紅き雫、舞い落ちて花 ――― 後編 ―――
翠 はるか
薄暗い室内に、甘やかな吐息が響く。
それは雨音に吸い取られ、外に漏れることなく、室内にこもる。
「…シリン」
翡翠が囁き、組み敷いた女の肌に口唇を埋める。顕わにした女の肌は抜けるように白く、少しでも強く吸うと、鮮やかな紅に色づいた。胸のふくらみは程よい弾力で、翡翠の指先を跳ね返し、愛撫のひとつひとつに良く応えて、その身を跳ねさせる。
しばし、上体を味わった後、翡翠の舌は、シリンの肌を滑りながら下りてゆく。途中、へそをくすぐると、シリンはぴくんと腰を揺らめかせ、指を翡翠の髪にもぐり込ませた。彼の動きを邪魔しないよう、官能的な手つきでその首筋や背中を愛撫する。
「ん…」
翡翠の口唇が更に下がり、白い太ももを優しく吸い上げる。そこにも紅い花が散り、シリンが焦れたように声を漏らすが、翡翠は熱くなりかけている彼女の花芯を避け、ていねいに太ももに愛撫を続ける。
「ひす…い……」
シリンが彼の髪を引っ張ってせがむ。しかし、翡翠は性急な事はせず、緩慢な動きで愛撫を続ける。
「翡…翠っ」
シリンは苛立った声を上げ、彼の髪を一本指に絡めて、思い切り引き抜いた。
じんとした痛みが頭皮に走り、翡翠は顔を上げる。
「ひどいな」
「ふん、上品ぶった事ばかりしているからだよ。どうせ、あんたも下の育ちなんだろ。すましたって駄目だよ」
シリンは挑発的に笑った。
翡翠の動きは優しく、確実にシリンを高める。それまで、彼女の手管に溺れ、その身を貪った男どもとは違う。
けれど、物足りない。
優しい言葉や腕が欲しかった訳じゃない。そんなものの為に、この男を受け入れたのではない。
欲しいのは、この身を壊すほどの強い力。今までの自分の全てを壊し、否応なく見知らぬ世界へ放り込む強い腕なのだ。
翡翠が目を細め、くすりと笑った。
「そんな事を言うと後悔するよ、シリン」
言って、翡翠は強引にシリンの両足を肩に乗せると、彼女の腰をぐいと引き寄せた。腰を高く上げさせられ、シリンの身体が不自然に折り曲がる。シリンが苦しげに息をつくが、翡翠は構わず、目の前に開いた紅い花に舌を這わせた。
「あ…っ!」
強い刺激に、シリンの背が跳ねる。熱い舌が中を犯すと、甘い痺れが全身に広がり、胸の頂きがひとりでに立ち上がる。それが見えたのか、翡翠が手を伸ばして、突起をきゅっと摘んだ。
「ん…、ああ…ん……」
既に熱くなりかけていた花弁は、与えられる快楽を貪欲にむさぼる。ひくついて、男の舌を飲み込んでは、ねっとりとした蜜を吐き出す。
もっと歓びが欲しくて、シリンは翡翠の肩にかかった両足に力を込めた。望み通りに、舌が奥深くまで侵入してきて、感じる場所をこすられる。たまらず、シリンは鼻にかかった吐息を何度も繰り返した後、高い声を上げてつま先をしならせた。
「……は、…ふう…」
絶頂に強張ったシリンの身体から力が抜けると、翡翠は、彼女の身体を元のように寝かせた。彼女の息はまだ荒く、紅潮した身体に乱れた髪が張りついている様子が艶かしい。多くの男を惑わせた、魔性の白拍子がそこにいた。
翡翠は胸元にせり上がるものを感じながら、彼女の顔にかかった髪をかき分けた。
「少しは楽しんでもらえたかな?」
シリンは目線を上げ、紅い口唇の端を持ち上げる。
「そういうあんたはどうなんだい」
膝を立てて、翡翠の足の付け根をこする。そこは熱を持ち、固くなり始めていた。
翡翠が小さく肩をすくめる。
「可愛くなれない女だね」
「誉めてくれてありがとうよ」
翡翠は笑って、彼女の頬に口接けた。首筋、胸元にも再び愛撫を施しながら、手を下ろし、下腹の茂みをさすり上げる。
「ああ…っ」
絶頂の後で敏感になっているのか、それだけでシリンは声を上げる。指を入れると、熱い襞が幾重にも絡みついてきた。それぞれが意志を持っているかのように蠢き、時に締めつけるように、中へ誘い込んでいく。
これが指ではなく彼自身だったら――――それを思うと、翡翠は下腹に熱が集まるのを感じた。
けれども、首をもたげる欲望をやり過ごしながら、翡翠は指で彼女の中をまさぐる。幾度か抽挿を繰り返し、指の本数を増やしていくが、彼女の襞はすぐに歓んでそれを飲み込む。
限界はすぐにやってきた。翡翠はそれを感じると、指を引き抜き、その刺激にも震えるシリンの両足を抱え上げ、その中心に腰を据えた。
「は…あっ」
猛った欲望が、シリンの身に埋め込まれていく。圧迫感と心地良さに、シリンは目を潤ませ、ねだるように腰を押し付ける。翡翠もその動きにあおられ、性急なほどの動きで彼女の中を進んでいく。
深く繋がり、二人は貪りあうように愛し合った。互いに抱きあい、足を絡ませ、相手の全てを呑みこむように。
やがて、翡翠がそれでも足りないとばかりにシリンを抱き起こし、自分の上に座らせた。
「うう…っ!」
シリンの身体が、自身の重みで、より深く翡翠の侵入を許す。更に、翡翠は彼女の片方の足を肩の上にかつぎあげ、限界まで深く繋がった後、強く彼女を揺さぶった。
「ああ…っ!」
焼け付くような熱が、繋がった場所からつま先へ、脳天へと何度も突き抜ける。不自然な体勢のため、身体の節々が痛みを訴え、更に駆け巡る熱が身体を痺れさせ、その全てが彼女の意識を高く遠くへ押し上げていく。
…そう、これが欲しかった。強く激しく、あたしの心までも貫くこの男が…!
「…くっ。シリン…!」
翡翠が熱い吐息を漏らす。熱に侵されているのは、彼も同じ。彼女と触れ合った部分全てから熱が生まれ、彼の身体を駆け巡っては新たな熱を生み出す。欲望は尽きる事がない。
汗を含んで艶を増した髪が激しい動きに空を舞い、紅潮した肌は、いつしかシリンのつけた爪跡を赤々と浮き上がらせる。
駆け巡る熱も、己の髪が身体を打つ感触も、ちりちりとした傷の痛みも、かつて感じた事のない深い悦楽となって、翡翠を昂ぶらせた。
「シリン…っ」
低く呟き、翡翠は更に動きを速めた。奥の奥まで突き上げる動きに、シリンは声を上げて、喉を仰け反らせる。やがて、その身がわななき、きつく中が締まると、翡翠も深く目を閉じて己の中の熱を放出した。
余韻の熱に震えながら、二人はしばらく硬直したように抱き合っていた。
「……雨はやんだようだね」
身体に残った余韻がようやく治まった頃、シリンは身を起こして、辺りに散らばった着物を拾い上げた。まだ湿っていて、少々気持ち悪いが仕方ない。
その隣で、未だ単衣を身にかけただけの翡翠が、頭を起こす。
「行くのかい?」
シリンは頷いて立ち上がった。ついでに、散らかった辺りを簡単に片づける。
「今からなら、まだ京を抜けられる。抜けて、すぐに宿を取ることになるだろうけどね」
「そう、気をつけて」
気のないような言葉をかけながら、翡翠も身体を起こして、着物を着込んだ。
「日が落ちてからの山越えは、命取りだからね」
「言われるまでもないさ」
「ああ、シリン」
「なんだい?」
「まだ、行く先は決めてないのだろう? だったら、西へ行くといい」
シリンが怪訝そうに眉を寄せる。
「どうしてだい?」
「私もまもなく西へ帰る。君がそうすれば、また会う事もあるかもしれないからね」
「はあ?」
翡翠は立ち上がりざま、シリンの腰を引き寄せ、彼女の顎を指で捕らえながら笑った。
「運良く会えば、また酒でも酌み交わそう。そういうのも楽しいじゃないか」
言葉通り楽しげな翡翠に、シリンは呆れた視線を投げかける。
「あたしが言う事をきくとでも思ってるのかい?」
「私は希望を伝えただけだ。それで、君がどうするかは、君が決める事」
「…ふん。あたしは急ぐんだ。これ以上、あんたの話に付き合ってる暇はないんだよ」
シリンはすげなく翡翠の腕を振り払い、戸口へ向かった。扉に手をかけ、そこで彼を振り返る。
「…西には行くさ。博多のほうに、大きな港もあるからね」
あんたに言われたからじゃない。と、言外に伝えるシリンに、翡翠はますます楽しげに笑った。
「縁があったら、また。シリン」
「まあ、頭の片隅にくらいなら覚えておいてやるよ。じゃあね」
するりとシリンの身体が屋外へすり抜け、扉が閉まる。
すぐに、水たまりを駆け抜ける音が響き、翡翠はその足音に彼女の後ろ姿を重ねながら、彼女を見送った。少しも立ち止まってはいられないかのように飛び出していった彼女。
追いかけてみようか。
あの鮮やかな花を。
これからも、見ていられるように。翡翠はしばらくの間、その場に立ち尽くした後、扉に手をかけた。開いた先に、彼女の姿はもうない。今頃は洛中に出ているだろう。
翡翠は微笑を浮かべつつ、半解けの雪の中に足を踏み出し、ちょうど顔を出した太陽のまぶしさに目を細めた。
<了>
遙か2の初裏です(^^。しかも、翡翠×シリン。シリンじゃなくて、カリンだったら、
わんさか見かけるんですけども(笑)。しかし、この二人のHは、こんなもんじゃなかろうと思うんですが(笑)、いかんせん
表現力が追いつかない(^^;。
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