わたしの黒騎士様

エピソード5・レオン編

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 【4】

 出口を探すべく移動を始める。
 牢屋のある空間とは別方向に通路が延びている。
 出口に通じているのだろうか。
 牢を横目に通路を進み、角を曲がる。

 足を止め、目の前に広がる光景を見て、瞼を閉じた。

「大きなネズミね。なるほど……」

 通路を塞ぐように寝そべっていたのは、ネズミに似た魔獣だ。
 大きさはオレの二倍はある。

 魔獣はオレの気配に気づき、のそりと起き上がった。
 後ろ足で立ち、前足を持ち上げて威嚇の姿勢を取る。
 魔獣の目は獰猛に光り、口からは涎がだらだらと垂れ落ちていく。

 涎?

 殺気を感じて剣を抜く。
 魔獣は基本的に肉食だ。
 獲物は、自然に生きる獣から種族の違う魔獣、爬虫類に昆虫までと幅広く、極端に述べるなら動くものなら何でも口にする。
 この地下に大人しく住んでいるのなら、獲物となるべき動物が多数生息していることになる。
 自分の推測を重ね合わせて血の気が引いた。
 ここは魔獣の巣窟なのか?

 オレの想像は間違っておらず、ネズミ魔獣の背後に、別の動物の姿が視認できた。
 毒々しい色をした鳥型の魔獣や、牛の頭を持つ巨人など、何やらぞろぞろ集まってきている。

 古代遺跡の迷宮の奥か、辺境の地にしか現れないと噂される魔物達がこんなにいるなんて、ここは何だ?
 ありえない光景にめまいがしてきたが、向けられた幾つもの殺気を前にして現実に戻る。

 上等だ。
 オレとて、伊達に騎士団最強と呼ばれているわけではない。
 身につけた技と力が、魔界の化け物達にも通じることを証明してやる。

「確かに面白い場所だな。相手にとって不足はない」

 戦意を見せて構えたオレに、魔獣が咆哮を上げて襲い掛かってくる。
 うなりを上げて迫ってくる敵の右腕を後ろに飛んで避ける。
 床石を叩き割った一撃を冷静に見つめ、着地した足を蹴りだし、懐に飛び込む。

 気合を込め、相手の頭上から胸の急所まで、一気に剣で切り裂いた。
 切り口から血が噴出す前に剣を引き、倒れる体の脇をすり抜け、魔物の群れめがけて飛び込んでいく。
 逃げても後ろは行き止まり。
 それならば、出口を求めて走るだけ。
 邪魔をするものだけを蹴散らしていけばいい。

 魔獣の半数は、オレが倒した魔獣に群がっていった。
 ここは弱肉強食の世界。
 ハイエナのようにおこぼれに与るのも生き抜く知恵か。

 他の魔獣は怯む様子を見せたものの追いかけてくる。
 しかし、それほど素早いものはいないようだ。
 何匹かを一刀のもとに切り伏せると、追撃の手が緩んだ。
 機を逃さず、全ての気配を振り切って通路を走る。
 魔獣達の気配が薄れたのを確認してから、速度を緩め、歩きに変えた。




 出口を探して探索を始めてから、かなり経つ。
 曲がり角や分岐路がすぐに現れ、すでにスタート地点すらもわからない状態だ。

 どれだけの時間が経ったのだろう、夜明けがまだきていないことを祈る。
 キャロルはシェリーの言うことを信じるだろうか。
 いいや、オレ達の絆はそんな脆いものじゃない。
 キャロルを信じよう。
 そして、一刻も早くここから出るんだ。




 行く手を遮るように現れる魔獣と戦い、埃と蜘蛛の巣を振り払いながら先へと進む。
 心に微かに諦めの気持ちが浮かんできた頃、通路が開けて広間に出た。
 不思議な紋様が壁一面に刻まれており、オレの気配を追ってきた魔獣達は、広間に足を踏み入れることなく引き返していく。
 何か特殊な結界が張られているのか?
 よく広間を観察してまわると、小さな石の扉を見つけた。
 大人一人が通れるサイズの扉だ。

 出口であることを願い、取っ手に手をかけて引く。
 扉はゆっくりと開いていき、山の向こうにほんのりと明け始めた空が見えた。
 外だ。
 出られたんだ。

 外に出て、大きく息を吸って吐いた。
 振り向くと、岩壁の上に屋敷が見えた。
 地下をさまよって、屋敷の裏手に出たようだ。
 あの広間は結界になっていて、魔物を外に出さないようにしていたのだろう。

 気を引き締めて、草木の間を抜けて道に下りた。
 まだ日は昇っていない。
 オレの感覚が正しいなら、地下に落とされてから夜は明けていないはず。
 間に合ってくれ。

 着衣も体も汚れていたが、構っている時間はない。
 屋敷に続く坂道を駆け上り、開いていた屋敷の門から飛び込んだ。

「ご、ご無事でしたか、ラングフォード様!」

 オレを見て、駆け寄ってきたのは、セバスチャンとかいう執事だ。
 シェリーに逆らえず、昨晩の企みにも参加していた。
 咎めだてるのはやめておこう。
 雇われ者の身では、あのシェリーに逆らうことは難しいだろうしな。

「キャロルとシェリー殿はどこだ?」

 オレの問いに、セバスチャンは怯えて身を竦めた。

「シェリー様はキャロライン様のお部屋につい先ほど……。お二人のお部屋は二階にございます」

 セバスチャンに大まかな部屋の位置を聞いて、屋敷の中に入る。
 使用人達が驚いた顔を一斉に向けてきたが、無視して階段を駆け上がった。

 キャロルの寝室は……、ここか!

「キャロル、ここにいるのか!」

 室内に乗り込むと、キャロルとシェリーは抱き合って笑いあっていた。
 キャロルがオレに気づき、目を丸くする。
 シェリーはというと、自分の企みが失敗したせいでか、悔しそうに歯噛みして睨んできた。
 オレもいい加減、頭に来ていたので睨み返す。
 すると、シェリーは表情を怯えたものに変え、キャロルにすがりついた。
 今さら殊勝な態度で謝ってきても許さない。
 悪さも過ぎると、少しお灸を据えてやらないといけないな。

「シェリー殿、昨夜は面白い場所に案内してくれて感謝する。一晩中楽しめたよ」

 目一杯の皮肉を込めて、声をかけた。
 オレのただならぬ怒りを感じ取ったのか、キャロルが慌ててシェリーを背中に庇った。

「レ、レオン、シェリーを怒らないで。これには理由があったのよ、怒るならわたしを怒って。あなたが大変な目にあったのは、その格好を見ればわかる。気が済むなら、殴ってくれてもいいよ」

 どうやら誤解は生じていないようだ。
 キャロルはシェリーの企みを知った様子だ。
 ただ、あの本性だけは隠し通したらしく、キャロルは気づいていないみたいだが……。

 しかし、困った。
 キャロルを殴れるわけがない。
 だからといってシェリーにも手を上げる気はない。
 どんなに裏があろうとも、女には違いないからな。

「いや、殴るとか、そういうことはしないが……。ただな……」

 じゃあ、なんの罰を与えればいいんだ?
 思考がまとまらず、無意識に頭を掻いていた。

 オレが言葉を捜している間に、シェリーがおずおずと前に進み出てきた。
 キャロルの目を意識してか、表情は変わらず、頭を深く下げた。

「レオン殿、申し訳ありません。あなたを地下室に閉じ込めるだなんて、わたしはなんてことをしてしまったのかしら。キャロルを取られて悔しかったんです。どうぞ、お好きなように罰してください」

 ち、地下室だと!?
 人を魔獣の巣窟となっている地下迷宮に落としておいて、それでごまかす気か!

 シェリーの謝罪は本心からのものではない。
 キャロルに真相がバレないように、この場を自分に有利な方へ丸め込む気だ。
 そうはさせるか。

 オレが反論を口にする前に、キャロルが再びシェリーを庇った。

「レオン、シェリーを許してあげて!」

 必死に妹のために頭を下げ続けるキャロルを見て、どうしても真相が言えなくなってしまった。
 キャロルがショックを受ける姿は見たくない。
 オレはこんな姿だが無事だったわけだし、キャロルのためだ。
 ここは我慢だ。

 気が抜けて、ため息を一つつく。

「もういい。今回のことはキャロルに免じて水に流そう」

 そうだ。
 キャロルの願いだから聞いただけだ。
 これに懲りて、シェリーがまともになってくれるなら、怒りを堪える意味がある。

「ありがとう、レオン!」

 キャロルは喜びと安堵を声に出し、ホッとしたように笑ってくれた。
 その後ろでシェリーが不敵に微笑んでいる。
 おい、さっきのしおらしい態度はどこにいった。
 この女、全然反省してないな。

 将来、オレの義理の妹になる、キャロルの最愛の妹は、とんでもない裏表の激しい女だった。
 この程度の障害でキャロルへの愛が揺らぐことはないが、頭痛の種であることは間違いない。
 そして、この後オレはさらに思い知る。
 厄介なのは、妹だけではなかったことを。




 汚れた体を洗い、朝食を食べた後、キャロルの両親に交際の報告をした。
 伯爵は無言で話を聞き終え、「わかった」と一言呟いた。
 これは許してもらえたのか?
 反応をどう解釈していいのか悩んでいると、伯爵が立ち上がった。

「レオン殿に話がある。大事なことゆえ、書斎までご足労願えるかな? ああ、キャロルはここで待っていろ」

 オレだけに話?
 何だろう?

 伯爵に続いて廊下を歩き、書斎へと入る。
 オレがドアを閉めると、伯爵は奥を向いたまま、こちらを見ずに話し始めた。

「あれから十六年も経つ。私達夫婦に神が二人の天使を授けてくださった、あの瞬間のことは今でも忘れていない」

 何の話だ?
 十六年前に天使が二人って、キャロルとシェリーのことか?

「幼い頃の二人はそれはそれは可愛かった。背中に真っ白な羽根が生えていても驚かなかっただろう。いや、今でも可愛いぞ。この世にあの二人より、愛らしい少女はおらん。だが、私は領主だ。そして娘達は次代のこの地を治める後継者だ。いつまでも甘い顔をしていては、教育の妨げになる。そう決意して、心を殺し、厳しい父親を演じてきた。君にわかるかね、レオン殿。愛しい娘に触れたくても、抱きしめることすらできない私の苦悩が、口惜しさが!」

 伯爵は一人で盛り上がって独演状態だ。
 オレは相槌を打つことも忘れて、呆然と突っ立っていることしかできない。

「キャロルには特に厳しく接してきた。それも全てあの子の将来のため。辛いなら、別の道を生きてもいいのだと何度言いたかったことか。キャロルが騎士団入りしたことは確かに衝撃だった。寝込むほど悩んだが、それはあの子が跡継ぎになることを嫌がったからではない。キャロルが騎士団に入ると決めた理由が、好きな男を追っていったのだと知ったからだよ!」

 伯爵がオレを振り返った。
 目が血走っている。
 いつの間にか伯爵の手には、物騒な武器が握られていた。
 それはクロスボウと呼ばれる弓だった。
 矢をつがえて放つ通常の弓と違い、台に固定した弓と弦に矢を装填して引き金を引くタイプのものだ。遠距離まで矢を飛ばすことができ、威力は通常の弓の数倍は有る。
 矢はすでに装填され、いつでも発射できる状態だ。
 この近距離で頭でも打たれれば、間違いなく即死する。

「レオン=ラングフォード。まさか、貴殿がキャロルに剣を教え、騎士団入りを決意させた男であったとは知らなかった。その上、命より大事な我が娘を、私の許可を得る前に手篭めにしおって! 返答次第によっては生かして帰さん! キャロルを生涯愛しぬくと誓うのだな! 誓いを破った時には地の果てまで追いかけて、その全身に矢を射掛けてなぶり殺してくれようぞ!」

 伯爵は尋常ではない殺気を放ち、オレを威嚇してきた。
 この親父ならやりかねない。
 娘のためなら神にさえ弓を引くであろう、底知れぬ恐ろしさと深い愛情を感じとった。

「はい、オレは生涯キャロルを大切にします。ご安心ください」

 伯爵の目を見つめ、はっきりした声音で宣言する。
 すると、伯爵はクロスボウを下ろし、床に膝をついた。
 クロスボウがごとりと音を立てて落ちる。
 両手で顔を覆って、伯爵は嘆き始めた。

「くおおおっ! キャロル! 他の男に嫁ぐなんてまだ早すぎるじゃないか! もっと我が手の中でゆっくり育っておくれ! お父様は寂しいよぉ!」

 それが本音か。
 家人の前で感情を殺している分、爆発した時の落差がすごいんだな。

 キャロルは自分で思っている以上に、家族に愛されている。
 父親と妹のキャロルへの偏愛の凄まじさに圧倒されながらも、心のどこかで安堵していた。




 帰りの道中、同行者は二名増えていた。

「まあ、あれが王都なのね。とっても大きい」

 遠目からでもそれとわかる、城を有した町並みを見つけてシェリーが声を上げた。
 オレの前列の座席に、キャロルとシェリーは仲良く並んで座り、飽きることなくお喋りを続けていた。

「着いたら街を案内してあげる。お勧めのお店もたくさんあるの」
「約束よ。お休みの日は一緒に遊びに行きましょうね」

 シェリーはキャロルに抱きついて甘えている。
 傍から見れば仲の良い姉妹の微笑ましい光景のはずなのだが、シェリーの本性を知っているオレとしては素直な目で見ることができない。

 出発の前日になって、シェリーが王都に行くと言い出したのだ。
 前々から用意していた王都に出す支店の準備が整い、オレ達と一緒なら道中も安全だからと父親を説得したのだ。
 おかげで、オレはまたもや伯爵にクロスボウを向けられ、娘を頼むと念を押された。
 血迷ってシェリーにまで手を出したらどうなるかわかっているだろうなと、夢にまで見そうな凶悪な脅しつきで。

 ため息をついて、横にいる初老の男の様子を窺う。
 執事のセバスチャンもお目付け役兼補佐として、シェリーのお守りを任されたそうだ。
 カバンを抱えて居眠りをしている彼は、時々苦悶の表情で呻き声を上げていた。
 どうにも気の毒になり、窓へと視線を移して見なかったフリをする。

「屋敷は騎士団の敷地に近いの。いつでも来てね、待ってるからね」
「うん、必ず行くよ」

 しかし、楽しそうだな、キャロル。
 オレがいなくても、シェリーがいればいいんじゃないか?
 絶えず聞こえてくる笑い声につい嫉妬してしまう。

 ふと、二人の視線がこちらに向けられた気配がした。
 視界を窓から前へと移動させると、シェリーが相変わらずの胡散臭い笑顔を向けていた。

「レオン殿も、ぜひいらしてくださいね」

 心とは相反する言葉を、いとも容易く口にする。
 まだオレの抹殺を諦めてはいないだろうに、長年被り続けてきた化けの皮はそう簡単には剥がれないようだ。

「そうだな、キャロルと一緒に行かせてもらう」

 努めて普通に受け答えたつもりだったが、顔が引きつっているのが自分でもわかった。
 少なくともキャロルの前でだけは、シェリーは借りてきた猫のようにおとなしくなる。
 キャロルに嫌われることを恐れて必死なのだ。
 そういうところに救いが残されていると思っていいのだろうか。

 これからは休日のたびに、シェリーの邪魔が入りそうだ。
 キャロルは嬉しそうだが、オレは憂鬱だ。
 暗雲の立ち込める明日からの生活を思い、すでに何度目かわからない盛大なため息をついた。


 END

副団長のバカップル観察記録

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