部活動が終われば、その後は部員が示し合わせて色々な場所へ遊びに行くことになっているようだった。このあたりはスポーツ系の部活動とは言っても、ずいぶんとのんびりしたものだ。学校の伝統や、通う生徒の気質なども関係しているのだろう。だからきつい練習もないし、朝練も個人の裁量にまかされている。
テニス部もやはり先輩後輩というより、皆仲のいい姉妹のようなものだ。繭美が「部長」ではなく、ただ「先輩」と呼ばれるのも、その親しみのあらわれだろう。
今日はちょっといつもとは違う展開にはなったが、練習後は七人が駅前のカラオケルームへと足を運んだ。
このあたりの切替えの早さはただ、驚くしかない。
その中にはもちろん亜美がいるし、部長の楠樹繭美もいた。他には2年生が二人と、1年生が三人だ。
学校を出て、バスに乗る。彼女達の他にも同じ学校の生徒が乗っており、何人かは座れなかった。だがテニス部員は、全員立っている。これもまたトレーニングの一環かと思ったが、どうやらダイエットにもなるかららしい。
20分ほど揺られると、駅前の繁華街に行き着く。どうやらここが目的地のようだ。10階建程度のビルはいくつかあるが、いかにも郊外といった感じのたたずまいだ。
部員達はそのビルの一つに入っていった。テナントの半分ほどはカラオケボックスになっていて、後は飲食店とアミューズメントスペースで埋められていた。
ここのカラオケは1ドリンク付きで最初の1時間が500円、後は1時間毎に300円というリーズナブルな値段になっている。このくらいだったら、高校生の財布でもわりと気軽に入れるようだ。他にも、部屋単位で時間貸しもしてくれる。人数さえ揃えば、割り勘でもっと安くあげることもできた。
「それじゃあ、今日は土曜日だし、たっぷり唄いましょうか!」
繭美の音頭で乾杯をして、マイクが回される。
いつの間にかテーブルの上にはスナック菓子が小山のように積まれていた。持ち込みのお菓子だ。日頃ダイエットと言っているわりには、チョコレートや揚げ菓子などカロリーが高そうなものが並んでいる。
マイクを奪い合うようにしているテニス部の仲間の中で、亜美はぼんやりと思索にふけっていた。
はたして自分は一体誰なんだろう?
悠司……いや、亜美だろうか。彼、あるいは彼女は自分の心を持て余し始めていた。
確かに私は瀬野木亜美だ。でも、都築悠司の記憶もある。高校を卒業したし、大学へも行った。その一方で、同じ名前の家庭教師に勉強を教わっているという記憶がある。
だが、悠司は亜美の事など知らない。
亜美は悠司の顔を思い出そうとするが、なかなか記憶がはっきりしない。亜美の記憶の悠司と、都築悠司の記憶が同一人物だとは確信がもてなかった。
「亜美ちゃん、次〜」
名前を呼ばれて、亜美は我に返った。
目に留まった曲の番号を打ち込んで、マイクを握る。拍手が起こった。
亜美が選んだのは「Tran-S」の歌だった。今月になってカラオケに登録された最新曲、「SingleDay」だ。
このTran-Sとは、昨年デビューをして以来、出す曲全てが初登場チャート1位を獲得するという驚異的な快進撃を続けている女性デュオだ。この曲も、もちろんチャート1位を独走、初のミリオンセラーとなっている。今は夏のコンサートツアーで全国を回っているところだ。
アコースティックギターの弾き語りもこなし、総ての曲の作詞作曲、編曲までも自ら手掛けるという才能溢れる二人は、男性誌ばかりではなく女性誌からもひっぱりだこだ。つい先日出たばかりの初の写真集は、かなりきわどい水着ショットもあることから、入荷早々に店頭から姿を消し、度重なる重版も需要に追い付いていないという。
デュオのハーモニーで聞かせる曲なので、うまく唄う人はそういない。静かなメロディーラインの曲だが、音域が2オクターブ以上あることと、所々変調が入るので、カラオケの難曲としても知られている。
亜美はイントロが始まる前に、繭美にもう1本のマイクを手渡した。
「え、私?」
「先輩、この歌、唄えますよね」
「一応だけど……」
イントロが流れ始めて、繭美も慌てて小さなステージに駆け上がった。
まずはハミングから入る。その間に無言の会話が成立し、低音を繭美が受け持ち、やがてそれは美しいハーモニーとなっていった。
途中までは自分が次に唄う歌を本でチェックしていた部員達も、アカペラに近い控え目なメロディーにのせられた二人の奏でる声の迫力に魅せられ、顔を上げて歌声に聞き惚れた。
やがて最後のフレーズが終り、カラオケールームは静寂に包まれた。一拍おいて、拍手が沸き起こった。
「わー、すごいすごい!」
「先輩、素敵!」
「素敵です、お姉様! もう、濡れちゃいますぅ!」
「カラオケでこんなにきれいなハーモニー聞いたの初めて!」
どさくさに紛れて少々危ない発言をする少女もいたが、おおむね大好評のようだ。
亜美は繭美と顔を見合わせて、少し照れたように微笑んだ。
あとはごく普通だった。
流行のポップスや、人気女性グループのヒット曲、時にはアニメソングまで飛び出して大いに盛り上がった。
繭美はこまめにお菓子をチェックし、補充をしたりドリンクの追加オーダーをしたりしていた。亜美は彼女と唄ったあとは、ずっとみんなの様子を見ているだけだった。
亜美は、こういうところではあまり前に出たくないタイプなのだ。
カラオケボックスに入って2時間もした頃だろうか。
繭美が時計を見て、立ち上がった。
「あら、もうこんな時間。私は帰りますけど、皆も遅くならないようにね」
「はーい!」
声を揃えて返事を返す。
部長と2年生が帰ると、残った1年生の間にほっとした空気が流れた。
今日のできごとで部長との大きな垣根はひとまず取り払われたが、やはり一緒にいるとなにかと気を配ったりして、なかなか思うように楽しめないのも事実だ。
亜美はトイレに立つ振りをして、他のボックスの様子を入口からうかがった。割合としては半分ちょっとだろうか。この時間にしてはそれなりに繁盛しているだろう。いくつか覗き見して、彼女はようやくお目当てのボックスをみつけたようだ。
中には三人の詰め襟姿の学生がいた。
「こんにちわ」
断りもなく扉を開けて、亜美は中に入った。
一瞬むっとした表情をした三人だが、制服と彼女の顔を見て、まずは驚きの表情になり、その後は顔を寄せあって何かを話し始めた。
「何のお話をしているの?」
「いえ、なんでもありません!」
目上だと知っているからなのか、口調は固い。それとも、女性だから緊張しているのか、その両方なのだろうか。
詰め襟の記章を見ると、地元の私立校の生徒のようだ。名門男子校として知られるこの学校は、旧帝大への進学率が全国でもトップクラスという進学校だ。そればかりではなく、甲子園にも何度か出場しているし、剣道や柔道、サッカーやバスケットボールなども強い、文武両道の名門なのだ。亜美達の学校に長刀部や弓道部があるように、彼らの学校も撃剣術や居合道などの変わった部活動があるのが特色だ。特に居合道は、真剣を使うことで度々マスコミにも取り上げられている、この学校の名物でもある。
だが近年は少子化の影響もあり、志願者が少なくなっているという状況が続いている。それは亜美の学校も例外ではない。そのため双方の学校で、将来の合併をも視野に入れた交流が進められている。男子禁制の学校イベントに男子生徒が来るのが許されるようになり、男子校の対外試合に女子校の応援がつくようになったのは、ここ5年ほどの話だ。
「三人だけだとつまらないでしょ。私達と一緒に唄わない?」
「おい、どうする?」
また三人は顔を突き合わせて小声で相談を始めた。答はすぐに出たようだ。
「御一緒させてください!」
三人共に直立して背筋をピンと張り、手は指を揃えて垂直に腿に張り付けるようにして返事をした。よほど厳しい躾をされているらしい。こんな時でも、ついいつもの習慣が出てしまうらしい。
「あなた方は何年生?」
「中学3年になります!」
「あら。こんな時間にカラオケに来て大丈夫? 先輩に叱られたりしない?」
「は! 大丈夫であります!」
生真面目に直立して答える少年達(といっても、たった1歳年下なだけだが)に、亜美は微苦笑する。
「こっちよ」
一度彼らの分の精算をさせてから、亜美は三人の背中を押すように同級生達が待っている部屋へと連れてゆく。
ドアを開けると、一年生の三人が顔を上げた。
「先輩達は?」
「先にお帰りになったわよ。代金はこちらに」
おっとりとした口調で答えたのは、亜美と同クラスの倉島観久だ。口調とは裏腹にショートカットの活発そうな、どちらかというと凛々しいと言った方が相応しい美少女だ。
「そちらの方は?」
「あ、どもっス」
「おじゃまします」
頭を下げ、照れ臭そうにしながら部屋の中へ入る。
「きゃ〜! かわい〜!」
「坊主君よっ、坊主君っ! あーん、触らせて〜!」
一斉にきゃいきゃい言い始める彼女らに、三人の中学生は気圧されたように上半身を後ろにのけぞらせた。
(おいおい、勘弁してくれよ……)
(いいじゃないの。せ・ん・せ・い!)
心の中で軽く会話を交わし、亜美は後ろ手にドアを閉める。この会話は言葉にすればこうなるというだけで、実際にこの通りの言葉を交わした訳ではない。既に二人の心はかなりの部分で融合しているようだった。
だから、今なら亜美の気持ちが悠司にもなんとなく理解できる。
体の芯に、まだ何かが凝り固まっているようなのだ。歯の間に食べかすが挟まったよりも、もっと切実なもどかしさが体を責めたてる。心は拒絶しているのだが、心行くまで生身の男にえぐられ、溢れるほどに精液を注いで貰ったらどんなに気持ちいいだろうかと考えている自分に気付き、悠司は複雑な気分になった。
昨晩のフェラチオをしてしまった記憶を思い出すだけで、気分が悪くなってくる。あの夜の一件で、いかに男の妄想が身勝手なものなのかを思い知ったのだ。精液は目に入れば染みて痛いし、髪の毛につけばなかなかとれない。飲んでおいしい物ではないし、それを強要されるのは男の身勝手以外の何物でもない。普通はそうしない物を飲ませる事で制服欲を満たすためなのだろう。
乱交なんて、休む間も与えられない。ひっきりなしに挿入されて気持ちがいいだろうなんてのは男の理屈だ。
強烈な感覚は、傍観者にさせられてしまった悠司にも、望まずとも伝わってきてしまっていた。胸を捻りつぶすようにする男、尻を叩く男、アヌスに執着する男、顔射することにこだわる者、精液を飲ませたがる者。様々だ。通常はしない行為をあえてする事によって、刺激と征服欲を満たすのだろう。
中にはピアスや、タトゥー(刺青)をさせようとする者もいた。
己の精液を流し込み子を産ませる事ではなく、代償行為としての手段を彼女に求める男の何と多いことか!
わずか一晩で、悠司は男の身勝手さを悟ってしまった。
その一方で、下腹部に熱い塊が生じているのも自覚している。
「じゃあ、まずズボンと下着を脱いで」
「へ?」
亜美の口から出た言葉に、三人の目が飛び出た。
「あの……ズボン?」
「と、下着」
亜美が右手を口許に当てて、いつもの笑みを浮かべる。
「それを期待してたんでしょう? 私達とエッチなことができるかもしれないって」
図星をさされて身をすくめる。それでも、三人は動こうとしない。
「剥いちゃおっか?」
布夕が目を悪戯っ子のようにきらきらと輝かせ、わざと彼らに聞こえるように亜美の耳元で言った。
「それもいいかもしれないわね」
くすくすと笑う。
これは、亜美の台詞なのだろうか。
心踊る光景なのに、どこか醒めて、げんなりとしている自分がいる。
三人を下半身裸にして立たせ、それを眺めるのは悠司には苦痛でしかない。他人の性器を見て興奮する趣味は、悠司にはない。ましてや少年のである。だが彼のそんな思いとは裏腹に、五人の女性達は目を潤ませながら、彼らを品定めするように見つめ続けた。
しかし悠司もまた、どこか心の奥底でアブノーマルな倒錯に興奮しているのだった。
気がつけば、三人の少年は股間を手で隠すようにして突っ立っていた。
「ね、どう思う?」
「やっぱりちゅーぼーのお○ん○んって、かわいいよね」
「やだ、たった1歳年下なだけじゃない」
「1歳の差は大きいわよ。男と女だともっと大きいかもね」
「あ、あのー……」
下半身を両手で隠すようにして所在無げに立っている彼らの中で、一番大きい少年が会話に割って入ろうとした。
「なに?」
「い、いえ。何でもないっス」
両脇の二人が同時に肘撃ちをかました。だが、彼らにも目の前の女性達が放った殺気のような視線に脅えていた。その証拠に、股間のモノは無残にも縮み上がってしまっている。
逃げようにも、ズボンもバッグも、彼女達にしっかりと握られてしまっている。声を上げて助けを呼んだとしても、男が女に襲われたなどと、誰が信じてくれるだろう?
「ねえ、君達。彼女はいるの?」
「いねっス」
「いません」
「前はいたんですけど、今はいない……です」
今度は亜美達から見て左端の少年が、二人から肘撃ちと背後からの蹴りをお見舞いされた。
「じゃあ、キスは?」
三人とも首を横に振る。
亜美は一番小柄な左端の少年の前に立った。丸刈りだが線が細く、どことなく女性のような雰囲気を匂わせている。
亜美は彼を両手でぎゅっと抱きしめた。
愛しいという感情が涌き上がってきて戸惑う。亜美と共にいる悠司に、間違っても同性愛の気はないのは確かだ。それでも彼の心の中に、嫌悪とともに、言いようのない母性愛が芽生えているのだ。
少年は亜美の豊かな胸を押しあてられ、顔を真っ赤にしてしまう。
「わ、立った立った!」
女性陣がきゃらきゃらと笑った。
「あんなかわいい顔してても、男の子ってちゃんと立つのね〜」
少年は腰を引いて、勃起してしまったあそこを必死で隠そうとしていた。隣の二人は羨ましそうな、それでいて同情するような複雑な表情を浮かべて亜美達の様子を見ている。
亜美は抱きつくのをやめて、彼の顔を見た。
「こういうの、嫌?」
「嫌じゃ……ないですけど」
「じゃあ」
亜美は少年の両頬に手を添えると、顔を傾けて唇を重ねた。彼は全身を強ばらせて、目をつぶった。体が震えているのがわかる。
長い一分間が過ぎて、亜美はようやく唇を離した。途中からは彼の口の中に舌を忍ばせて、舌も絡め合わせたのだ。ぎこちない舌をもてあそび、少年の口の中に残っていたスナック菓子のかすかな味わいさえ感じ取っていた。
「ふふっ、ごちそうさま」
「ああ! 亜美ちゃんずるいぃっ! みんな亜美ちゃんがファーストキス貰っちゃう気でしょ」
背後で布夕が声を上げた。
「それは許しがたいですわね」
観久がどことなく嬉しそうな表情で続く。
「私も欲しいなあ。ファーストキス……」
どこか夢見るような表情のセミロングの少女は、那賀乃瑠璃だ。亜美のクラスメートで、中等部からの気のあった親友でもある。フリルがついた服が似合いそうな雰囲気だ。
「でも、あと二人だけしかいないけど、どうするの?」
三人の視線が、空中で火花を散らした。
無言でじゃんけんを始めた彼女達をよそに、亜美は胸のリボンをほどき始めた。そして、少年達を見ながらブラウスのボタンを外し始める。
やがて現れた水色のブラジャーに、少年達の目は亜美のそれに釘付けになった。
「亜美ちゃん、また抜け駆けしようとしてるぅ」
じゃんけんを終えた布夕が膨れっ面で言った。どうやら彼女が負けたようだった。
「うふふ。じゃあ私も脱いでしまいましょうか」
観久は立ち上がって帯飾りを外すと、スカートのホックも外して床にに落とした。こちらはふわふわとした感じの淡いピンクのショーツだ。
「ええっと……私も脱ぐの?」
といいつつ、瑠璃も嬉しそうにブラウスを脱ぎ始めた。