9

 とりあえず一人になるために、自室に戻ることにする。
 分っている情報の整理をしたいし、調べたいことが幾つもある。
 朝とは異なるルート、渡り廊下を使って離れにもどった。
 鏡がこちらに向いたままだ。近づいてみると、そこに映るのは痩せた小柄な少女。
 服装が変わったおかげで、女の子らしい華奢な体型が強調されている。
 『女の子』らしいが『女』らしいとは言えない、未成熟で中性的な印象。
 ワンピースの丈が妙に短めなので、白く細いふとももが付け根近くまで露わになっている。
 その下、両足の脛に巻かれた包帯が痛々しい。
 さらに近づき、もう一度顔をよく見てみる。ようやく、誰に似ているのか思い至る。
 (母さん?)
 母に似ている。親子だから当然といえるのだろうが‥‥
 記憶にある母の面影から想像すると、若い、いや幼いころの彼女はきっとこんな感じだったのではないだろうか。
 そういえば幼い頃、目元が母に似ていると言われたものだった。
 さっきの愛の言葉を思い出した。服の胸元を少しだけ開けてかいでみる。
 ……微かだが、ほんのり甘い、ミルクのような香り――
 (まさに乳くさいガキってことか‥‥‥)
 なんだか可笑しかった。鏡の中の少女が微笑む。頬をかすかに朱に染めた、無邪気な可愛らしい笑顔。
 過剰に保護欲求を掻き立てるような、今の自分に強い苛立ちを覚える。
 (僕は――僕は守って欲しくなんかない。守るんだ‥‥僕が守るんだ!!)
 だが見た目ではそれすら、強がりで一生懸命に真面目な顔をしている………風にしか見えない。
 本気で腹が立ってきた。気持ちの昂りに合わせて瞳が潤み始め、目尻に涙が滲みだす。
 (くそッ! 情けねェ……畜生…チっくしょう!!)
 鏡に、否、自分に向かって左の正拳を繰り出す。
 パンッという破裂音。拳は皮一枚のところでピタリと鏡の前に止まっている。
 (そっか‥‥反応はいいんだった、この身体)
 左の上段前蹴り。自分の頭より遥かに高い位置で、危な気も無くピタリと止まる。
 確認のため、かなりゆっくりと繰り出したにも拘らず、バランスはまるで崩れない。
 (柔軟性、バランスも申し分ない‥‥‥けど、だからって――)
 溜息を吐きながら、鏡をむこうに向けて元のように仕舞う。
 (そうだ‥‥調べにきたんだっけ)
 起きた直後は身体に気を取られて、部屋の方はほとんど調べていなかった。
 机の上、いつもなら財布や鍵、小物が置かれているところに見慣れない物がある。
 若者向けのちょっとしたブランドの財布、パスケース、小さなポーチのセットだ。
 もしやと思い、財布を手に取る。やはりあった、学生証――
 財布に学生証を入れるのは中学生のときから彼の習慣だった。女の子の心も同じだったようだ。
 (19XX年4月1日生まれの15歳――早生まれもいいところだな。高校一年生、姉さんや愛と同じ高校か……)
 本棚の一番下の収納にアルバムの類が入っているはず。小・中学の卒業アルバムを持ち出した。
 まるで年代が違うが、同じだ。自分の母校。知らない子供たちと、女の子の心が写っている。
 髪が長い、腰の辺りまである。綺麗な明るい栗色の髪を、その時々で結上げたり、三つ編みに束ねたり――
 様々に表情を変えてはいるが、一度として肩より短くしている時はない。
 よほど大切に手入れをしていたのだろう。なのに――
 (なんで、今はこんなに短いんだ?)
 机の本棚には大検用の問題集が数冊ならんでいる。
 (高校をやめた事と、なにか関係がありそうだな)
 それにしても、つくづく自分は学校、特に高校と縁遠い人間らしい。心は苦笑した。
 男の心も高校を中退し、大検資格をとった。
 やめたのは高校二年の夏休み前、原因はちょっとした問題を起こしたからだった。
 普段はとくに問題のある生徒でもなかったし、成績も上位の方だったから、自主退学の形にしてもらった。
 校内中を舞台に3人を病院送り、4人に怪我を負わせたにしては穏便にことが済んだと思う。
 (姉さんには随分、心配かけさせたよな。申し訳なかった)
 心本人にしてみれば、降り懸かる火の粉を払った結果が、ああなってしまったに他ならない。
 けれどそれが、姉に大きな負担と心配をかけたことは紛れも無い事実だった。
 年齢にしてわずか1つ、学年で2つしか違わない姉が、後見人がいるとはいえ、まだ大学生でありながら黒姫家当主代理として、あの件で背負ったモノはあまりに重かったはずだ。
 だから――理由はそれだけではないが――姉には今もって頭が上がらない。
 同時にあの件が、恋と愛を本気で守ることを誓った、直接の契機になった。
 ――思い出に浸っている場合ではない。
 新たな手掛りを求め、心は部屋を調べまわる。
 寝室の一角は、カーテンで仕切られて衣服の収納スペースになっている。
 カーテンを開けてみると‥‥服が増えている、ざっと3倍ほどに。
 増えたもののほとんどは、一目で姉の、恋の趣味であることが分る。
 その半分くらい、一般的な感じの女物の服は『心』の趣味だろうか?或いは愛かもしれない。
 さらにその半分ほど、明らかに自分の趣味だと分る男物のような服。
 数着のライダース、レザーブルゾン、レザーパンツ、スウェット、ジャケット、トレーニングウェアの類。
 変わったものでは功夫着などもある。
 すべて、サイズがいまの身体に合わせたように小さくなっている。
 レザーパンツがあるのは嬉しかった。サイズこそ小さいが、男物だ。
 (良し!! 正しいこだわりだ、偉いぞ『心』)
 思わずこころのなかで、女の子の心を褒めてしまう。
 下着を調べると、今朝着ていたようなスポーツタイプがほとんどだ。封を切ってない物もある。
 素材の表示はオーガニックコットン100%、稀に今身に着けているような型の、シルク100%の物もある。
 さきほどの愛の言葉通り、肌が弱いため気を付けられているのだろう。素材にこだわっているらしい。
 レザーパンツの裏地も貼り換えられていた。
 (徹底されてるなぁ‥‥‥ん?)
 高校の制服があった。女物のブレザータイプ、恋や愛が着ていたのと同じデザイン。
「あれ? なんで冬服だけしかないんだ?」
 夏服が見当たらなかった‥‥‥
 これも高校をやめた事に関係があるのだろうか?
 『心』自身の趣味は男女で基本的にほとんど同じようだ。
 音楽や読み物の趣味も近い、女の子にはあまり似合わない感じのものばかりだが……
 もう一つ、護身用になりそうな武器の類も見つかった。無論、それらを実際に使う場面が来るわけはない、とも思う。
 しかし、この身体が余りにも頼りなく、不安なのも事実だ。正直に言って『力』が欲しかった。
 束の部分を含めて6cmほどの、全体がスチール製のスロウイングナイフが10本。
 これは以前、道場の練習試合で横浜に行った時、記念のつもりで買ってきたものだ。
 地元でも知る人ぞ知る、マニアの間ではちょっとした名物店だった。買ったときは冗談のつもりだったのだが‥‥‥
 こんなかたちで、役に立つ時が来ようとは思わなかった。図らずも、心が男であった証拠にもなるわけだ。
 部屋の隅に、オープンフィンガーグローブとローガードも見つけた。
 女の子の心は、これを着けてサンドバッグを叩いていたらしい。
 (こんなもん付けてちゃあな……拳も脛もつくれない。所詮は女の子だったってことか‥‥‥)
 部屋の中はだいたい調べ終わった。あとはアレを残すのみ。
 ノートパソコン。女の子の心がもし本当に、自分に近い趣味をもっているなら、この中に日誌をつけているはず。
 日記ではなく、日誌。体調管理のために、身長、体重、体脂肪率、トレーニングの内容と進行具合、食事の量と内容など。
 事細かにつけているはずだ。
 はたして、日誌はあった。身長147cm、体重28.3kg、体脂肪率にスリーサイズも。
 それとは別に、もう一つ日記のようなものが見つかった。
 なんと言うか『恋の日記』みたいな感じだ。女の子らしいと言えないこともない。
 意中の人が少々特殊なようだが‥‥‥問題はそのことではない。
 そこには――精神と身体の性別にズレを、強い違和感を感じながら、誰にもそれを打ち明けられない苦しさ、悲しさ、さまざまな思いも綴られていた‥‥‥
 (見なけりゃ良かった……かな)
 これでは今の自分の、『男の意識と記憶』はこころを病んだ少女がその内に生み出した妄想だ、と宣告されたようなものだ。
 だが違う、それは絶対に違う。自分は確かに昨日まで、黒姫 心という男だった。
 気弱な考えを振り払おうと、さらにパソコン内を調べてみる。
 交友関係から何か分るかと考え、メーラーを起動してみると、面白いものが見つかった。
 アドレス帳に登録されている名前が二倍近くに増えていたのだ。
 どうやら男女両方の『心』の情報が登録されているらしい。
 見覚えのある名前が幾つも見つかる。受信済みのメールもだ。
 心にとって、おそらく生涯に二人といない親友、同時に良きライバルでもある男の名もそこにあった。
 過去に受け取ったメールを調べると、記憶にある限り文面が一致している。
 すぐにメールを送ろうかとも思ったが、しばらく様子をみてからにすることにした。
 外の空気を吸いたくなった心は、庭に出ようと玄関に向かった。
「あれ? 僕の……」
「どうしたの?」
 後ろから愛が声を掛けてくる。
「僕のサンダル‥‥ない」
「ああ、あれね。汚れてたから――それより、どこ行くの?」
「えっ‥‥、庭とか、散歩……」
「ふーん。ちょっと待ってて――」
 言い置いてから奥に行き、箱を抱えて戻ってきた。
「はい、これプレゼント」
「僕に? 何の?」
「理由がないといけない? いいから、開けてごらん」
 白い小さなミュール、ヒールが低くほとんどぺたんこで、飾りのようなものは一切ないシンプルな作り。
「あんたに似合うと思って。それに……ほら、最近元気なかったでしょ? 恋姉に先を越されちゃったけど――
 あんまり、嬉しくなさそうね‥‥?」
「ううん、そんなこと……ない」
 愛の、妹の気遣いが嬉しくて、精一杯の笑顔をつくる――
「ありがとう」
「どういたしまして」
 言いつつ、心の髪をくしゃくしゃにするように撫でてくる。
「それ、履いて行きな。気を付けてね」
「うん。行ってくる」
 玄関を出ると、すぐに飼い猫達が心の元に寄ってくる。母猫と子猫二匹、三匹とも見事な毛並みの黒猫だ。
 母猫は小春、子猫二匹のうち雌は桂、雄は信綱という。
 男だった時、猫達の日頃の世話はほとんど心がやっていたから、庭に出ると必ずと言っていいほど寄ってきた。
 三匹とも人懐こいが、信綱は特に甘えん坊だった。うるさいほど喉を鳴らし、ぴったりとくっ付いて離れなかった。
 猫達の態度は変わらない。いや、いつもよりしつこいくらいだ、歩く邪魔になるくらい擦り寄ってくる。
 信綱を抱き上げると、喉を鳴らしながら心の胸に顔を擦り付けてくる。
「お前達は、何も分からないから、そうしてるのかい?
 それとも――僕が僕だと分かっているから、そうしてるのか?」
 話しかけられると、不思議そうに心を見つめている。
「お前達に言っても、意味無い――か」
 猫達を連れたまま、庭を一回りする。いつもと何も変わらない、そこそこに広い日本式の古い庭園。
 正門も車庫も変わりない。家屋を回りこんで、裏庭にいく。
 昨日まで毎日のように叩き続けてきた巻き藁がある。だが、あまり使われた形跡がない、痛みの程度が軽い。
 握り拳をつくってみる。小さな手、指も細い。多少、鍛えたような跡が見てとれるが気休めにもならない。
「これじゃあ‥‥‥な」
 裏庭から垣根を隔てて私道を挟み、ごく小さな裏山がある。裏山も黒姫家の敷地の内だが、解放されていて、誰でも自由に出入りできるようになっている。
 この裏山の頂上近くに《ヤシロ》と――人によっては、特に地元のお年寄り達には《オヤシロ》と――呼ばれる、小さな洞穴とその内部に石造りの祭壇がある。おそらく社のことなのだろう。
 心は以前、気になって調べてみたことがあった。地元の図書館で郷土史まで調べたが、何を祭っているのか、その正体はわからなかった。しめ縄さえないし、お稲荷様の類でもないようだった。
 代々、黒姫家が管理してきたのは間違いない、祭られているモノはただ《カミサン》とだけ呼ばれている。
 この町には八幡神社があり、氏神様がちゃんといらっしゃる。
 にも拘らず、それとは別にこの正体不明の《カミサン》はずっと、それこそ、この町の元になった集落ができたとき、いや郷土史にある限りそれ以前から、ここにずっと”いる”。そして黒姫家はそれを祭ってきた。
 大々的に町内で祭りが行われたりするようなことこそないが、町でなにがしかの大きな事業や工事の類を行う際や、町長が代わった際など《カミサン》に報告するのが暗黙の決まりになっている。
 地元の旧家連中には、結婚や葬儀の報告をする人たちもいる。
 黒姫家がこの町で特別視される原因であり、当然、家の者、子供達も周りから何とはなしにそういう扱いをうける。
 それが子供同士である場合、どういうことになるか。想像は難しくない。
 だがたとえ、訳の分からないモノが祭られていようが、心にとっては馴染み深い場所であり、母との思い出の場所でもある。母は時折、《オツトメ》といって、《ヤシロ》に行って供え物などをする事があった。
 《オツトメ》は不定期で、特に決まった日取りがある訳ではなかったらしい。
 ある日、突然に――
「カミサンが呼んでいらっしゃるから、ね」
 そう言って、準備を始めるのが常だった。
 ほとんど母一人で行っていたが、稀に心を連れていくことがあった。
 恋や愛を連れて行ったことは一度もなかった。
 そのことを母に訊ねると、寂しげに微笑んで――
「心は選ばれたの。母さんも、父さんも一緒なの。そう‥‥」
 とだけ言って、それ以上は口を噤んでしまう。
 結局なぜだったのか、いまだに分からない。母の死後は父が、父が死んでからは兄弟のうちの誰かが、月一で《オツトメ》を続けている。今月の《オツトメ》はもう済んでいる。
 なんとなく気になって、裏山の山道の入り口付近に着いたとき、
「おやまあ、こんにちは。お久しぶりですね、お嬢さん」
 近所の、知り合いのお婆さんだった。お婆さんの家は旧家の一つで、彼女は特に《カミサン》を祭ることに熱心だ。
 男の時から、このお婆さんとは顔馴染みだった、彼女から心は『坊ちゃん』と呼ばれていた。
 (お嬢さんか……お婆さんにとっても『心』は女の子なんだ)
「こんにちは、お婆さん」
「これはご丁寧に。もうお具合はよろしいんですか? 最近臥せってらっしゃるとお聞きしましたけど」
「はい、大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
「いえいえ、お元気になられて何よりです。それにしても――
 心お嬢さんは奥様に似て、ますますお美しくなられて……」
「母に……ですか?」
「ええ、お若い頃の奥様に――」
「し〜ん!!!」
 愛の声だ。
「申し訳ありません。姉が呼んでおりますので、これで失礼させて頂ます」
「はい、また次の機会に、お茶でも頂きながらゆっくりお話いたしましょう。それでは、さようなら」
「さようなら」
 挨拶も早々に、愛の元へ向かう。
「愛姉ちゃん‥‥‥何か用?」
「あっ! いたいた。これから夕飯の買い物に行くんだけど、あんたも来る?」
「買い物? 歩いて?」
「んなワケないでしょ。恋姉の車で行くの。散歩に行きたいってくらいだから、ちょっと外に連れてってあげようかなって。どうする?」
「うん。行く、けど……この格好――」
「変じゃないわよ。まあ、似合い過ぎててちょっと…てのはあるかも――それより、あんたUVケアは?」
「ゆーぶいけあ?」
「やっぱり! この忘れん坊めぇ。いつも言ってるでしょうが――来なさい!」
 言うが早いか、手を引いて連れていかれ、玄関の三和土で肌の露出している部分にクリームを塗られる。
「まったく、毎日のように言ってるでしょう? あんたは肌弱いの、注意してないとすぐ忘れるんだから!!」
 ぶつぶつ言いながら、瞬く間に、太腿に至るまでクリームが塗られた。
「さあ、行くよ。恋姉が待ってるから」
 **********************************
 買い物は別段いつもと変わりなく、いたって順調に進んだ。
 どこも馴染みの店ばかりだったし、どの店に行っても、心は元々女の子であるという扱いを受けた。
 最後に、幾つかの日用品を買うためにドラッグストアに寄った。
 駐車場に車を止め、店に向かって歩き出そうとした、その時――
「あー!! 姫っちだー。 おーい!!!」
 女の子の大声が聞こえた。声の方を振り返ると、制服姿の集団がこちらに駆け寄ってくるのが見える。
 女子が4人と男子が1人、恋や愛の母校の制服、つまり女の子の心が通っていた高校の生徒達だ。
 (同級生か……まずいな。下手に会話が長引いたら――)
「あら、あの子達、お友達よね?」
「う…うん」
「心、私と恋姉で買い物済ませちゃうから、少し話してきたら?」
「そうする……」
 向かってくる集団に歩みよった。女の子のうち3人の顔に見覚えがある。中学の卒業アルバムで見た顔だ。
 そのうち1人は小学校の卒業アルバムでも、心の傍らにいつも一緒に写っていた。
「おーす! 姫っち、久しぶり!!」
 このさっきからやたらとデカイ声の娘の名前は……
 (ええと、確か妹尾 佳奈美とかいったな――)
「久しぶり……妹尾さん……」
「おうおう、相変わらずカワイイなあ。姫っちは」
 言いつつ無遠慮に心の頭を撫でてくる。
「でもちょっと元気たりないぞ? これじゃ赤名ちゃんといい勝負だ」
「女の子は慎み深い方がいいんだよ! 赤名や姫くらいの方がな」
 眼鏡を掛けた、胸の大きい娘がすかさずツッコんだ。
「そ、そうなの? でも……私と姫じゃ、その、全然違う……」
 (あの眼鏡の娘は青樹 早苗とかいったな。てことはあの背の高い娘が赤名さん?)
 赤名という娘は背が高く、170cmは軽くありそうだ。スタイルも高校一年とは思えない。
「あの‥‥心ちゃん。久しぶりだね」
 それまで黙っていた女の子の最後の1人がようやく口を開いた。
 本当に、やっとの思いで声を出したという感じだ。
 彼女こそ、小学校・中学校の両方の卒業アルバムでいつも心の傍らにいた少女。
 てっきり一番に話しかけてくるものと思っていた。
「久しぶり……環ちゃん」
 (いや、はじめまして……西ノ宮 環ちゃん)
 彼女たち全員の名前と携帯メールのアドレスは、例のメーラーに登録されていた。
 卒業アルバムでいつも心と一緒だったので、念の為に巻末の名簿で名前を確認しておいたのだが、その後メーラーを見た時に、彼女等の名があったという訳だ。
 唯一、赤名さんだけが高校からの友人のため容姿までは確認できていなかった。
 それに例の日記にも‥‥‥‥
 中でも特に、環という少女に関しては記述がやたらと多かった。
 はっきり言えば、彼女が『心』の意中の人なのだ。
 (いい趣味してるな『心』)
 綺麗な娘だ。非の打ち所のない、掛け値なしの美少女というものを初めて見た。
 写真で既に中学までは確認していたが、その後の成長もあるだろうし、多少は変わっているだろうと踏んではいたのだが――実物は写真も、貧弱な想像も軽く打ち破ってくれた。
 環は目を潤ませ、こちらを見つめながら歩み寄ってくる。心の手を取り、言葉もないという様子で頬に寄せる。
「環……ちゃん?」
 なんと言葉を掛けたら良いのか、心が考えあぐねていると――
「んじゃ。私たち買い物あるから、先行ってるよ!」
 2人を置いて少女たちは行ってしまう。
「みんな、気を使ってくれたんだよ‥‥」
「えっと……環ちゃん、ごめん。何て言うか――」
「2人だけなんだから‥‥いつも通り環って呼んで。心くん――心配したよ?
 あんな事があって、そのまま学校やめちゃうし。すぐに入院しちゃって、その後もずうっと連絡取れないし」
 (心くん――くんって? それに…呼び捨て?もしかして――)
「心くん?」
 拗ねたような瞳で真直ぐに、心の目を見つめてくる。
「かわいい‥‥‥」
「え?‥‥もう! 誤魔化さないで!」
「いや、あの――ごめん。本当にごめんね。環、心配かけて‥‥‥」
 結局あの後、環とは少しの言葉を交わしたのみで、すぐに別れることになってしまった。
 別れ際に環が、
「私ね、パソコン買ったの。これ、私のアドレス……みんなには秘密だから。ね?」
 そう言って、メモを手渡してきた。
 帰って調べると、そのアドレスからさっそくメールが届いていた。
 やはり心が考えた通り、環は女の子の『心』が精神と身体の性別のズレに悩んでいたことを知っているようだ。
 メールの文面からそれが窺えた。
 そしてどうやら、2人は付き合っている。正確には付き合い始めたところで『あんな事』とやらが起こり、心は高校をやめて、それっきりになっていたようだ。
 (どうしよう‥‥‥)
 いまの心が、彼女の知る『心』とは違うことを打ち明けるべきなのだろうか?
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 夕食も済んで後片付けも終わり、居間でくつろいでいると――
「さあ、心ちゃん。お風呂にしましょ♪ それから、今夜は私のところにお泊りね?
 また何かあったら‥‥‥心配ですもの」
 恋がにこやかに告げる。
「1人で‥‥大丈夫だよ‥‥」
「駄目です!」
「それなら私も。ほんとに何かあったら、恋姉だけじゃ大変だしね」
 愛までもが同意する。
「今日は、あの、もうシャワー浴びたし。疲れてるから、風呂はいいです‥‥‥」
「駄目よ、ちゃんと綺麗にしないと」
 2人に両脇から抱えられ、そのまま風呂場に連れて行かれる。女同士とは言え、体格差は圧倒的だ。

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