20

 時間を少し戻して、心が千鶴のもてなしを受けだした直後の診療室。
 恋と玲那の会話に耳を傾けてみることにしよう。
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「――あちらの先生は、何て?」
「精密検査の結果、どこにも異常はみられないそうです。詳しくはこちらに……」
 玲那に分厚い書の束が手渡される。素早く目を通しつつ、軽く思案する玲那。
「なるほど、ね――結局、私の診立てと大差なしですか……」
 {先生たちなら、或いはと思ったけど……}
「あちらの先生は、心理的なものが原因としか言い様がない、他に見当がつかない、と――
 うちの子は、心は一体……先生、あの?」
 玲那はにこやかな笑顔を向ける。
「大丈夫です。身体的にまったく異常はありません。若干、小柄なための体力不足はありますが、問題にはならない程度でしょう」
「じゃあ、以前から先生がおっしゃっていた通りなんですね?」
「現在の心ちゃんの状態を医学用語で表すなら、『稀発月経』の一種、になります。
 月経周期が少々長過ぎること、周期の幅の変動が大きいこと、が気になる点だったのですが……
 身体的にあらゆる点で、異常な点は発見できませんでした」
「とりあえず、心は健康なんですね?」
「はい。さきほど申し上げた通りです――ただ、小柄で少々特殊な体型・体質であるために、その、繊細すぎるんです。それが不安な点でもあったのですが」
「そんなことでしたら、何の問題もありません。あの子は私たちが守りますもの……」
 玲那は寂しそうな微笑を浮かべると、不意に立ち上がる。
「ここからは、医師としての意見じゃない――ずっと心ちゃんをみてきた。そして、この町で代々生きてきた人間としての意見に、私個人の研究者としての発想の飛躍を加えたもの。
 はっきり言って研究者としても、医師としても、人間としてすら失格かも知れない意見よ」
 急に口調も態度も変えた彼女に、恋の態度も自ずから変化する。
「あなたに以前、打ち明けてもらったわね? 心ちゃんは『お役目』に選ばれた子なんだって。
 この町に古くから暮らしてきた血筋の者なら、誰もが黒姫家が特別なことだけは分かってる。
 黒姫家のお蔭でこの町は存在している。いえ、伝承の通りならこの国はおろか、世界そのものすら。
 だけど、その黒姫家の人間であっても『お役目』の内容は知らない」
「そうなんです。だけど――」
「知らなくても『感じる』ことはできる。だったわね?」
「はい。不意に分かって、腑に落ちてしまうんです。それが予め決められていたんだって、愛も同じです。先に分かってしまうことも多いんです、半分くらいですけど。だけど心は、あの子はよく分からない。誰より深く強く『感じて』いるのに、それを自覚できないみたいな……」
「でも、『お役目』のことはご両親から伺ったのよね? 『感じた』訳ではないのよね?」
「正確に言えば両方です。父母から聞いた方が早かったのですけど、それを告げられることは、先に分かっていました」
「告げられた内容は、心ちゃんが『お役目』の子だということ、それだけだったのよね?」
「あとは、これ以上は言えないって、でも心を頼むって……そう言ってました。
 ただ、母が亡くなる前日、『お役目』は『生きる』ことだって、ぽそっと言ったんです」
「『生きる』ことね……ずいぶん普通っぽい、それでいて難しいことかもね。
 人はみんな生きる、そしてそれは大変なこと。だけど――」
 玲那は窓辺に立ってブラインドに手を掛け、外をのぞく。
 恋は俯いたままで話を続ける。
「これは私が『感じた』ことを、なんとなくまとめた印象です。『お役目』は苦しみぬいて、それでも『生きる』こと。苦しみは様々です、きっと本人にしか分からない」
 玲那は窓辺を離れながら、恋の背後に回り込んで行く。
「さて、私の空想を聞いてもらうわ。心ちゃんの月経周期が特殊なのは『お役目』に絡んでいる。
 はっきり言って、『お役目』の上でまだ必要ではないから。そう思うの」
 コツコツという靴音が室内に響き、不意に止まる。
「心ちゃんの今の状態だと、卵子が卵巣・卵管から子宮へと移動している受精可能な期間は短い。
 排卵自体は行われているけど、その周期が長い。排卵から、次の排卵への間にインターバルがある。
 それが月経周期が長くてまちまちな原因なのね、受精・妊娠は難しい。
 『お役目』上はそれが不必要だからと考えると、無月経の期間を何度も繰り返す状態が続いているのに、身体にまったく異常がないってことが、あなたじゃないけど『腑に落ちる』のよ」
「……あの、でも先生、あの子、急に『濡れる』ように――」
「心配には及びません。『濡れる』のは確かに『迎える』準備ができたと言える。
 だけど、『迎える』のが即『妊娠』ではない、それは分かるでしょう?」
「でも、不安なんです。あの子が、心がもし――先生、私……」
 恋を後ろからそっと抱き締める玲那。
「大丈夫よ。心配性なママさん……だからって、あんまり悪戯ばかりしていたら嫌われちゃうわよ?
 『娘』のおしりが弱いなんて、把握してるママは少ないと思うの」
「それは――先生だって、今日は少しおイタが過ぎましたよ?」
 玲那は恋の耳を甘噛みし始める。
「もう、お姉さまとは呼んでくれないのね――仕方ないか、あなたは心ちゃんのママなんですもの。
 あの子をずっと見守ってきた同士である、『パパ』にも申し訳ないものね。そして所詮、私は『娘』の主治医に過ぎない……」
 言葉とは裏腹に、その手は恋の衣服の下に潜り込んで、豊かな乳房を愛撫し始める。
「先生ダメ。止めて下さい。隣に、心ちゃんに聞こえたら……あ、はぁ」
「知ってるくせに、隣には聞こえないって……大丈夫、『パパ』には許可を得てます。
 心ちゃんのことは、『パパ』の愛ちゃんと、藤枝に任せてあるから心配ないわ」
「はぁん、はぅ、はぁ……いつの間に?」
「ふふふ……ないしょ」
 唇が重ねられ、二人の舌は激しく絡み合う。そのままで、玲那は衣服を脱ぎ捨てていく。
「いけない先生……悪戯ばかりなさって、そのうち捕まっちゃいますよ?」
「言わないで、今日は久しぶりで、心ちゃんにも酷いことしちゃって……だけど、足りないの。
 それに心ちゃんたら初めて、私を欲しいって……なのに、なのに、して貰えなかった」
「あんなに可愛がったら、当然です。私を代わりになさるつもり? 失礼な先生」
「そんな……つもりは無いって、言い切れない。ごめんなさい。でも――私たち、『同士』のはずよ?」
「正直ですね。そんなところは変わらない……大好きですよ、先生のそういうところ」
「やっぱり昔のように、お姉さまって呼んでくれないの? ――あなただって、不満なはずよ?
 だって、ほら」
 恋はすっかり濡れている。まさぐった玲那の手が、それを確かに感じている。
「心ちゃんの可愛い声で、本当はもう堪らないんでしょう? ずっと我慢は良くないわ」
「意地悪な人……」
 言いながらも恋は、自らベッドへ向かっている。先程まで心が甘い悲鳴を上げ続けていた場所に。
「ああ……いい香り」
「心ちゃんの香りがするわね……ほんとに素敵な子――せめて、この香りで慰め合いましょう」
「先生はさっき、ご存分になさったじゃないですか」
「いやよ! 足りないの、だってすごく久しぶりよ。ねえ、お姉さまってよんで――」
 恋の服を脱がしにかかりつつ、甘えた声をだす。
「久しぶりなのは心ちゃん? それとも私? 甘えん坊なお姉さま……それじゃお姉さま失格ですよ」
「やっと、呼んでくれた。両方に決まってるわ――『久しぶり』と言えば、心ちゃんの……」
「なんです?」
「初めて……初潮は去年のクリスマスだったかしら?」
「ええ、クリスマスに始まって、元日までだったと思います」
「なんだか、何かを暗示してるみたい。2001年のクリスマスから、2002年の元日なんて」
「そう、かもしれませんね……」
 {《お方》様はご冗談がお好きだから……きっと意味なんて、ない}
 熱い吐息と衣擦れの音だけが、診療室に響いている。
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