3

 それに同期するように、鏡の中の少女の頬が赤く染まっていく。
 令は無意識にその少女に触れようと手を伸ばすが、無論その手は鏡に遮られる。
 越える事は決して適わぬ鏡の向こうの世界。だがそれは反転したこちらの世界だ。
 −触れたい、今すぐ彼女を抱きしめてみたい。そのためには……−
 令はゆっくりと鏡から手を戻し、そしておそるおそる自分に近づける。
 鏡の中の少女が、期待と不安が入り混じった目で同じ動作をトレースしていた。
 そしてそれは紛れもなく今の自分。
 一瞬の迷いを置いて、思い切って手を胸に当てる。が……
 触れた、ただそれだけの感覚だった。葛藤の割にはあっけない結果。
 それじゃあと試しに指に力を入れてみる。
 弾力のある、明らかに男のものではない感覚。だけどそれだけだった。
 色々と力の加減を変えて揉みしだいてみてもそれは変わらない。
 何か期待が外れた感覚で、あっさりと興が冷めてしまった。
「はぁ……ま、そりゃそうか。普通に考えたらなぁ。」
 落胆の溜息をつき、鏡を見たままベットに腰をかける。
 なんとなく悔しかったので、そのまま胸片手で胸を揉み続けた。
 結果的にとはいえ取りあえず冷静になった令は、現状を整理してみる事にした。
 はっきりしているのは”自分は女になってしまった”という事。
 考えられる原因は一つ、昨晩の夢だ。最も令が現実にこうなってしまった以上、夢の一言では片付けられない。何が目的だったのか、どういう意味があったのかは
 今の令に確認する術はない。あの女性の正体だってわからない。
 だがそれが何であったのかは今現在は優先度の低い問題だ。
 それよりももっと重大な問題がある。
 自分は男に戻れるのか? 仮にそうだったとしても、それまでいったいどう過ごすべきか?
 なにしろ昨日まで十数年ずっと男として生活してきたのだ。
 いきなり女になりましたなんて、そんな事は自分が死ぬことよりも想像しなかった。
 家族にはどう説明するのか? 学校だってどうするのか? 友人関係だってある。

 それにもしも……
 一番考えたくない可能性が頭をよぎった時、令はその思考を無理矢理中断した。
 だがそれは無駄な抵抗だ。なにしろそれは令自身が一番最初に思った事だから。
 −もしも元に戻る事ができなかったら?−
 今一番恐れている事は正にそれだった。しかも可能性は決して低くない。
 漠然とした不安が令の頭をよぎる。その不安に心が押し潰されそうになった。
 そのまま令がどうしようと頭で答えのない思案を繰り返していた時だった。
「はぁ……あ、あぁ……」
 聞きなれない声に気が付く。甘い女の声、だがこれは誰かが発した声ではない。
 そのまま頭に響く声……そう、これは令自身で発している声だった。
 それに気がついて令は唐突に我に返る。いつのまにか呼吸が苦しくなっていたのだ。
「あ……な、なんで…」
 自分の異変に視線を下げ、令はようやく自分自身の手が行っていた事に気が付いた。
 令は今悩んでいた間中ずっと自分の胸を無意識に揉み続けていたのだ。
 −ああそうか、これはマッサージを受けた時と同じ事で……−
 理屈立って考えてはみたものの、令はあきらかにそれとは違う事を理解していた。
 胸を揉んでいただけなのに、胸だけでなく全身が熱い。
 いつのまにか全身の肌がねっとりと汗ばんでいる。呼吸もいつになく荒い。
 ただのマッサージ効果とは明らかに違う何かが、体の芯から熱を発している感じだ。
 目の前に視線を移すと、ベットに腰掛けた少女が鏡の向こうで頬を赤く染め、潤んだ瞳で自分の胸を揉みしだいていた。
「う、うわぁ……」
 思わず感嘆の声を漏らす。これがAVだったなら令は間違いなくこの場で自慰を開始していただろう。
 だが悲しいかなその少女は紛れもなく令自身であり、慰めるべき男性自身が存在しなかった。
 それでも無意識に手はそれを求め、令は自分の秘部に手を触れた。
 ぴちゃりと、何か濡れたものに触れた音がする。

 お漏らしをしたように令の秘部は濡れていた。もちろん令だって今時の(元)男だ。
 性的知識は人並みにある。それが尿などではない事は容易に想像がついた。
「はあぁ…あ……こ、これって……」
 指がその液体の僅かな粘りを感じ取る。間違いない。
 それを意識した令は、体が急に熱くなるような感覚を覚えた。
 いつのまにか胸を揉む手の動きも激しくなっている。荒々しく、そして力強く。
 だけど体が何かを訴えていた。胸を揉むごとにそれは増幅する。
 −これだけじゃ足りない−
 頭の中にぼんやりとそんな言葉が浮かぶ。令自身の意識がそう言ったのか、本能がそう命じたのかはわからない。令の理性はそれを判断できなかった。
 その言葉に従うように、令は秘部に当てた手を少しずつ上になぞる。
 そしてその指は秘部の頂点のわずか手前で動きを止めた。その先にあるものは……
 僅かな迷いの後、本能に押されるように令はその頂、クリトリ○に触れた。
「はひゃうぅっ!!」
 突然全身に電気が走ったかのような感覚。
 令はびくん!と体を仰け反らせて背中からベットに倒れこんだ。
 はあはあと荒い息を吐き、その豊かな胸が上下する。何が起こったのか令の意識は理解できなかった。
 だが体は確かにそれを求めていた。また無意識に手がクリトリ○に向う。
「あ……あああぁあ! こん…な……のああぁ!」
 指がクリトリ○の頭を擦るたびに令は卑猥な声を上げた。
 いや、上げさせられていた。
 −お、男なのに……こんな声を出しちゃ……いけない−
 必死に声を止めようとする。だけど体は令の意に反してどんどん甘い声を上げ続けた。
 胸を揉んでる手やクリトリ○を責めている手がさらに激しくなる。
 手や腰の動きを止めようとするのだが、何故か体が言う事を聞かない。
 いや、正確にはそれを止めようとする動きにだけ抑制がかかるのだ。

 アクセルが戻らない自動車のように令の手は激しさだけを増してゆく。
「あ、あ、あああぁあ! あふっ……は、はああああぁぁ!」
 ベットの上で腰が激しくバンプし、大声で甘い叫びを上げる。
 令の理性がいくらそれを止めようとしても、本能がその命令を否定した。
 快楽が頭の上から指の先まで令の体を支配する。そして理性すら薄らぐ。
 だけど体はまだ満足していなかった。求めても求めても足りなかった。
 −指を……あそこに……−
 それは、一番神聖な場所。令にとっては禁忌に触れるにも等しい行為だった。
 10分前の彼ならすぐさまそんな考えを否定しただろう。
 だが今の令にはそれこそが唯一の救いのように思えた。それしか考えらなくなっていたと言っても良い。
 クリトリ○を責めていた指が、愛液にまみれたその場所を探り当てる。
 令はそのまま迷う事なく中指を第一関節ぐらいまで押しこんだ。
「は、はああああああぁぁぁーッ!!」
 指が入る感覚と同時に新たな快楽が全身を流れ、令は大声で叫んだ。
 それだけで男なら射精を免れない凄まじい快楽。だが令の本能はそこがまだ頂ではないと知っている。
「ああぁあ……は、はああぁ……ああああ!」
 あえぎながら令はゆっくりと指を差しこんでいく。肉壁が指を絞め付けるように動くのがわかる。
 そしてゆっくりと抜き、抜き切る直前でまた差しこむ。
 最初は緩慢な動作だった抽挿も、時間が立つごとに少しずつ速度が上がってく。
 いつのまにかその指の動きに合わせるように腰も上下していた。
「ふああッ!あ…はぁ、あ……あああああぁッ!」
 令はいつのまにか羞恥心も理性もかなぐり捨てて大声で喘いでいた。
 今令の頭の中にあるのは、ただひたすら快楽を追い求める事だけ。
 そしてその頂が少しずつ近づいてきた。頭の中に白い光が生まれ、少しずつ脹らんでいる。

「やああぁ! 来る……きちゃううぅぅ!!」
 無意識に出た言葉に、僅かに残った令の理性が奇妙な納得をする。
 その圧倒的快楽の頂が迫ってくる時、恐怖にも似た感情が心にできるからだ。
 自分自身の手で招いているにもかかわらず、それが来た時の事が想像もつかない。
 だから女の体はその頂点が来る事に脅えるのだ。
 だけどその一方で何よりもそれが来ることを望んでいる。
 そんな複雑な感情が入り混じった時の嬌声が、この言葉なのだ。
 そしてその事を思うか思わないかのタイミングで、その光が令の頭の中で爆発した。
「あああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
 腰を浮かせ、体を大きく弓なりにして令は絶叫する。
 足は引きつるように伸び、圧倒的快楽が令の全身を駆け巡った。
 そしてどさり、と腰からベットく崩れる。
 胸を大きく上下させて、令は荒い息を吐き続けた。
「こ……こんなに……すご…い…」
 信じられない快楽だった。男の自慰では想像すらつかない凄まじい快楽だ。
 股間だけ、しかもイク直前ぐらいしか気持ちいい部分のない男のそれとは違い、男の絶頂レベルの快楽が増幅しながら全身を駆け巡るのだ。
 まだ快楽の余韻さめやらぬ体をベットに預けながら、令の心は奇妙な達成感と満足感に包まれていた。

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