RED EYES3

そうして、社長と社長秘書の食事は無事に終わった。いや、まだ終わりではないのだが。大体の者ならここに連れて来る事の意味を承知であろう。
静香は、ホテルの一室にいた。最上階のスウィートルーム。窓から見渡せるのは、満天……とまでは行かないが、天に瞬く星と地に煌く街の灯。
窓の側に立ち、それを眺めていた。服装は変わってない。その眼下に広がる絶景の眺めを見下ろすその瞳も。
「そんなに珍しいかい?」
後ろから、丁度バスルームから出て来た権蔵が静香に声を掛けた。彼の服装は自前のシャツに黒のスラックス。いつもの姿に、上着とネクタイを外したものだ。
静香は振り向かない。社長に対して、あるまじき行為。
「……橘君?」
不思議に思い、静香の横に移り、その顔を覗き込む権蔵。
――そして、背筋を冷たい何かが走った。
「社長?」
ふい、と顔を向ける。自分がどんな表情をしていたのか、権蔵が何を思ったのか、そんなもの知る由も……寧ろ必要が無い。
「い、いや、何でもない……」
多少青ざめた顔に微笑みを浮かべながら、権蔵は静香から離れてベッドに腰掛けた。それを見送り、静香は再び視線を外に投げた。
――そこに浮んでいるものは正しく無であった。
彼女に何か揺らぎがあったなら、まだ救いがあった。だが、静香の態度はいつもの素っ気無いもの。
(あんな表情をする女性は……初めてだ)
そこにあったのは、ただ何も無いもの。非難でも罵りでも卑下するでもなく、感動でも興奮でもない。“無表情という感情”でも出してくれていれば、どれ程救いがあったか。
(まあ、それは今は関係無いか)
権蔵はおもむろに立ち上がると、その静香の背中から抱き締めた。リアクションはない。静香には近寄ってくる権蔵の気配が読めていたから。
「……静香……」
今まで聞いたことのない、真剣な声色。女を口説き落とすには、この声と凛々しい容貌で十分だろう。
答えは出ている。ならばそれを遂行する。
静香が男だった時にも、そういう行為の経験がなかった訳ではない。何処に何をどうするか、知らない筈がない。
だが、彼にとってそれは単なる任務遂行の過程の一つであり、己の欲望を満たすため、という理由など微塵も存在しなかった。
……する筈がない。その男には、欲そのものがないのだから。
今回もそうだ。誘いを強固に断らなかったのも、今こうしてこの男に抱かれようとしているのも、無駄な摩擦を生じさせないためであった。
「そんな所で立ってないで、こっちにきたらどうだ?」
ベッドに腰掛けたまま、権蔵は静香を呼んだ。今の静香の思考を知る由も無い。
「では、失礼します」
小さく一礼して、権蔵の横に腰掛ける。本当に機械のような動き。
「……ここまでしておいて言うのもあれだが……いいのかい?」
権蔵は、真っ直ぐ静香の横顔を見つめていた。その真摯な表情と声色に、しかし静香が反応することはない。言葉というものしか受信しない。
「どうぞ。覚悟はできてます」
こちらは真っ直ぐ窓を見ながら。全く対称的な態度。口から発せられた言葉は、或いは男を腹立たせるものである。
だが、権蔵はそうはとらなかった。感情表現が苦手……というか、極端に不器用な女性なのだろう、と思っていた。思っている、だけであるが。
「静香」
その頬に手を添えて、自分の方を向かせる。その紅い瞳が、権蔵の双眸を覗き込んでいる。
――口付けが交わされるのは、至極当然の流れであった。
(……?)
ふと、静香に違和感が走った。何がどうこう、という訳では無い。何かが変、という訳でもない。
何とも説明し難い感覚。
「……ん……」
暫くは、触れ合うだけの優しいキスが続く。権蔵が静香の華奢な体を抱き寄せて、しっかりと離さない。
やがて、権蔵の舌が静香のそれに触れた。少し吸って舌を引き出し、絡めた。
 ちゅく……ちゅぷ……
唾液と唾液が混ざり合う。互いに柔らかい感覚を覚える。権蔵は、自ら動かない静香にただ淡々とディープキスを続ける。
 ぞく……っ
背筋を走る、奇妙な感覚。それは、先程感じた違和感と共に静香の思考に届く。先程よりも確かに、しかし正体は掴めない。
と、不意に視界が回る。窓を向いて座っていた状態から、頭をちゃんと枕の方に向けて寝かせるには、半ば強引に肩を押して修正するしかない。
 とさっ
その華奢な体は、あっけなく倒された。その上に覆い被さるように権蔵がいる。その行動から、こういう行為が得手である事が伺える。
「脱がすよ」
確認して、権蔵は静香のバスローブの帯を取る。そして、ゆっくりとそのヴェールを脱がす。
「――」
眩暈――はしていない。だが、それに近い感覚。先程感じたのと似ている。
包み隠す物を失った静香の裸体は、権蔵の前に惜しみなく曝け出された。たわわに実った双丘、その頂にある小さめの乳首、無駄な脂肪が殆どついていないボディライン、そして……茂みに隠された秘境。
権蔵が今まで見てきた中で、最も……それも飛び出て、美しかった。確かに美しい女性と交わった事も多々ある。だが、それらにはない“何か”を、静香は醸し出していた。
さらに、その恥ずかしそうな表情も権蔵の欲情を掻き立て――
……恥ずかしそうな表情?
(何だ、これは……心拍数・体温共に上がっている)
 とくん……とくん……
それは、異常な事態だった。何も浮ばない、何も感じる事のないあの機械のような存在が、頬を赤らめて顔を若干でも逸らしている……!?
権蔵の手が伸びる。その柔らかさを確かめるように、そっと静香の胸に触れた。ピクン、と体が震えた。
(……どういう事だ……?)
自らの体を寸分の狂いも無く制御している筈――筈ではなく、それは絶対であった――の意思が、殆ど効いていない。超人的な身体能力を持っている筈の自分が、勝手に身震いするなど有り得ない。
こんな状況でも相変わらず、静香の思考は第三者的であった。
勿論触るだけでは意味が無い。権蔵は下から持ち上げるように、優しく力を加えた。その弾力を確かめんと。
刹那――静香の思考に、ノイズが走る。
(……?)
そんな事、“こうなってから”初めての体験だった。代わりに、言いようの無い違和感が体に走る。
「……ふ……」
優しく、しかし確かにその乳房を揉まれる度に吐息が漏れる。自らの肉体の制御が完璧ではないのか。
肌がより紅潮しているのと、桃色の頂が屹立したのを確認して、権蔵はその乳首を人差し指と中指で挟んで、全体を掴むようにして強く握る。
「んくっ……!」
痛みとは違う。苦しみとも違う。かと言って心地よいかと思えば、それも微妙に違う。
確実なのは、揉み解される度に体が小さく跳ねることと、ノイズがより発生するようになったこと。
ただ、権蔵にとっては、その何かに耐える表情はとても扇情的であり、自らの欲望をさらに滾らせるものであるが。
指の間で硬くしこった乳首を、そっと甘噛みする。
「ひっ……!」
それまでより少し大きく背筋を強張らせる静香。もう肉体制御の主導権は彼女の思考にはなかった。
(く……なに、が……どうなって……)
やがて、静香に僅かな違和感を残しつつ、権蔵は次の段階に入った。
自分の唇で静香の唇を少し開かせ、その隙間から舌を差し入れる。頬に添えた手は肩に移し、そっと掴んだ。
自分の口内に侵入してくる舌。静香は何もしない。抵抗もしなければ享受もしない。ただ、されるがまま。
思考も断絶的になり、上手く物事が考えられない。ただ吐く息は何か艶を帯びており、双眸は視点を失い呆けている。
――ボディが、システムの支配から脱した瞬間になった。
「ひぅっ」
権蔵が、胸を弄っていた筈の指をに秘所にあてがっていたのだ。下から上へそっとなぞるだけで、権蔵の指に湿り気が伝わった。
それまでは小刻み程度だったものが、今度は背筋を張り弓なりになってしまった。それ程までに、静香にとってその刺激は強かったという事か。
「感じやすいんだな……可愛いよ」
権蔵は呟くと、静香の秘裂に沿って指を動かした。既に若干の滑り気を触感が伝えてくる。同時に片方の手は胸を強く包み込み、そしてもう片方の頂にキス。
「はあああっ……!」
その責めに耐えるように。ぎゅっとシーツを握る。未開封の缶ずらも握り潰せたあの手は、今は頼りなげに細く、小さい。
一瞬、思考が真っ白になった。そして、ふと意識が戻ろうとすると、再び何も考えられなくなる。
フリーズと再起動を無自覚に繰り返しているような感覚。だが、肉体に感じる妙なものは途切れない。
権蔵が愛撫している内に、段々と秘裂から流れ出る愛液がその量を増してきた。少し力を加えれば、抵抗も少なくその秘境へと辿り着けるだろう。
「入れるよ」
静香の耳に届く囁きとほぼ同時に、
 つぷっ
「っ!」
権蔵の指が、静香の秘裂を割って膣内に侵入した。中は驚く程熱く、滑り、そしてきつい。
「んあ……っ!」
鼻がかった声が、静香の口から漏れる。既に思考は違和感とノイズに打ち消されている。ただ躰が受ける痺れるような疼きに反応するだけ。
――それが、本能であるかどうかすらも、今の静香には判断できない。できる筈が、ない。
その反応に心地よくなったのか、権蔵は挿入した指を、ゆっくりと抜き指しし始めた。次第に小刻みに振るわせる、中の襞を擦るなど、どんどん刺激を与えていく。
「はぁん、あくうっ……!」
その全てに静香の体は反応し、甘い喘ぎ声を上げる。細かい、玉のような汗が幾つも浮んでいて、それらが明りに反射して、体全体が淡く輝いているように見える。
(綺麗だな……さしずめ、女神というところか)
素直な感想を思いつつ、権蔵は体を引っ込め、その顔を静香の股、つまりは秘所の前にもっていった。
秘裂は少し捲れており、膣口と確かに勃起したクリトリスが僅かながら見えた。
(……災いを呼び込む女神、か)
そして、静香が呆けている隙に、そこに顔を近づけて秘裂を一舐め。
「ひっ」
短い悲鳴。
そしてすぐに舌を膣口に潜り込ませ、中で蠢かせる。
「ああっ、ふあああっ!」
まるで別の生き物のように静香の中で動くそれの責めを受けて、耐え切れないのか両の太腿で権蔵の顔を挟んでしまう静香。無駄な肉がついていない、しかし決して筋肉質だけでは有り得ない柔らかな肉が権蔵を包む。
ただ、無自覚なためかその力が強く、一瞬骨が軋むような音が聞こえた――ような気がした。
「んふううっ、あはあっ!」
それでも、権蔵の責めは止まらない。相手を完全に蕩けさせようと、執拗に舌を動かす。舌で膣道を弄りながら、開いている手でその上方、肉豆をきゅっと掴む。
「はああ、ふ、んんっ!ーーっ!!」
全身を強張らせ、大きく体を仰け反らせる静香。暫しそのまま停止、すぐにどさっとベッドに倒れ込む。
(……状況……確に……ん……)
辛うじて意識が回復した。今の自分の状況を把握しようと、その活動を最大限発揮させる。
勿論、普段の一割にも満たないのだが。
全ての力を思考に回し、ぐったりとしている静香を見下ろしながら、権蔵はズボンのチャックを下ろした。
そして、そこから己が自身を取り出す。
 ビクン
「……あ……」
静香はそれを見て小さく声を上げた。無自覚だった。
位置は変わらず、しかし怒張しきった逸物を、そっと静香の秘所にあてがう。
「……行くよ」
それだけであった。
 ずぷっ
「っっ!!」
全身を、突き抜けた。
「んあああああっ!」
咆哮にも似た叫び声が部屋を満たす。その声の半分は、単純に痛みがあったろう。もう半分は、間違うはずも無い……渇望の色。
だが、権蔵は次の一瞬で凍りつく。
「……?」
挿入した肉棒を包む圧迫感は半端じゃない。だが、この窮屈さは何か。確かに濡れて、それを確認して、用心を重ねて一度絶頂を味わらせたというのに、このきつさ。
そして、今し方感じた妙な感覚。奥に進むことへの抵抗感。
「……まさか……処女だったのか?」
その問いかけに、侵入が止まったのをきっかけに荒く息をし整えている静香に答える余裕はなかった。
だが、その目を閉じて必死に耐え忍んでいる表情は権蔵でなくとも燃え上がるものである。
「ふ、あ?あ、あくううっ!」
突然、衝動に駆られ権蔵は腰を降り始めた。相手に一片の優しさを与えない、自分主体の行動。
それによって、静香には激しい痛みが走る。たった今処女膜を突き破られたというのに、いきなり強烈な責めでは単に苦しいだけだ。
ギシギシとベッドが揺れる。その上で繋がってるのは二つの獣。
「あう、あは、んうう!」
声が止まらない。感覚が掴めない。思考が出来ない。そんなことすらも意識できぬ程、静香は乱れていた。
ただ一つ、確実に鮮明に静香を支配するものがある。
押し潰さんとする、快楽。
状況判断すらできない、しかしそれとは逆にしっかりと反応している体。初めて男を受け入れたそこは、赤い筋を伸ばしながらもしっかりと男根を咥えている。痛みだった筈の感覚は、既に快感へと入れ替わっている。
その貪るような秘壷に己を飲み込まれながら、権蔵は荒々しく腰を動かす。
ふと、
「橘静香という人間は存在しない」
激しい動きとは裏腹に静かな声が、静香の鼓膜に響く。その意味を介するまでに、かなりの時間を要した。
「少し私を甘く見すぎたな……“RED EYES”」
その単語が耳に届いた時、静香は目を大きく見開いた。意識が少しだけ覚醒するが、刹那、深く貫かれてその快感に目を瞑る。
「き、気付いて……あうんっ!」
その可能性はあると、静香は最初からタカをくくっていた。別に気付かれていても構わない。
この男から言い出したら、そのまま実力行使で色々聞き出すだけだった。
……筈であった。まさか、この行為で自分の自我が失われるとは想っていなかったのだ。
「ああ。――だが、私では君に勝てない」
激しい抽送から、リズミカルに腰を打ち付ける動きに変わる。それに合わせるように静香が喘ぐ。
「警察から貰っている以上の金を払う。だから、私の傍にいてくれないか?」
「う、あ、ああっ!?」
顔をぐい、と静香に近づけつつ、その動きは止まらない。更に片手でクリトリスを摘み刺激を与える。
目を見開いて仰け反る静香。
「君は我が社にとって、私にとってとても有益な存在だ。どうか私の願い、聞き入れてはくれないか?」
あくまで優しい声。だが、その動きは決して止まらない。搾り取るような襞の動きに顔を顰める。
限界が近い。
「あう、あああ、く、ううっ……!」
激しく貫かれながら、静香は自分の意識で小さく首を縦に振った。次いで、腕を権蔵の肩にかけて自身は大きく仰け反る。より深く交わる。体はぴくぴくと震え、こちらも絶頂間際だと訴えている。
「ありがと、う……これからは、いつでもこうしてやるから……なっ!」
最後に大きく深く抉りこんで、権蔵は契約とばかりに己の精を静香に叩き込んだ。
「ひ、あ、あああ、ああああああーーーーっっ!!」
目の前が、真っ白になった。
折れんばかりに背筋を逸らせ、絶叫に近い声を上げる。体が、秘所がぶるぶると震えて、精を放つ権蔵の肉棒を強く締め付ける。
「あ、あ……あ……」
脱力しきって、繋がったままどさりとベッドに倒れ込む静香。荒い息を整えるのと同時に意識が段々表層に戻ってくる。
「…………?」
そして、ふと気付いた。自分の中に入っている逸物が、まだ自分を圧迫し続けていることを。
「……第二ラウンドだ」
「え……あ、くうぅああぁっ!」
それこそ溢れんばかりに精液を吐き出して尚、権蔵のそれは萎えていなかった。今放った白濁を潤滑油にして、再び腰を動かし始めた。
そうして、二匹の獣は一夜中交わり続け――。

二日後、権蔵は逮捕された。

「思ったよりてこずったね?」
その翌日。十日程前にいた場所に、男と女がいた。
女はその時と同じ様に、腕を組んで目を瞑り壁に寄り掛かって佇んでいる。静香――“紅眼”。
もう片方は、言わずと知れた白衣の男だ。酷く嬉しそうな表情で、そこに立っている。
「殺しとは訳が違う。それなりに時間は掛かる」
一言、前会った時と全く同じ様に感情の無い言葉。機械が放つ音。
「まあ、しっかりと役目を果たしてくれたんだからいいとしよう。――あのリストは役に立たなくなったけどね」
苦笑とも皮肉とも取れる言葉に、“紅眼”はやはり反応を示さなかった。
リストとは、彼女が警察に提出した資料の一つで、権蔵が“飼って”いた殺し屋の名簿であった。
それが役に立たなくなった、ということは即ち――。
「やっぱり、君は最高の素材だよ」
嬉々とした声と雰囲気を纏わせて、男が“紅眼”に近寄る。その気配に気付き、女は目を薄く開く。
「それともう一つ、確認しなきゃならないことがあるんだよ」
女の目の前に立ち、男は言った。薄く目を開いて“紅眼”は見る。
おもむろに、男は彼女の顎を取った。くい、と上に上げて、即座に自分の顔を近づける。
その流れが、彼女の反応速度を遥かに凌駕するものであり、彼女が気付いた時には、既に二つの唇が重なり合っていた。
 ドンッ
彼女は男の肩を押して突き放し、距離を置く。何の感情も浮んでいない視線を男にぶつけて、即座に口を開く。
「何の真似だ」
だが、その彼女の質問――確認と同義語ではあるが――を、男は聞いていなかった。そのぎらつく双眸に映るのは……狂喜。
「弾いたね?今、君はボクを拒絶したね?」
男は質問に質問で返した。ただ、その内容は一様には理解し難い。
「同調も、拒否も、ボク達には今まで何の関心も湧かなかった君が、今、間違いなくボクを否定したね?」
それは当然だ。突然口付けを交わされたら、誰だって拒否し、驚き距離をとろうとするものだ。
――感情を持っていない彼女は、例外だというのか。
「昔の君なら、きっとただ呆けて受けていたに違いない。そして事を終えた時、『これに何か意味があるのか?』と問うだろう。確認のために」
興奮しきった様子で、男は続けている。確かに、男が言う行動も可能性の中にあるだろう。しかし、それだけではないだろうに。
「不用意な接近を許さないようにしただけだ」
至極端的に言う“紅眼”。その紅い瞳を、狂気の視線が貫き返す。
「いいや、今ボクは確信した。――君は感情を持ったよ、“RED EYES”」
勝手な持論を展開し、勝手な自己解釈を終えて、男は歩き出した。彼女の前を横を素通りして、この裏路地とは正反対の、表参道へ。
「楽しみだよ。キミが女になってヤられて、キミの中のどこかに仕舞い込まれた感情というプログラムが解除されたんだ。それが完全に放たれた時、何が起こるのか」
一度足を止めて、首だけで振り向く。それを、“紅眼”は確かに見た。
――鬼の、瞳。
「楽しみだよ」
再びそう告げて、男は歩みを再開した。すぐにその姿は見えなくなった。
彼女はただ、その背中をじっと見送るだけであった。その男の言葉を反芻するように、ただじっと。
――疼く下半身に、その意識を向けつつも。

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