わたしの黒騎士様

エピソード6

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 【2】

 次の休日。
 日用品の買出しに、街へ行こうと寮を出た。
 黒騎士団の正門を抜け、白騎士団の敷地に面した道を歩いていた時のことだ。

「お兄ちゃんのバカー!」
「うるせぇ、オレには関係ねぇって言っただろうが! そんな用事なら、すぐに帰れ!」
「うわーんっ!」

 白騎士団の門から女の子が泣きながら走り出てきた。
 絵を見せてくれた孤児院の女の子だ。
 一人でオスカー様に会いにきたみたい。
 多分、ナタリーさんのことで来たんだろう。
 小さい子なのに泣かしちゃって、オスカー様ももっとうまく対応できないのかな。

「ねえ、待って」

 女の子を呼び止めて、ハンカチを差し出す。
 彼女は口を引き結び、ぼろぼろ涙をこぼしていたので、ハンカチで拭いてあげた。

「金髪のお兄ちゃん」

 彼女はわたしをそう呼んだ。
 あ、この子に名前は教えてなかったか。

「わたしはキャロルだよ」

 涙が引っ込むようにと笑いかける。
 つられて彼女も笑ってくれた。

「これから街に出かけるところだったんだ。ついでに送っていってあげる」
「うん、キャロルお兄ちゃん。あたし、ケイっていうの」

 屈託のない笑顔で彼女は名前を教えてくれた。




 わたしはケイと手を繋いで、貧民街に入った。
 さすがというか、彼女は幼いながらも危険の避け方を身につけていた。
 大通りや死角のない道をきちんと選び、教会までたどり着く。

「ただいまー」

 ケイが呼びかけると、ナタリーさんが慌てて出てきた。
 ケイのことを探していたみたい。

「ケイ、どこに行ってたの?」

 ナタリーさんはケイに声をかけて、わたしに気づくと、ハッとしたように立ち止まった。

「こんにちは」

 頭を下げて、とりあえず挨拶をしてみた。




「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしたようで」
「いいえ、わたしが勝手に送ってきたんです。気にしないでください」

 子供達がお昼寝を始めたので、わたしとナタリーさんは別室で話していた。

「子供達にはよく言って聞かせておきます。これ以上、オスカーにも迷惑はかけられませんしね」
「そのことですけど、子供達の言っていることは本当ですか? ナタリーさん、あの人と結婚したくないんじゃないですか?」

 わたしの質問に、ナタリーさんは目を逸らした。
 すぐに否定の言葉が出てこなかったことで、わたしは質問の答えは肯定だと受け取った。

「お節介だということは十分承知しています。だけど、もしもあなたが心から結婚を望んでいないのなら、事情を話してもらえませんか? あんなに一生懸命、お二人を結び付けようとしているケイがかわいそうで気になるんです」

 ケイへの同情を口にしたわたしに、ナタリーさんは気を許したのか話し始めた。

「結婚とみんなには言っていますが、あの人には奥様がいらっしゃるんです。愛人も大勢いて、私もその一人になります。彼の気が向いた時にこちらを訪れ、関係を結ぶだけで今のままの生活を保障していただく約束をしました」

 信じられない話を聞いてしまった。
 それじゃ、そこに愛情なんてないじゃない。

「い、いいんですか、それで? 子供達のために、好きでもない人の愛人になるってことですよ?」

 ナタリーさんは苦笑した。
 手元に目線を落とし、自嘲気味に呟く。

「いいんです。元々、私はそうやって、子供達を養ってきたのですから」

 頭の整理が追いつかない。
 絶句しているわたしに気づいたものの、ナタリーさんは迷いを振り切るように話を続けた。

「知り合ったばかりのあなたに、こんな話をするのは非常識だとわかっています。でも、よろしければ聞いてもらえませんか? 一人で胸に秘めておくほど、私は強くないんです」

 乗りかかった船だ。
 こうなったら、とことん付き合おう。
 わたしは姿勢を正して、彼女の話に耳を傾けた。

「父は牧師で、身寄りのない子供達を引き取って、共に生活をしていました。母は私が幼い頃に亡くなりましたが、父は貴族や富豪の屋敷で家庭教師をしながら、男手一つで私達を養ってくれていました」

 そのお父さんは、ナタリーさんが十五の時に亡くなった。
 ケンカの仲裁に入って、人を庇って刺し殺されたそうだ。
 ナタリーさんは父親の最期を語るとき、悲しみを滲ませながらも、誇らしい顔をしていた。

「父は立派な人でした。だからわたしも人の役に立つ人間になろうと思った。父が遺してくれたこの家と家族を、どんなことをしてでも守ろうと決意した。だけど、私には父のように子供達を養えるほどの収入を得ることはできませんでした。そんな時、礼拝に来ていた男の人達が話しかけてきたんです。特別に相手をしてくれたら、寄付金をたくさんあげるからって」

 思い出しているのか、ナタリーさんの声は震えていた。
 その頃は、今より福祉は充実しておらず、国の援助もなかったそうだ。
 彼女はそれが売春の誘いだと知らずに頷いた。
 そして犯された。

「他に生き抜く手段がなかったから、私は彼らを受け入れました。どんな言い訳をしようとも、私が体を売ったことは事実です。この体は穢れている。人に愛される資格なんてないんです」

 自分の体を抱きしめて、彼女はつらい過去を告白した。
 穢れていると自らを責めるほど、その行為が耐え難いものであったと知ることが出来る。
 慰めの言葉も出てこず、わたしは黙したまま話を聞いていた。

「オスカーと出会ったのは、父の葬儀を終えた日のことでした。墓地からの帰り道で、瀕死で道端に倒れていた彼を見つけたんです。信じられないでしょうけど、貧民街ではよくあることなんです。何らかの理由で親のいない子供が、飢えて盗みを働き、手ひどい制裁を加えられて死に至る。それこそ昔は日常茶飯事の光景でした」

 ナタリーさんはオスカー様を助け、新しい家族として迎え入れた。
 野山で寝起きし、狩りをして、時には人里で物を奪うことで糧を得ていた彼は、読み書きもできず、自分の名前すら知らなかったそうだ。
 彼の名前をつけたのも、人としての生き方を教えたのもナタリーさんだ。

「あの子は物覚えが良くて、教えたことはすぐに理解して知識にしていきました。幸い王都の図書館は無償で開放されていますから、彼はそこで勉強をしていました。夜になると、学んだ成果を教えに来てくれるんです。始めは獣みたいに食べることと眠ることにしか興味のない子だったのに、次第に人間らしく成長していく姿を見て、私は我が事のように嬉しかった。苦痛でしかなかったあの行為にも耐えることができた」

 ナタリーさんは過去に想いを馳せて微笑した。
 大切な家族だと言った言葉に偽りはない。
 父親を亡くした彼女にとって、オスカー様の存在は生きる支えになっていたんだ。

「ある日、私が体を売っていることを、オスカーに知られてしまいました。全てを受け入れて、神に感謝の祈りを捧げる私に、彼は怒って言いました。神様は何もしてくれない、祈るだけ無駄だって。その言葉の通り、彼は自分の力で私を救ってくれました。地下の闘技場で殺し合いをして、多くのお金を持って帰ってきたんです。まだ十二ぐらいの小さな男の子だったのに……。どれだけやめて欲しいと言っても聞き入れてくれず、騎士団に入るまでの四年間、オスカーは剣一本で、私とこの家を守ってくれたんです」

 わたしに絡んできた男達が口にしていた地下闘技場の殺戮王とは、その当時のオスカー様の戦いぶりを恐れて人々がつけたあだ名だ。
 オスカー様の意外な過去は、片鱗でさえ、わたしの想像を遥かに超えるものだった。

 その後、国から補助金が出るようになり、心ある慈善家からの寄付金も増え、孤児院の運営は持ち直した。
 本当のことを言えば、愛人になるほどお金には困っていないのだと、ナタリーさんは打ち明けた。

「騎士団に入ってからも、オスカーは援助を続けてくれました。その上、休日には帰ってきて私を手伝い、先日のように子供達の面倒も見てくれています。でも、これ以上、縛り続けることはできない。一級騎士となり、爵位まで授かった彼にはもっと相応しい人がいるはずです。私は枷になりたくない、もう自由にしてあげたいんです。私が結婚したとなれば、彼も気兼ねなく離れることができるはず。そう考えた時に、あの人が近づいてきたんです」

 あの男性が体目当てで近寄ってきたことを承知で話を受けたんだ。
 オスカー様のために。

 ナタリーさんはオスカー様のことが好きなんだ。
 迷惑になりたくないから身を引くって、なんて悲しい決断だろう。
 でも、待って。
 オスカー様は援助のことは迷惑そうじゃなかった。
 どうしてナタリーさんは彼の好意を疑うんだろう。

「ナタリーさんはどうしてオスカー様の迷惑になるなんて思うんですか。あの人が今まで援助を続けてきたのは、ナタリーさんのことが好きだからだと思うんです。自分の考えだけで決め付けるのはよくありません。それに、愛人になんてなってはだめです、もっと自分を大切にして。一度、オスカー様ときちんと話し合ってみてください」

 疑問を率直にぶつけ、考え直して欲しいと訴えると、ナタリーさんは首を横に振った。

「オスカーは私を愛してはいません。それだけは確かなんです」

 そう言った彼女の瞳には、諦めの気持ちが浮かんでいた。




 ナタリーさんの話を聞いて、ますます放っておけなくなった。
 絶対、二人は両思いで、何らかの理由ですれ違っているんだ。
 こうなったら、オスカー様を動かすしかない。
 ケイの言ってたことは、的外れな思い込みじゃない。
 ナタリーさんは、オスカー様が迎えに来てくれるのを待っているんだ。

 わたしは空いた時間ができると、白騎士団の敷地に走った。
 オスカー様はちょうど外を歩いていたので、すぐに見つけることができた。

「オスカー様、お話があるんですっ!」

 いきなり訪ねて来たわたしに、オスカー様は怪訝な顔を向けたけど、一応話を聞いてくれた。
 だけど、わたしの用件を聞くなり、彼は怒りを露わにして拒絶した。

「やかましい! お前には関係ねぇだろ! 余計な首を突っ込むな!」

 怒鳴られたけど、めげるわけにはいかない。
 気圧されそうな自分を心で叱咤して、怒鳴り返す。

「もうすでに関係者です! ナタリーさんと子供達はわたしの友達です! 次のお休みはいつですか!? 一緒に彼らを訪ねましょう! 必ず付き合ってもらいますよ!」
「オレは行かねぇっつってるだろうが! 行くなら一人で行け!」

 有無を言わせぬ勢いで言い放つと、オスカー様は足早に去っていった。

 この意地っ張り!
 ナタリーさんのこと、ずっと守ってきたくせに。
 好きならはっきり言えばいいんだ。
 どうして我慢するの?
 自分が身を引くことで、ナタリーさんが幸せになれると本気で思っているの?
 わたしは諦めない。
 意地でもオスカー様を、ナタリーさんのところに連れて行く。




 オスカー様を追いかけ始めて早一週間。
 敵は想像以上に手強い。
 毎日、孤児院の子供達が交代でわたしを訪ねてくるのだが、芳しい報告をすることはできなかった。

「今日もだめだった?」

 わたしの報告を聞いて、がっかりと項垂れたのはケイだ。

「ごめんね、ケイ。でも、まだまだ諦めないからね」
「ううん、キャロルお兄ちゃんが頑張ってくれてるの、みんなわかってる。ありがとう」

 ケイは笑顔をわたしに向けて、手作りのカードを二枚差し出した。

「明日はあたしの誕生日なの。夕食の時にお祝いしてもらうの。これ、招待状ね。オスカーお兄ちゃんが来れなくても、キャロルお兄ちゃんだけでも来てね」

 招待状を受け取って、わたしは頷いた。

「うん、遅くなっても行くからね」

 帰っていくケイを手を振りながら見送って、気合を入れ直す。
 よし、気落ちしている暇はない。
 わたしにできることを頑張ろう。




 その日は結局、オスカー様を捕まえることができなかった。
 うう、明日は必ず捕まえてやるー。

 決意を新たにして、ベッドの上に寝転がる。
 レオンの匂いが微かにしてて、とても落ち着く。
 今ならオスカー様を説得する良い考えが浮かばないかな?
 うーんと、唸りながら寝返りを打った。

「キャロル」

 名前を呼ばれた。
 顔をそちらに向けると、レオンが難しい顔をしてわたしを見下ろしていた。
 寝にきたらしい彼に気づいて、わたしは少し動いて場所を譲った。

「あ、ごめんね。真ん中に陣取ってた」
「いや、いいんだ。それより、キャロル……」

 レオンがわたしの上に覆いかぶさってくる。
 目を閉じて、キスを受け入れた。

「……ん…ぅ…」

 口内に舌が入ってくる。
 吸い付くような激しいキスに違和感を覚えた。
 焦っているみたいに、レオンはわたしの唇を貪っていた。

「キャロル、オレのこと好きだよな?」

 レオンの問いに目を開けた。
 至近距離で見つめ合った彼の瞳は、頼りなさげに揺れていた。

「当たり前だよ、大好き」

 何があったのかは知らないけど、わたしの答えは決まっている。
 彼の首に腕をまわして、もう一度唇を寄せてキスを誘う。
 幾度も唇を重ね合わせて、熱い息を吐いた。

「愛している、キャロル。誰よりもだ」
「わたしもよ、愛してる。言葉だけじゃ足りない。あなたが欲しいの」

 レオンの手が、わたしの肌に触れた。
 パジャマの上着が肌蹴られ、胸元まで剥き出しにされる。
 胸の膨らみを手の平で包むように揉まれ、指先で先端を軽くつつかれた。

「…っあ……、くすぐったい……」

 胸を弄られて、快感でむずむずしてくる。
 レオンの手はちょっぴり冷たかった。
 そのせいもあってか、触られているうちに乳首が次第に硬くなってくる。

「胸ばっかり、やだぁ……、…んぁ……他のところも…触って……」
「どこだ? 言ってみろ、触ってやる」

 意地悪な質問。
 耳元で囁いて、彼はわたしの首や肩に幾つもキスを落とした。

「ぁあん……、言えないよぉ……」

 熱くなってきた下腹部に、レオンの愛撫の手が迫る。
 ズボンを下ろされて、下着ごと脱がされた。
 足の間に手が滑り込んできて、指が割れ目に沿って動く。
 愛液が湧き出て、彼の指を濡らし始めると、滑りを利用して奥まで入れられた。

「あっ」

 異物を受け入れるのと同時に、ぎゅっと入り口が締まる。
 びりびりと電気が走ったみたいに快感が身を貫き、声を上げた。
 レオンの指がわたしの中をかき回して、感じる場所を突いてくる。

「んっ、んっ、あっ、あはぁ……、やっ、ああっ……」

 まだ指だけなのに、イキそう。
 達する快感に身を任せようとした時、レオンは突然指を動かすのをやめた。
 中問半端に止められてしまい、どうしようもないもどかしさに震える。

 目に涙が滲んできて、わたしは彼の腕を掴んだ。

「意地悪しないで。……イキたいよぉ……」

 懇願の声を上げると、レオンは熱のこもった瞳でわたしを見つめた。

「じゃあ、オレを愛していると言え」
「うん…あ、愛してる。レオンのこと好き、愛してるよぉ……」

 指が抜かれる。
 代わりに入ってきたのは、レオン自身だ。
 熱いそれに貫かれて、わたしの体は歓喜で反り返る。

「あっ、ああっ」

 仰向けで足を広げた格好のわたしを、レオンは正面から貫く体勢で腰を動かした。
 彼はわたしの胸元に顔を埋め、小さいながらも微かに揺れている乳房に口付ける。
 乳首を口の中で弄ばれて、彼を受け入れているわたしの中がますます潤う。

「……うぅん……イク……、ああっ、ああんっ!」
「キャロル、……ぁう……、くぅ……ん……っ」

 レオンの熱い吐息を感じる。
 両腕でしがみつき、彼の体に足を絡めた。

「キャロル、お願いだ……。オレに言葉だけじゃなく、お前の……全てをくれ」

 切なげに、レオンはわたしに囁いた。
 欲しいのはわたしも同じだよ。
 この瞬間、あなただけが、わたしの全てを支配する。

 彼と繋がり、上り詰めていく。
 一番幸せを感じる時間。
 揺さぶられて喘ぎながら、わたしは全身でレオンを感じた。




 幸福の時間は、いつしか甘い拷問に変わっていた。
 今日のレオンは一回で終わってくれず、達してもすぐに体を弄られ、彼が回復するなり交わりを再開する。
 わたしはベッドの上に四肢をつく体勢に這わされて、背後から突き入れてくる彼の動きに合わせてお尻を振っていた。

「ああんっ、ふぇ、もう、もういいでしょう? 疲れたよぉ」

 頭は疲労を訴えているのに、体は彼に快感を呼び起こされて、愛液をたっぷり溢れさせている。
 レオンの手の平が胸を撫で擦り、乳首を摘ままれて腰がびくりと跳ねる。

「だめだ。キャロルの体にオレを教え込むんだ。なぁ、キャロル。オレが大好きだろう? オレのことしか考えられないようにしてやるからな」

 レオンは何を言っているんだろう。
 わたしはあなたのことしか考えていないのに。
 ぼうっとしている頭の中は、レオンと彼のたくましい体のことしかない。

「ああっ、ぁあああんっ!」

 大好き、愛してる。
 わたしはレオンにその言葉を何度もねだられ、絶頂に導かれるたびに繰り返した。
 こんな激しいえっちは初めてかも。
 今夜のレオンはおかしいよぉ。

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