わたしの黒騎士様

エピソード1

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 【2】

 胸はきつく布を巻いて押さえ、パジャマに着替えて上着を羽織り、グレン様の部屋を訪ねた。
 三つ星以下の騎士達がいる寮とは別に、一級騎士の寮は建てられている。
 彼らの私室は一人部屋で、わたし達の寮より部屋も格段に広いらしい。
 レオンの部屋もどこかにあるはずだけど、わたしはグレン様の部屋しか教えられていない。
 もし、レオンの部屋が隣だったら?
 他の男性に抱かれる声を聞かれたら?
 胸が苦しくて、体に震えが走る。
 でも、騎士団に残るためには従うしかない。

「キャロル=フランクリンです。お呼びにより参上いたしました」

 ドアをノックして呼びかけると、ドアが開いてグレン様が顔を出した。

「やあ、待ってたよ。入っておいで」

 グレン様は嬉しそうだった。
 楽しみで仕方がないって顔をしている。
 ちょっとの我慢よ。
 それに入れられるのはお尻のはずだし、処女は守れる。

 わけのわからない慰めで、自分を奮い立たせながら室内に入る。
 手前の部屋は応接室を兼ねていて、奥が寝室になっているみたい。
 寝室の明かりは落とされていたけど、大人二人が余裕で眠れる大きさのベッドが確認できた。
 その広さに思わず生々しい想像をして、血の気が引く。
 グレン様は二つのグラスにワインを注いで、テーブルの上に置いた。

「夜は長いんだ。これでも飲んでリラックスしてくれ。早く眠りたければ、善戦して私を満足させてくれよ」

 グレン様はそう言って笑い、ワインを口にした。
 長い夜。
 わたしもワインを喉に流し込み、ぼんやりとその瞬間のことを考える。

 ぽろっと涙がこぼれてきた。
 やだ。
 やっぱりやだ。
 レオンじゃないと、わたしは嫌だ。

「急にどうした? 体の具合でも悪いのか?」

 グレン様が困惑した顔をわたしに向けている。
 尊敬はしているけど、この人はそういう対象じゃない。

「だめです、できません! ごめんなさいっ!」

 涙を袖で拭って立ち上がり、ドアに駆け寄った。

「キャロル!」

 驚いたグレン様に呼び止められたけど、止まることなく外に走り出た。




 自分の部屋にも帰れずに、建物近くの茂みの中に隠れて泣いていた。
 グレン様の誘いを拒んでしまった。
 もう騎士団にはいられない。
 やっと入れたのに。
 レオンの近くまで来られたのに。
 未来が閉ざされる。
 夜が明ければ、わたしは全てを失ってしまう。

「えっ、うくっ……、ひっく……」

 鼻をすすりあげて、抱えた膝に顔を伏せて泣き続ける。
 土を踏みしめる足音が聞こえてきた。
 グレン様かな?
 でも、戻りたくない。
 さらに膝を深く抱え込んで丸くなった。
 
 歩いてきた気配は、無言でどすんと隣に腰を下ろした。
 グレン様じゃない?
 頭に手が乗せられて、優しく撫でられた。

「泣くな。誇り高き黒騎士団の団員が、おいそれと涙を見せるものじゃない」

 顔を上げて、彼の方を向く。
 レオンは苦笑して、わたしの肩を抱いて引き寄せた。
 どうして彼が来てくれたのかはわからない。
 でも、彼の声を聞いた途端、さらに涙が溢れ出した。
 希望であり、目標であったこの人と、朝になったらお別れになるんだと思ったら、絶望が襲ってきた。

「わたし……、も…だめ……です……。グレン様の……夜伽のお相手…断ったから、きっと…明日になったら、騎士団をクビに……」

 涙を止めようと努力しながら説明した。

「頑張ったのに、ここまで来るために一生懸命。でも、だめだった。嫌だった。わたしは、わたしは……」

 レオンはわたしの涙で濡れた頬を指で拭って、ぽんぽんと背中を叩いた。

「泣かなくていい。グレンは心の広いヤツだ。誘いを断ったからって、騎士団を辞めさせられるってことはない。安心しろ」

 頭がくしゃくしゃ撫でられる。

「それより、お前は誰ならいい? 泣くほど嫌がるってことは心に決めた相手がいるのか?」

 思いもしない問いが、彼の口から出た。
 目を丸くするわたしの顔を、レオンが覗き込んできた。

「オレならいいか?」

 重ねてされた問い。
 わたしは頭を縦に振っていた。




 レオンは自室にわたしを招き入れると、部屋を出て行った。
 しばらくして戻ってきた彼は、グレン様の部屋には別の従騎士が呼ばれたと話した。

「オレが初めての相手で、後悔はしないんだな?」
「しません。レオン様なら、わたし……」

 真っ赤になって俯いたところで、胸元に引き入れられて抱きしめられた。
 わたしの頭が彼の胸元辺りにちょうどくるぐらいの身長差だ。
 肩幅なんかも全然違う。
 わたしを抱く腕は骨太で、筋肉質の体は服越しにでも逞しく、男性を感じて意識してしまう。

「そう硬くなるな。痛いのは少しだけだ。できるだけ気持ちよくしてやるからな」
「よ、よろしくお願いします」

 ドキドキして、次第に冷静になって悲しい気持ちになってきた。
 レオンはわたしのことを単なる従騎士だと思っている。
 昔の話をしてくれないってことは、そういうことだよね。
 今から抱くのだって、わたしのことが好きだからじゃないんだ。
 レオンもわたしのこと、性欲を発散する相手として見てただけなんだ。
 彼のことが好きだから後悔はしないけど、愛されたいって思うのは欲張りなことなのかな?

 さらに体が密着して、ハッと気がついた。
 このままじゃ、女だってバレてしまう。

「あ、あの、ちょっと待ってください!」

 慌てて腕の中から抜け出て、飛び離れる。
 レオンの顔が強張り、表情に落胆の色が混じる。

「やはり、オレでは嫌なのか?」
「あ、ちが……、そうじゃなくて、明かり消してもらえますか?」

 暗かったら、ごまかせるかも。
 レオンは室内の明かりを消してくれたけど、ベッドサイドのランプだけは消さなかった。
 これじゃ、ばっちり見えてしまう。

「あの、これも消して……」
「だめだ。これ以上、暗くなれば何も見えない」
「そ、それじゃ、自分で脱ぎます」

 ズボンを脱いで下着を脱ぐ。
 前さえ見られなければいいんだと、ベッドの上に乗り、彼に向けてお尻を突き出した。

「ど、どうぞ……」

 後から考えれば、穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい行動だったけど、わたしは無我夢中だった。
 目をきつく閉じてその時を待ったけど、彼が入れてくる気配はなかった。
 代わりに、深いため息が聞こえた。

「どうぞって言われてもな……」

 レオンは呆れ声を出して髪を掻き毟ると、わたしの体を後ろから抱き寄せた。
 背後へと引っ張られ、彼の腕の中に仰向けに倒れこんでいく。
 慌てて足を閉じようとしたけど間に合わなくて、男性ならばあるはずのものがない股間がランプの明かりに照らし出された。

「や、わ、わたし、その……っ!」

 手で覆ったけど、見られたのは間違いない。
 バクバク心臓が動き、顔が赤くなった。

「キャロル」

 耳に吐息がかかり、ぶるっと身震いする。
 わたしの名前。
 久しぶりに呼んでもらった。

「お前、オレのことを覚えていないのか?」

 囁かれた問いは予想外のもので、わたしは首を動かして彼を見上げた。

「え?」
「え? じゃなくて。お前、ちっともオレのところに来ない上に、グレンのヤツに懐いちまうし、ずっと敬語で他人行儀な喋り方だしな。そうか、忘れているのか。だから女だって隠そうとしてるんだな」

 レオンは寂しそうに笑って、わたしを抱え直した。

「オレがお前に剣を教えたんだ。初めて会った時には死んだ魚みたいな目をしてたお前が、オレとの稽古で生気を取り戻していくことが嬉しかった。騎士団に入団することが決まって離れることになったが、一日も忘れたことはなかった。今年の新規入団者の名簿にキャロルの名前を見つけた時には、約束を守って追いかけてきてくれたんだと思っていたが、それはオレの自惚れだったようだな」

 わたしのことを覚えていてくれた。
 嬉しさで心が弾む。
 わたしだって忘れていない。

「覚えているよ。わたしに生きる希望を与えてくれたのは、レオンだもの。また会えて嬉しかった。でも、今のあなたはこの国の英雄だから、わたしの方こそ忘れられてるって思ってた」

 レオンの口元に穏やかな笑みが浮かぶ。
 わたし達は見つめあい、抱擁を交わして再会を喜び合った。




 上の服も脱ぎ、胸を覆っていた布をほどいて裸になる。
 満足とはいえないまでも膨らんだ胸は、わたしが女性である証しだ。
 レオンも裸になり、鍛えられた体をわたしの前で晒した。
 わたしは胸を手で隠して、ベッドの上で座っていた。

「始めはこんなつもりじゃなかったんだ」

 わたしをベッドに横たえながら、レオンが呟いた。

「どういうこと?」
「別れた時は子供だっただろ? 正直言って、女だとは思っていなかった」

 ずきんと胸が痛んだ。
 その胸がレオンの手の平に包まれて、やわやわと揉まれていく。

「…ぁ…ああ……」

 胸だけじゃない、他の場所も撫で回されて、今まで出したこともない声が漏れてくる。

「だが、再びオレの前に現れたお前は立派な女になっていて戸惑った。オレの意識を変えるには十分だったよ。抱きたい欲求が次第に強くなって、浅ましい感情を押さえ込むのが大変だった。忘れられていることも怖かったが、近寄れなかったのはそのせいもある」

 肌に彼の唇が触れた。
 胸の尖りを舐められて、軽く歯を立てられた。

「んっ……いやぁ……」

 彼の頭を抱え込み、愛撫で与えられる快感に身悶えする。
 わたしの足の間に彼の指が触れて、びくっと体が強張った。

「初めてなんだろう? 力を抜いて、身を任せろ。恥ずかしがることはない」

 両腕を体の横に置いて目を閉じた。
 膝を曲げられて足を広げられる。
 恥ずかしい格好。
 目を開けられないよぉ。

 レオンの指が、わたしの入り口を撫でて肉芽に触れる。
 首や耳にキスされて、胸を撫で回されて、快感が何度も押し寄せてきた。

「キャロル、わかるか? 濡れてるぞ」

 わかってる。
 わたしの女の部分から、蜜が溢れてきてるんだ。
 秘口を弄んでいる彼の指にわたしの愛液が絡まって水音を立てている。

「レオ…ン……、…はぁ…ん……あ……っ」

 指がわたしの中に入ってくる。
 刺激を受けて身体が仰け反った。

「ああっ、……ん…やぁ……、んあっ!」

 翻弄されて、喘ぎ声を上げる。
 イクたびに、受け入れた指を締め付けて、わたしは乱れた。

 ずるっと指が抜かれた。
 気を抜いた瞬間、もっと大きいものが押し入ってきた。
 それがレオン自身だと気づいた時には、彼はわたしの中に収まっていた。
 同時に襲ってくる破瓜の痛み。

「……く……、…ぅう……いっ……」

 涙をこぼして耐えていると、頬にキスされた。

「……悪い、ちょっと…我慢、してくれ……」

 レオンの息も荒くなっている。
 熱を帯びた瞳で見つめられ、彼の欲望を感じて胸が熱くなった。

「嬉しいよぉ……、会いたかったの、ずっと、あなたに……。抱いてもらえて、幸せ……」

 別れた時、少年だった彼は逞しい大人の男性になっていた。
 レオンの肌には消えない傷跡が幾つも刻み込まれている。
 離れていた間に、様々な出会いもあったことだろう。
 それでも彼はわたしを忘れずに待っていてくれた。

 レオンは動かない。
 わたしの痛みが和らぐのを待っているんだ。
 次第に呼吸も落ち着いてくると、彼はわたしの頬を撫でて、熱のこもった瞳で見つめた。

「約束通り、もう離さない。これからは共に生きていこう」
「はい、わたしはあなたについていきます」

 プロポーズの言葉みたい。
 おかしくなってきて微笑んで、キスを交わした。

 その後は、また呼吸が乱れて何も考えられなくなった。
 交わりも終わりに近づき、律動が早まる。
 揺すぶられて、突かれて、声を上げた。

「あんっ、ああっ……、……うくぅっ」

 レオンの背中に爪を立ててしがみつき、中で暴れる彼を感じた。
 それが急に止まった。
 レオンが腰を引いて、抜いたのだ。

「……うっ…ぁあっ!」

 苦しそうに呻くと、レオンはわたしの腹の上に欲望を解放した。
 精液が肌にかかる。
 彼に汚されて恍惚となった。
 求め続けた人と身も心も結ばれて、わたしは幸せだった。




 体を清めて、パジャマを着なおし、招かれてベッドに入った。
 腕枕をしてもらい、彼の胸に身を寄せた。

「痛むか?」
「ちょっと痺れてるけど、何とか動けそう。明日はキツそうだけど頑張るよ」

 痛みは残りそうだけど、一晩寝れば大丈夫かな。
 レオンはわたしの髪を撫でて、額にキスしたりして愛でてくれている。

「髪、切ったんだな。綺麗だったのに」
「騎士団に入る時にばっさりね。必要だと思ったから、未練はなかった」

 そう言って笑ったら、レオンは悲しそうな顔をした。

「オレのせいだな。剣を教えて諦めずに頑張れなんて言ったから、お前は女としての道を選ばなかった」
「そうじゃないよ。わたしはレオンと一緒にいたかったの。それに女の子らしい方面の才能はなかったし、お嬢様やっててもお嫁にもらってくれる人なんて現れなかったよ」

 誰にも期待されない孤独の日々を、変えてくれたのはあなただ。
 そしてあなたは女としてのわたしも望んでくれた。
 これ以上の喜びはない。

「嫁の貰い手がないなら競争相手がいなくて楽でいいが、喜んだら怒るか?」
「怒らないよ。その代わり、返品は受け付けません」

 抱きついて、一緒に笑い声を上げた。
 わたしの未来は光に満ちている。
 あなたが傍にいてくれるなら、わたしはどんな困難に出会っても乗り越えていけるんだ。




 翌日の朝食の時間に、わたしの代わりにグレン様の相手をしてくれたのが、ノエルだと知った。
 トニーではなく彼が選ばれたことは意外だったが、ノエルはどちらかというと見目良い方だし、納得してしまった。

「ごめん、ノエル。大変なことさせちゃって」

 わたしの代わりということは、彼はその……、グレン様にされてしまったんだろう。
 申し訳なくて、平謝りするしかなかった。

「ああ、いいよ別に。まあ、でもケツは痛いし、眠いしで大変だったけどな」

 大変だったと言いながら笑っているノエルに、わたしとトニーは顔を見合わせた。
 落ち込んでないの?
 開き直っているのかな。

「グレン様、なかなか寝かせてくれなくてさ。五回戦ぐらいやったなぁ」

 そ、そんなに?
 レオンは加減して一回で終わってくれたけど、グレン様って体力あるんだ。
 代わってもらえて助かった。

「大変だったけど、ああいうのオレも好きだし、また付き合いますよって言っちゃった」

 わたしとトニーは顔を引きつらせて、無意識に身を引いた。
 す、好きって、ノエル。
 あなたって、そういう人だったんですか?

「よ、良かったね。でも、ボクはダメだよ、付き合えないよ」

 トニーは首を振って、牽制していた。
 ノエルはきょとんとした顔で、わたし達の反応を見ている。
 そこに背後から、聞き覚えのある男性の声がかけられた。

「うん、わかってるよ。トニーは見るからに苦手そうだったから、ノエルを呼んだんだ」

 会話に割り込んできたのはグレン様で、わたし達は席を立ち、姿勢を正して直立した。

「おはようございます!」

 三人声を揃えて朝の挨拶。

「うん、おはよう」

 グレン様は上機嫌で、昨夜のことを怒っている様子はなかった。
 ノエルとの一夜に満足されたようだ。

「キャロルにはすまないことをしたね。君なら好きそうだと思って呼んだんだけど、まさか泣くほど嫌がるとは思わなかったんだ」
「わたしこそ、昨夜は申し訳ありませんでした」

 深く頭を下げて詫びると、グレン様は謝らなくていいと手を振った。

「人間、向き不向きはあるからね。でも、誘われたぐらいで泣かないで欲しかったな。初心者だとわかっていたら、勝負ではなく、ゲームの楽しみ方を教えてあげたのに」
「そうだぞ。グレン様って教えるのも上手いんだ。オレも戦略ミスを指摘されて、ご指導していただいたんだ。勉強になったよ」

 ゲーム?
 戦略?
 違和感を覚えてトニーの方を見ると、彼も首を傾げていた。
 わたし達はグレン様とノエルに向き直り、違和感の正体を突き止めようと質問した。

「あの、グレン様はノエルと何をされていたんですか?」

 この問いに、グレン様とノエルは怪訝そうな顔をして、わたし達を見た。

「何って、チェスだけど」

 ノエルの答えに、頭の中が真っ白になる。

「じゃ、じゃあ、お尻が痛いとか、五回戦って……」
「白熱しちゃって五回戦までもつれこんだんだ。それで長時間、木の椅子に腰掛けてたもんだから、ケツが痛くなっちまってさ。クッション敷いとけば良かったよ」

 ノエルの説明を聞いて、呆然とする。
 トニーがわたしに「ごめん」と申し訳なさそうに小声で囁いた。
 あれは根も葉もない噂だったんだ。
 なんてことだろう。
 先入観で恥ずかしい勘違いをしてしまい、グレン様の前で泣くなんて醜態を晒して……。

 そしてわたしはあることに思い至った。
 レオンはわたしの勘違いに気づいていたはずだ。
 それなのに、訂正してくれないばかりか、それを口実に……。




 その後、休憩時間が重なる時を見計らって、レオンのところに飛んでいった。
 彼は人気のない木陰にいて、体に重りを幾つもつけて、練習用の剣で素振りをしていた。

「レオン!」

 声をかけて駆け寄ると、彼は剣を下ろして、首にかけていたタオルで汗を拭いた。

「どうしたキャロル。血相変えて、何かあったのか?」
「何かじゃないよ! 知ってたんでしょう!? グレン様がチェスの相手にわたしを呼んだこと!」
「ああ、知ってた。グレンのヤツは新人が入るこの時期は、新しい相手を探して声をかけてるんだ。毎年のことだ」
「じゃあ、教えてくれれば良かったのに、チェスの相手ならできたよ。それに、レオンとあんなこともする必要なかったはずでしょう?」

 チェスの相手なら喜んで付き合った。
 だまし討ちみたいに抱かれたことも、何だか悔しい。
 唇を引き結んで顔を上げると、レオンの表情が険しく変わっていた。
 肩を押されて、木の幹に体を押し付けられる。
 頭のすぐ横に、彼の両手が叩きつけられて、逃げられないように囲われた。
 瞳にわたしを捉えた彼は、低く唸り、ギリッと奥歯を噛みしめた。

「チェスの相手だとしても、一晩もお前を他の男と二人っきりにしておけるものか。昨夜のことも、オレには必要なことだった。愛している、誰かに奪われる前に、オレはお前を手に入れたかった」

 抱き寄せられて、荒々しく唇を重ねられた。
 親にさえ必要とされなかったわたしを、心から求めてくれるこの人を愛しいと思った。

「わたしも愛してる。レオン、大好き」

 腕を伸ばして抱きついて、自分から唇を寄せる。
 あなたはわたしの希望。
 ようやく追いつけた。
 幼い頃にした、あの約束通りに、二人で未来を歩こう。
 わたしとあなたが作る物語は、今から幕を開ける。


 END

副団長のバカップル観察記録

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