わたしの黒騎士様

エピソード1・おまけ 副団長のバカップル観察記録

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 私がレオン=ラングフォードと知り合ったのは、七年前のこと。
 同時期に従騎士として黒騎士団に入団したのが始まりだ。
 彼は十六、私は十九と、年齢だけならばこちらが上だが、階級で上下の決まる世界である。
 我々は年齢差など気にすることなく親しくなり、共に歩み、ほぼ同じ速さで一級騎士まで昇進した。

 レオンは寡黙で、黙々と訓練に精を出すタイプだ。
 かといって人付き合いが悪いわけでもなく、それなりに人の輪にも混ざっている。
 賭け事や宴会には参加しても、女遊びは好まない。
 従騎士時代に上級騎士に誘われて、その手の店に共に行ったこともあるが、レオンは一度体験しただけでやめてしまった。
 心に決めた女性でもいるのかと勘ぐったこともあるが、どうやらそうではないらしい。
 一夜の遊びは性にあわないだけだと、彼は言った。




 今年の春に私は副団長に任命された。
 それと同時に階級章の星も一つ増えて、五つになった。
 まあ、星が増えても役職持ちの証明でしかないので、団長ならともかく、副団長である私は四つ星の騎士とほぼ対等の立場だ。
 同僚との付き合いも今まで通り。
 唯一変わったことを挙げるなら、書類整理などの事務仕事が増えたことだ。副団長は騎士団の管理業務も多く負担せねばならないようだ。

 今日は自室で新規入団者の名簿を作成し、一息ついたばかりだ。
 毎年、総勢五十名ほどが入団してくるが、厳しい修練に音を上げたり、騎士団の生活に馴染めずに、この半分は半年と持たずに脱落して退団していく。
 今年は何人残るだろう?
 寮に入る彼らの部屋割りを考えながら、寮の見取り図に名前を書き込んでいった。

 ドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

 応えると、ドアを開けて入ってきたのはレオンだった。

「邪魔してすまない。新規入団者の名簿を見せてもらいたんだ」
「名簿は今できたところだ。自由に見ていい」

 レオンは毎年、新規入団者の名簿をチェックしている。
 故郷にいる稽古仲間が入団してくるかもしれないからだと、以前教えてくれた。

 名簿を指で辿って目当ての名前を探していたレオンの動きが止まった。
 ついに見つかったらしい。
 後ろから覗いて、その名を知る。
 キャロル=フランクリン。
 私はあることから、その名をはっきり覚えていた。

「その子が、君が長年待っていた子かい?」
「ああ、オレが剣を教えたんだ」

 普段、無愛想な顔が穏やかに緩む。
 キャロル=フランクリンは、レオンにとって特別な思い入れのある人物のようだ。
 私の興味は深まった。
 レオンと旧知の間柄であることが、『彼女』の騎士団への志望動機に深く関わっていると確信したのだ。

「今回の入団試験で、先入観とは予想以上に人の目を狂わせるものだと思ったよ」

 話しかけると、レオンは名簿から顔を上げて視線をこちらに向けた。
 私の話の内容がつかめずに戸惑っている。

「何の話だ?」
「その子のことだよ、レオンも知り合いなら知っているはずだ。キャロル=フランクリンは女だ。だが、誰も気がついていなかった。入団試験を受けるのは男だという先入観があったせいだろう。恐らく団長も男だと思っている」

 あの場で気づいていたのは、恐らく私だけだ。
 彼女の容姿は美しく、骨格から作られた線の細さや丸みのあるヒップラインなど、どう見ても女性が持ちうるものだった。
 服を脱げばすぐにわかっただろうが、入団試験の間にそんな機会はない。
 先入観が目くらましとなり、団長を始めとした試験に携わった一級騎士は、見目麗しい美少年だと彼女に対する印象をまとめてしまったに違いない。

 レオンはハッとして動揺を見せた。
 彼は性別が入団の障害になるとは考えていなかったのだろうか。
 あえて誰も言及しないが、騎士を志望するのは男ばかりだ。
 世間的にもそう認識されているので、騎士団入りを望む女性が現れることなど考慮されていない。
 応募書類にも性別を書く欄がないのだ。
 彼女の書類が何事もなく受理された原因はここにある。

「寮の部屋割りは私の担当だから、一人部屋にしておいたよ。女性だからと特別扱いする気はないが、このぐらいの配慮はしてもいいだろう」

 今しがた書きあがった部屋割りを見せる。
 昨年入団した従騎士にルームメイトが退団して一人部屋の者が複数いたので、そちらの部屋割りも組み直すついでに、キャロルを一人部屋に配置した。

「あいつが女だとわかったらどうなる? 入団は取り消しになるのか?」

 レオンの声には焦りや不安が含まれている。
 彼がここまで心を乱す様を見るのは初めてだ。
 内心驚きながら、会話を続けた。

「団長なら辞めさせろと言うだろうね。あの人は全ての女性を守るべき対象だと思い込んでいる人だから、共に戦うなんて発想はしない」

 我が黒騎士団を束ねるウォーレス=マードック騎士団長は、三十代半ばで古株の頑固者だ。
 他の者になら副団長の権限で黙認を要請することもできるが、あの人にバレたら最後かもしれない。
 レオンも同じことを思ったのだろう。
 すがるような目で、私を見つめた。

「グレンはどうなんだ? 騎士団に女が入るのに抵抗はないのか?」
「誰にも言っていない時点で、認めているのがわかるはずだ。適性に問題がない限りは、性別についてどうこう言う気はない」

 一生残る傷を体に負うかもしれないことを思えば、大歓迎とは言えないまでも、本人にやる気と技量があれば性別は問わない。
 私はあまり形式に拘らない性格をしている。
 新しいもの好きではないが、柔軟な考え方をするタイプだと自分では思っていた。

 レオンは私の答えを聞いて、安心したようだ。
 彼女のために、やけに必死なレオンを見ていると、少しからかいたくなってきた。

「レオンが女の子に執着するのは珍しいね。堅物で職務に忠実、色恋とは無縁の硬派な騎士様って評判だったのに、騎士を志望する男勝りなレディに惚れていると、ファンの貴婦人達が知ったらひっくり返る人が続出しそうだ」

 一級騎士ともなれば、貴婦人達の注目の的だ。
 特にレオンは無敗の騎士として、その強さは国中に知れ渡っている。
 彼に心酔している若い女性は数え切れないほどいた。

 だが、レオンは私の言葉を否定した。
 気になるのは女だからではなく、昔馴染みの稽古仲間だからだと主張したのだ。

「気にかけるのは、オレがあいつに剣を教えたからだ。昔のキャロルは生きる目標がなくて心が死んでいた。オレが道を示したから、あいつはここまで頑張って追いついてきた。力になってやりたいと思うのは当然だろう」

 ふむ、自覚はないのか。
 では、もう少しつついてみよう。

「麗しき師弟愛というわけか。それは失礼した。ならば、私が彼女を好きになっても問題はないんだな」
「何だと?」

 わざと煽ってみると、面白いように表情が動いた。
 眉を寄せて私を睨むと、レオンは掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。

「冗談言うな。キャロルは子供だ。お前はいつからロリコンになったんだ?」
「ロリコンとは心外だな。彼女は立派なレディだよ。十六才といえば、結婚する女性も普通にいる。レオンも実際に会ってみれば、意識も変わると思うよ」

 さりげなく攻撃の矛先を外しながら、自覚を促す。
 後は彼女と再会後に、彼の意識がどう変わるのかが見ものだね。




 入団式から一ヶ月が経ったが、レオンはキャロルと接触できずにイラついていた。
 従騎士と一級騎士では仕事の内容も休息の時間も違うために、なかなか同じ空間にいることができないことも原因となっている。

「そんなに会いたければ部屋に呼べばいいだろう。従騎士の立場では、話しかけにくいのかもしれないぞ」

 不機嫌なオーラを邪魔に感じて助言をしてみる。
 レオンは重いため息をつき、物憂げな目で遠くを見つめた。

「別れてから七年も経っているんだ。もしかして、オレのことなんか忘れているんじゃないかって気がしてきてな。情けないことに怖気づいてしまって、声がかけられないんだ」

 好きな子に告白しようか悩む思春期の少年のごとき同僚の姿に、あ然と口をあけて反応に困った。
 言葉を探すうちに、明日が従騎士達の指導をする日だったことを思い出し、励ましの言葉をかけた。

「明日は従騎士に稽古をつける日だ。うまくいけば、彼女と話ができるかもしれないよ」
「そ、そうだな。あいつが覚えているなら、真っ先にオレのところに来てくれるはずだよな」

 希望を得て、レオンの顔が輝く。
 彼にこんな表情をさせるキャロルと、私もお近づきになりたくなった。

 翌日、レオンの期待は粉々に打ち砕かれたが、私は運よく彼女と親しくなれるチャンスを手に入れた。
 夜に部屋に呼んだのも、チェスをしながらレオンのことを聞こうと思ったからだ。
 不埒な考えはまったくなく、寝る時は彼女にベッドを貸して、私は長椅子で寝るつもりでいた。
 ゲームに熱中すれば徹夜もあり得る。
 正直なところ、私は後輩の従騎士以上の感情を彼女に抱いていなかった。

 しかし、部屋を訪ねてきたキャロルはどうしたわけか落ち着きがなく、ついには泣き出してしまった。

「だめです、できません! ごめんなさいっ!」

 彼女はいきなり立ち上がり、ドアに駆け寄った。

「キャロル!」

 私の呼び声も無視してキャロルは部屋を飛び出していった。
 厳しい訓練にも泣き言一つ言わずに耐えていた芯の強い子が、泣くほど嫌がったのだ。
 チェスにトラウマでもあるのだろうか?
 もし、そうなら謝るべきだ。
 女性を泣かせていい気分はしない。

 追いかけようと部屋を出ると、同じタイミングで出てきたレオンとばったり出くわした。
 キャロルの声を聞きつけたのか。
 部屋が隣なのを幸いに、聞き耳を立てていたのかもしれない。
 レオンは刺し殺しそうな険しい目で私を睨み、腕を伸ばしてきた。

「グレン! お前、キャロルに何をした!」
「待て、落ち着け!」

 胸倉を掴まれたまま、先ほどのやりとりをかいつまんで説明した。
 レオンはキャロルがチェスを嫌がったと聞いて首を傾げた。
 彼には心当たりがないらしい。

 ここで理由を探っていても、意味がないことに我々は気がついた。
 原因究明は二の次で、今はキャロルを追うのが先だ。

「手分けしてキャロルを探そう。私は寮に戻っていないか確認してくるから、レオンは外を見てきてくれ。門は閉まっていて街には出られない、まだ近くにいるはずだ」
「わかった」

 私達は別れてキャロルを探しに出かけた。
 寮の部屋には戻っておらず、自室に引き上げると、レオンが来て彼女を見つけたと報告してきた。
 大事にならずに良かったと、ホッと胸を撫で下ろした。

「謝りたいからキャロルを連れてきてくれないか? 私が君の部屋に行ってもいい」
「ああ、そのことだがな……」

 レオンは歯切れ悪く、言葉を濁した。

「あいつは取り乱していて、頭を冷やすためにも一晩必要だ。今夜はオレが預かるから、チェスの相手は別に呼んでもらえるか?」
「それは構わないが、私のせいだし、気になるな。せめて、一言謝るだけでも……」
「いや、顔を合わせるのは明日の方がいい。じゃあな、おやすみ」
「え? ああ、おやすみ」

 忙しげに部屋を出て行くレオンを見送って、不審に思った。
 そして思い至る。
 慰めることを口実に、二人っきりになりたいんだな。
 自覚したのならちょうどいい。
 友人として見守ってあげようじゃないか。

 さて、せっかくやる気でいたのに、このまま寝てしまうのはもったいない。
 従騎士の中から他に相手をしてくれそうな者を探す。
 ノエル=レイモンドは落ち着いているし、思考を用いるゲームが好きそうだ。

 さっそく誘いに部屋を訪ねると、ノエルと同室のトニー=ナッシュがこの世の終わりが来たような顔で、彼の肩を叩いて励ましていた。
 ノエルは彼の態度を訝しがってどうしたのかと尋ねていたが、トニーは怯えた目で私を見つめ、口を割ろうとしない。
 何なんだ?
 従騎士達の奇妙な反応の理由を私が知るのは、ずっと後のことだった。




 あの一件以来、レオンとキャロルの仲は急速に進展したようだ。
 時々、夜に互いの部屋を行き来したりしている。
 二人っきりで何をしているのかは無粋なので追求しないが、翌日のレオンは上機嫌なので、想像するまでもなくわかってしまう。
 彼らの急接近に、私の他にも関係を勘ぐる者も出てきていた。
 無論、キャロルが騎士団に残るつもりならば、女性であることは隠さねばならない。
 二人が黒騎士団初の同性カップルとして認知される日は近い。

 面白そうなので、これからも見守っていくことにする。
 こうして私の趣味に、彼らの観察記録が付け加えられた。


 END

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