
(なんだよ、これ・・)
その唇の感触は男のそれとは別次元の心地よさだったのだ。
荒れた部分など一点もない肌触りと潤いに満ちたその表面は可憐でありながらも豪華という矛盾を内包した薔薇の花弁を思わせた。
軽く触れただけで伝わってくる弾力はまるでそこに極上の乳房が存在しているかのようで、男という性がそれを手放すことを拒否していた。
「んふぅ・・」
『カイト』は思わず荒い息をついてしまった。
全神経を己の指先に集中させてひたすら陶酔する。
今まで『カイト』にとって、『ポチ』の唇、なんてものはメイドとして服従の言葉を紡ぐための発声器官、
もしくは、フェラやその他の愛撫に使用する道具、その程度のものに過ぎなかった。
大概の18禁ゲームにおいて唇の描写は女体の他の部位にくらべておざなりなことが多い。
それだけに女性に対する知識の大半をゲームによって得ていたこの男にとってその唇の美味きわまる感触は脳髄を破壊せんばかりの知的衝撃であった。

思考がまったく新しい未知なる感情に埋め尽くされる様は、ある種恋愛にも似てはいないだろうか。
(欲しい・・・)
指では足りない。さらなる接触を魂が求めていた。
一旦『ポチ』の唇から指を離す『カイト』。
そして床に両手をつけて口付けをしようと身をかがめていく。

唇が欲しい

いつもは屈辱にわななきながらキッと固く結ばれている唇が

今、目の前でやわらかく膨らんでいる唇が

先刻まで俺のチンポをうまそうにしゃぶっていた唇が

その後「そんなに気持ちよかったの?」と笑って囁いた唇が・・・ !

ハッと我に返り、お互いの唇が触れ合う寸前に『カイト』は身を起こした。
風呂場での記憶が『カイト』の自制を急速に取り戻させ、同時にカイトへのコンプレックスと怒りの感情を思い出させていた。
(そうだ、こいつはメイドのくせに俺を笑ったんだ!)
『カイト』は『ポチ』のかぶっているタオルケットを勢いよくめくりあげると、その下から現れた裸身の胸を、胸の先端に付けられた金属リングとチェーンを凝視する。
(こいつはこんなものが付いてる奴隷なんだ!
 俺に従わなきゃ生きていくこともできない絶対服従のメイドなんだ!)

『カイト』は『ポチ』の両乳首の間に張られたチェーンを右手で掴むと、それを力任せに引っ張った。
(俺がこいつに気持ちよくさせてもらうんじゃない!
 俺はこいつの体も心も自由に弄んで、こいつは黙ってそれに従うべきなんだ!)
『ポチ』の乳首は痛々しく引き伸ばされ、巨大な乳房はそれにともない若干長細い形に変形する。
(そら、起きろよ、痛がれよ!泣き叫んで俺にやめてってお願いしろよ!)
おそらくは相当の痛みが胸に走っているはずである。
しかし、『ポチ』は一向に目を覚ますそぶりを見せないどころか、その表情は穏やかそのものだ。
まるで「おまえみたいなゲームヲタには従わない」とあざ笑われているかのように感じた。
(俺は美形になったのに!こいつの御主人様なのに!)
「くっ!」
『カイト』がチェーンから手を離すと支えを失った胸はぶるんと大きく揺れながら元の形へと戻る。
「くそっ!」
『カイト』はそう吐き捨てながら、ベッドに横になった。
枕に頭を預けながら考える。
圧倒的に優位な立場にいるというのに『ポチ』を支配しきれない。
そのことにたまらないもどかしさを感じる。
(そうだ・・・足りないんだ・・・
 アイツを奴隷として縛り付けておくには
 まだまだ道具が足りないんだ・・・)
安らかに眠り続ける『ポチ』を眺め、そしてその首に巻かれた首輪に注目する。
(そうだ・・・リードだ・・・
 首輪に紐をつなげちまえば、もう俺のペットそのものだ)
紐をつながれ、力なく震えるしかないメイドの姿を想像する。
その紐の端を握っているのはもちろん自分だ。
倒錯した欲望を抱えながら、『カイト』も眠りについていった。

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