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 それがいったい何だったのか? 結局今の令には皆目見当もつかない。
 だが、どうやらあれがただの夢などではなかった事は確かだ。
 そうでなければ、今現在自分の身に起きている事の説明がつかないからである。
 あるいは今だに夢の続きを見ているのか? 自分はただ寝ぼけているだけなのか?
 そんな自問も、今の令には何の慰めにもならなかった。
 妙にパジャマに圧迫されて絞めつけられるような感覚のある胸、そして何より毎朝いつも若さゆえの怒張を示す部位の奇妙な沈黙。
 起きてすぐ、その奇妙な感覚に思わず触れた手の感覚が今だに手のひらに残っている。
 目が冴えてきてからパニックになり、落ち付くまで随分と時間がかかった。
 その後何度となく事態を確認しようと手を動かしかけ、そして止めた。
 理由は簡単、それを行うとほぼ間違いなく令の希望を裏切るからだ。
 だけどずっとそんな事ばかりを考えていては、さすがに令も疲れてきていた。
 既に日は高く登校時間はとっくにまわっている。無論欠席連絡などしていないが、早朝の令にはそんな事に気を回す余裕はなかった。
 令の両親は父親の転勤の都合で1年も前から家を出ており、気ままな一人暮しの彼に学校をさぼった事を咎める者はこの家にいない。
 だが、このまま一生ベットの上でうずくまっているわけにもいかなかった。
 結局朝食も取らずにいた令は、漠然と空腹感をともない始めた頃に覚悟を決めた。
「しっかり見て、確かめてみなくちゃ……。」
 誰に言うでもなく呟き、令はベットから足を下ろして立ち上がった。
 立ち上がった時に感じた胸の揺れを気のせいだと強引に否定し、部屋の隅に置いてある古い立て鏡の前に立つ。元々母親が使用していたものなのだが、使わなくなって場所取りだからと令の部屋に置いていったものだ。
 全身を写せるほどの大きなものゆえ令も場所を取るだけの邪魔な置物としか認識していなかったが、よもや役に立つ日が来るなどと予想もしなかった。
 一瞬の迷いの後、覚悟を決めて令は鏡の前に立ち全身を写す。
「ほら!普段……どお……り……」
 あくまで自身にとって最良の結果を想像して強気に鏡の前に立ってみた令の声は、みるみるうちにトーンダウンしていった。
 160cm無いぐらいの身長は確かに変わったところはなかったし、その顔立ちも対して何かが変わったわけではないと思えなくもない。
 だが……首より下は、あきらかに数十年慣れ親しんできたものと、明らかに違っていた。
 パジャマの上からとはいえ明らかに豊かな脹らみがある胸、ラフな布地の上からでもわかるくびれた腰と張った尻。
 だが令はそんな鏡に映った姿すら必死に否定しようとする。
「ち、違う! そう、そうだ! これは偶々そう見えてるだけで……」
 自分自身の心に必死の言い訳をする。全ての可能性を消さないように必死に努力をした。
 苦しい言い訳だと頭のどこかで理解していても、否定しないわけにはいかなかった。
 ―そんなバカな事はありえない! 服を脱げば……全部わかる―
 そして最後の可能性に賭けて、令は上着のボタンを上から外しにかかる。
 だがそれは3つめのボタンに差しかかった時に、得てはいけない解答を突き付けた。
 見えたのは、あきらかに女性のものである胸の谷間。
 令は慌てて手を離し、首を振ってそのイメージを目から振り放そうとする。
「む、胸じゃなくて……大切なのは…そう……そうだ……」
 令はゆっくりとパジャマのズボンに手をかけた。
 だがこれは最後の砦だ。令の手が自然と震える。どうしても躊躇してしまう。
 結局令はまずゆっくりとズボンだけを下ろした。まだトランクスは履いたままだ。
 だがその行動すら令にとっての希望の可能性をまた一つ奪った。
 妙にほっそりとして、すらりと伸びた足。
 元々毛深くはなかったとはいえ、肌はスネ毛すらなくつるりとしていた。
「こんな、こんな事は……」
 それでも令はなんとか最後の望みにすがり付く。それはもちろん今彼が履いているトランクスである。泣いても笑ってもこれが最後だ。
 目をつぶって、令はその最後の望みを足から抜き取った。
 そしてゆっくりと目を開け、正面の鏡を見る。
 手に持っていたトランクスがパサリと床に落ちた。
 鏡に映っていた人物に、令の望んだものは写っていなかったのだ。
 始めから何か無駄な抵抗をしているとは思っていたが、それでも確認せずにはいられなかった。
 そしてその結果が今目の前にある。もう全ての可能性は否定された。
 そう、令の体は紛れもなく女性のものになっていた。
「そんな……僕は、僕は……」
 ”男なんだ” そう言おうとして、令は言葉に詰った。
 誰がどう見ようと、鏡に写っているのは紛れも無く少女だ。
 もはや否定は無意味だった。それを自分の言いかけた言葉で確信してしまった。
 そしてそれを認めてしまった令にできる事は、呆然と立ち尽くす事だけだった……。

 どれほどの時間が立ったか立たぬかのうち、ふと令は鏡の中の少女を意識する。
 自分を見つめるこの少女は、紛れもなく今の令自身なのである。
 儚げな瞳でこちらを見つめている。そしてその姿は……
「あ……!」
 ここまで来て、令はようやく自分が随分と扇情的な格好で立ち尽くしている事に気が付いた。
 胸元をはだけたパジャマを上だけ着ており、下半身は裸。
 大きなパジャマなので、その秘部が微妙に隠れるか否かという絶妙な長さだ。
 胸からくびれた腰のラインが美しく、綺麗な足は足首でキュっとしまっていた。
 そんな美しい肢体を持ったショートカットの可愛らしい目をした少女、その瞳が真っ直ぐに自分を見ているのだ。そしてそれは紛れもなく自分自身。
 令はどんどん心臓が高まっていくのを感じた。

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