わたしの黒騎士様

エピソード3

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 【2】

 執務室に入ると、正面に事務机があり、我らが団長、ウォーレス=マードック様がこちらを向いて座っていた。

「よく来たキャロル。そして、何の御用でしょうか、姫」

 団長に困惑の面持ちで問われたエミリア姫は、ふんっと鼻息を荒くして前に進み出た。

「ウォーレス、わらわは許さぬぞ。どうせ、そなたのことじゃ、キャロルをうまく言いくるめて、レオンと別れさせる気であろう。最高の権限を持つ騎士団長といえども、そのような横暴がまかり通ると思うな」
「お言葉ですが、姫。確かにレオンは交際を宣言しましたが、キャロルからは何も聞いておりません。万が一、レオンが上級騎士の立場を利用してキャロルに交際を無理強いしているのであれば、私には止める義務があります。我が騎士団に所属する騎士は皆わが子、兄弟同然! 団長として見過ごすわけにはまいりません!」

 唾を飛ばして反論する団長に、エミリア姫は怯んで一歩下がった。
 そして、気を取り直すように咳払いをして、わたしに視線を向けた。

「まあ、その可能性を心配する、そなたの気持ちもわかる。では、キャロル。正直に答えよ。そなた、レオンに無理やり愛を誓わされたのか? 我らはあやつより立場が上じゃ。恐れることなく、本心からの答えを言うのだぞ」

 張り詰めた空気に身が縮む。
 正直な気持ち。
 レオンへの愛が本物かどうかなんて、考えるまでもない。

「わたしは故郷にいた子供の頃からレオン様のことをお慕いしてきました。黒騎士団への入団も彼の側で力になりたいと思ったからです。そして、彼もわたしを愛してくれました。わたし達の愛に偽りはありません」

 即答と同時に団長が椅子を蹴倒して席を立った。
 エミリア姫の目が剣呑に細められ、グレン様がため息をついた。

 団長はふらふらとした足取りで近寄ってくると、わたしの前に立ち、肩を掴んだ。
 血の気を失い、引きつった顔。
 救いを求めてすがりつく人のごとく、彼は叫んだ。

「嘘をつく必要はない、私を信じろ! 本意ではないのだろう? そうに決まっている! 私は指導者だ。誤った道に進みかけている若人を正しく導くのが我が使命なのだ!」

 わたしの肩から手を離すと、団長は天を仰いで両手を掲げた。
 演説をする聖職者か政治家のごとく、陶酔した空気を身にまとい、大声で語り続ける。

「古来より生き物はつがいが子を生すことで子孫を作り、繁栄してきた。男と女が結ばれる、それが自然なことなんだ! 同性が惹かれあっていては、いつか必ず滅びがやってくる! 私は世界の平和と人類の未来のために、あえて憎まれ役を買って出よう!」

 団長の演説はどんどんスケールが大きくなっていく。
 人類の未来って大げさすぎでしょう?
 グレン様も同じことを思ったみたい。
 彼は呆れ顔で首を横に振り、団長の演説に口を挟んだ。

「世の中、圧倒的に男女で愛し合う人間の方が多いんですから、同性カップルが多少存在していたところで人類は滅びませんよ。それより、キャロルもこう言っていることですし、後は個人の自由恋愛として見守るべきでしょう」
「そうじゃ、認めろ。往生際が悪いぞ、男らしくない」

 エミリア姫が畳み掛けて、団長を責める。
 グレン様に諭され、姫には詰め寄られて、団長はうぐぐと唸り声を上げた。

「失礼します!」

 睨み合いの続く執務室の扉の向こうで大声が聞こえた。
 団長の返事を待つことなく、扉が開かれる。

 駆け込んできたのは、レオンだった。
 遠方での任務をこなしてきた彼は、黒一式の鎧にマントの出で立ちで、兜を小脇に抱えて息をぜぇぜぇ切らせている。

「早かったな、レオン。帰りはどう急いでも夜になると予想していたんだが、任務の方は終わったのか?」

 団長が驚きで固まっていて、代わりにグレン様が声をかけた。
 レオンはギロリと団長を睨み、頷いた。

「与えられた任務は完了してきました。普段なら正騎士の仕事である地方への伝令を団長が命じたのは、オレの留守中にキャロルを手篭めにして、言うことを聞かせるためだったんですねっ!?」

 レオンが口にした団長への非難に、グレン様がこめかみを押さえて瞼を閉じた。

「レオン、手篭めじゃ意味が違うだろ。交際を考え直すように説得していただけだよ。誤解を招く君の発言は団長の名誉のために違うと訂正しておこう。それと、ついでだから、任務についての報告をしてもらってもいいかな?」

 グレン様に促され、レオンは姿勢を正して敬礼すると、団長に対して報告を始めた。

「嫌な予感がしていたもので、出発の時点から全速力で馬を飛ばし、昼までには伝令を終わらせて帰路につきました。途中で武器を携帯した盗賊団と遭遇しましたが、全員切り伏せて壊滅させ、近くに常駐していた警備兵の部隊に事後処理を任せてきました。馬は五頭ほど乗り継いで往復に使用。詳しい報告と必要経費を記した書類は後日提出します」

 報告を終えると、レオンはわたしの方を向き、初めて表情を緩めた。
 手を伸ばして、わたしを招く。

「間に合って良かった。キャロル、こちらに来い」

 呼ばれて拒む理由はなく、レオンの腕の中に飛び込んでいく。
 彼はわたしをしっかりと抱きしめ、互いに熱く濡れた瞳で見つめあう。

「おお、熱々じゃのう。どうじゃ、ウォーレス。こうまで見せつけられては、二人が両思いであると認めねばなるまいぞ」

 エミリア姫がこちらを冷やかしながら、団長に声をかけた。
 団長の表情は険しいままだ。
 頑固そうな太い眉が真ん中に寄って、さらに意固地な印象を与える。

「任務の件は、ご苦労だった。しかし、それとこれとは話が別! レオン、目を覚ませ! いくら見目良かろうと、相手は男だ! 世の中に目を向けろ、お前達の運命の相手は、この空の下で出会いの日を待っているはずだ!」

 熱心に男女交際は素晴らしい、同性愛は茨の道だと説く団長。
 一応、心配してくれてるんだよね?
 親心ゆえの反対と受け取ってはいるけど、この頑固さと思い込みはどうにかならないかな。

 一向に認めてくれない団長に、痺れを切らしたのはエミリア姫だった。

「ああ、うるさい! そんなにぐだぐだ言うなら、この二人を白騎士団に移籍させる! アドルフはそなたと違って理解があるぞ! 騎士団内でのアーサーとその恋人達の仲を見てみぬフリをしてやっているのだからな!」
「あれはとっくの昔に諦めているだけです! アーサー=メイスンの性癖はあそこまでいけば病気だ! この件と同一視するものではありません!」

 ああ、変な方向に話が流れていく。
 黒騎士団を離れるの?
 せっかく出会えた仲間達と別れるなんて嫌だ。
 レオンなら、なおさらだろう。
 ここは彼にとって、第二の故郷とも呼べる場所のはずだもの。

 レオンは息を吐き、まっすぐに団長を見据えた。

「認めていただけないのであれば、仕方ありません。我ら両名、姫のお言葉に従い、白騎士団へ移籍します」

 レオンの発言に団長が驚きで目を見開いた。
 わたしも驚いて何か言おうとしたけど、言葉が出てこない。
 だって、本当にいいの?
 今まで築いてきたものが、全部なくなるかもしれないんだよ?

「オレはここに来る前にキャロルと約束しました。彼がオレの後を追い、黒騎士団に入ることが出来れば、共に未来を生きようと。王家への忠誠心も、黒騎士団で受けてきたご恩も忘れてはいません。だが、オレにとって、キャロルも大切な存在です。幼き日の約束を果たしたオレ達は、今度は永遠に離れぬ愛の誓いを立てました。この騎士の剣にかけても、一度立てた誓いは必ず果たします」

 わたしが共に騎士として生きることを目指したから、レオンはその夢を叶えてくれるつもりなんだ。
 黒騎士団を離れる決意をしてまでも……。

「いや、ちょっと待て! 落ち着け、レオン。早まってはいかんぞ!」

 団長の方が狼狽しているように見えたけど黙っておく。
 もしかすると、態度を軟化させてくれるかも。
 期待を込めて、団長を見つめた。

「そこまで言うなら、確かめさせてもらおう。私と戦って勝て! そうすれば、お前達の本気を認め、これ以上の口出しはせん」
「二言はありませんね?」
「姫が証人になってくださる。我が剣と忠誠心にかけて、姫の御前で偽りは申さぬ」
「うむ、良かろう。どちらも約束を違えぬように、わらわが見張ろう、安心するがよい」

 レオンと団長のやりとりを聞いて、エミリア姫は証人となることを約束された。

「だが、勝負には相応しい舞台が必要じゃ。よし、わらわに任せておけ。最高の演出で盛り上げてやるぞ!」

 ぽんと手を打って、張り切りだした姫に、団長がぎょっとする。

「演出なぞ、不要です! この勝負は騎士団内の風紀を正すためのもの、必要以上に広めることではありません!」
「私闘と間違えられても困るだろう。わらわが許可を出したのだ、陛下にも話を通しておいてやる。きっと喜ばれるぞ。なんと言っても、そなたとレオンの勝負じゃ、見応えがあるぞ!」
「姫ーっ!」

 鼻歌を歌いながら軽やかな足取りで、エミリア姫は執務室を出て行った。
 マーカス様もついていく。
 団長は青い顔をして、手を伸ばしたまま固まっていた。
 扉が閉まると、グレン様がぽつりともらした。

「これが目的だったのか、あのお方も焚きつけるのがお上手だ」

 さっきのって、全部計算づくだったの?
 姫様、恐るべし。
 おかげで、レオンが勝てば黒騎士団に残れるようになったけど、団長もかなり強いはず。
 大丈夫だよね、レオン。
 わたし、あなたが絶対勝つって信じてる。




 レオンと団長の決闘は、一般にも公開されるため、公休日に闘技場で行われることになった。
 今回の試合について、黒騎士団どころか白騎士団にまで話が広がっていて、どこにいってもその話題でもちきりだ。
 そしてわたしはと言えば、不名誉な噂を立てられている。
 試合の日を迎えた今日、闘技場へ向かうべく城の敷地内を歩いていると、あちこちから無遠慮な視線を投げかけられた。
 遠巻きにこちらの様子を窺っている白い一団から、こそこそと囁きも聞こえてくる。

「おい、あいつだぜ。一級騎士を次々篭絡しているって、噂の従騎士」
「騎士団で、現在最強を誇るラングフォード様の恋人で、アーサー様もちょっかいだしてるらしいぞ。おまけに今度は黒騎士団団長のマードック様まで参戦か、すごいヤツだな」

 いつの間にか、勝負に到る経緯が捻じ曲げられていた。
 広まった決闘の知らせが一人歩きして、横恋慕した団長が、わたしを賭けてレオンに勝負を挑んだことになっていて、わたしは一級騎士を手玉に取る、魔性の少年と呼ばれていた。
 噂って怖い。
 黒騎士団の人達は事実をわかってくれてるからいいけど、この誤解はちゃんと解けてくれるんだろうか。

「おお、キャロル。やっと見つけた」

 エミリア姫がニコニコと不気味なまでに微笑みながら近寄ってきた。
 何か企んでませんか?
 口元に笑みを張り付かせながら、汗を一筋たらりとかいた。

「準備があるのじゃ。後はそなただけじゃ、はよう来い! マーカス、キャロルを運べ!」
「御意」

 姫の背後から進み出てきたマーカス様が、ひょいっとわたしを肩に担ぎ上げた。
 相変わらず無表情。
 この人は今回の騒動をどう思っているんだろう?
 仕事だから、私情を挟まず付き合っているんだろうか。
 彼の意思はともかく、姫の命令に従っている以上、わたしに逃げる術はない。
 船着場で運ばれる荷物みたいに担がれて、王宮内に攫われてしまった。




 連れ込まれたのは、豪華なドレスが幾つも飾られた部屋だ。
 大きな鏡もあり、開き戸の戸棚の中には宝石を散りばめたアクセサリーがたくさん入っていた。
 エミリア姫は誇らしげに胸を張り、それらの衣装や装身具を披露した。

「全てわらわのものじゃ。身長も体型も似たようなものであるゆえ、ちょうど良かった」
「あ、あの、準備って、わたしは何をすればいいのですか?」
「見てわからんか? これからそなたを勝者への褒美に相応しくなるよう、磨き上げるのじゃ」

 はあっ!?
 ぞろぞろと大勢の侍女達が室内になだれ込んでくる。
 彼女達が手に持っているのは、懐かしい女性用の下着。
 ドレスの下に着るキャミソールにドロワースやペチコートなど、絹の布地で豪華に仕立てられた下着を差し出された。

「さすがに、下着は新しいものを用意させた。遠慮なく身につけよ」
「ま、待ってくださいっ! わ、わたしは男ですよ! ドレスなんて似合いませんっ!」

 脱がされるとまずい。
 男であることを理由に切り抜けようとしたけど、姫はふふんと鼻であしらった。

「ドレスが似合えば、男も女も関係ない。そなたは磨けば光ると、わらわが申すのじゃ。まさか、主君の言葉を疑うのではあるまいな?」

 そう言われてしまれば、抵抗できない。
 悲しき臣下の定め。
 で、でも、着替えだけは自分でしないと。

「わかりました。ですが、下着は自分で着けますので、その間は席を外してくださいませんか?」

 侍女達が顔を見合わせている。
 姫は少し考えた後、納得してくれた。

「確かにこれだけの数の女人の前で裸になれとは酷であったな。わかった。続きになっているこちらの部屋に、みなで控えておるから、着替えが済めば呼ぶのだぞ」

 姫が侍女を伴って、隣の部屋に入っていく。
 マーカス様は部屋の外で、見張り番に立っているようだ。
 逃げてもどうしようもないから、脱出はすでに諦めているんだけどね。

 服を脱いで下着を手に取る。
 胸を大きく見せるための補正下着も置いてあり、無言でそれと自分の胸を見つめた。
 押さえて無くても、補正が必要な胸が悲しい……。
 女は胸だけじゃないんだ。
 開き直って装着し、残りの下着もつけていく。
 こんなものかな。

「姫様、着られました」
「うむ、では、開けるぞ」

 エミリア姫の指示で侍女達が動きまわる。
 コルセットでウエストを締められ、鮮やかな青いドレスに袖を通す。

「お肌も滑々で羨ましいですわ。これで男性だなんて、もったいない」

 侍女の中からそんな声がもれた。

「お髭もまだ生えていらっしゃらないご様子ですし、腕や胸毛の処理も必要はありませんね」

 女ですから髭と胸毛は生えてきません……。
 嘘をついている後ろめたさから、俯いてしまった。

「お化粧をしますから、顔をお上げになって」

 頬を挟まれて顔を鏡に向けられる。
 眉を整え、睫毛にも手入れが入った。
 粉白粉がはたかれ、様々な色を用いて、肌を美しく見せる仕上げが施されていく。

 化粧が進むと同時に髪にも着手される。
 長い金髪の鬘が運ばれてきて、頭に乗せられた。
 偽の髪は本物のごとく結われ、巻かれて、整えられていき、赤い宝石のついた髪飾りで華やかさを添える。
 さすが王女付きの侍女、美しい装いに関しては職人芸の域に達している。

「まあ、見てくださいな。とっても素敵に仕上がりましたわ」
「これならどなたも殿方だとは思いませんね」

 はしゃぐ侍女達の声を聞きながら、鏡を見つめる。
 鏡の中にいたのは、故郷にいた時と変わらない姿のキャロラインだった。
 女の姿をした、偽りのないわたし自身だ。

 馬子にも衣装だなぁ……。
 抱いた感想は自虐的だ。
 豪華な衣装が、二割り増しぐらいに見せてくれているだけ。
 わたしではなく身につけている物が綺麗なんだ。
 素直に喜べない自分が嫌になる。

 鏡に映る自分の姿と共に、年を重ねるごとに美しさの増していったシェリーのことを思い浮かべた。
 彼女の前では飾り立てることで生まれた紛い物の美しさなど無意味なものだ。
 シェリーなら、薄汚れた衣一枚だけでも輝いてみせるだろう。
 わたしの価値は、美しさの中にはない。

「なかなか良い出来栄えじゃ。やはり、わらわの見立ては確かじゃのう」

 エミリア姫が満面に笑みを浮かべている。
 その言葉に頷く気にはなれず、何も言うことなく微笑んでいた。

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