我が愛しの女王陛下

第四章・王宮魔術師リュカ=ルサージュ

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 【2】

 回想から戻り、塔へと入る。
 階段を上って最上階の部屋に着くと、扉を開けた。

「お師匠様、リュカです」

 声をかけながら部屋を覗くと、室内はものすごく汚かった。
 危険な薬品も扱っているからと、師匠は掃除に侍女を寄越すことを断っている。
 断るぐらいなら自分で掃除すればいいのに、あの人は実験に集中し出すと、身の回りのことはまったく気にならなくなるのだ。

 部屋中に所狭しと大量の書物が乱雑に積まれ、床は散乱する殴り書きのメモで埋まっている。
 使用済みのガラス瓶や調合道具は流し台に放り込まれて、数日放置されていたと思われる。
 ごちゃごちゃした印象の部屋の中で、僅かに空いたスペースに、悪臭を放つ黒い塊が転がっていた。
 いや、あれは師匠だ。
 良く見れば、この部屋には食べ物が見当たらない。
 まさか、また研究に没頭して、数日食事を抜いたのか。

「生きてますか、お師匠様ーっ!」

 大声で呼びかけると、弱々しく右手が上がった。
 意識はあるようだ。
 まったく、なんて世話のかかる人なんだ。

 ボクは散乱するメモや本をどけて、師匠を抱き起こそうと試みた。
 うわあああっ! 臭い!
 何日入浴してないんだっ!?

「リュカ、リュカ……。水をください……。三日ほど、何も口にしてないんです……」

 息も絶え絶えに水を求める師匠の姿は壮絶だ。
 髪は汚れてボサボサで、痩せ細った顔は無精髭が伸び放題、何日も着たままと思われる衣服と不潔な体が放つ体臭が合わさって強烈な臭いが発生し、上品で気弱な貴婦人なら一瞬で気絶してしまうほど汚らしい。
 元は整っているのに、手入れを怠るだけで世にもおぞましい生物に変わることを身を持って知らしめている。

「こんなになるまで日常生活を放棄するなんてアホですか! 薬草の世話だけじゃなくて、自分の世話もしてください! 今、水とお粥を持ってきますから、もう少しだけ辛抱してくださいよ!」

 急いで水を運び、厨房でお粥を作ってもらった。
 師匠がゆっくりとそれらを咀嚼してる間に、窓を開けて部屋を片付ける。
 あと一日でも遅かったら、物言わぬ死体とご対面してたかもしれない。
 ボクが忙しい時は、定期的に使いを出して安否を確かめよう。

 食べ終えた師匠の衣服を剥ぎ取り、本人は階下にある浴室に引っ張っていき、湯を張った浴槽に放り込む。
 弱った師匠が溺れないように見張りながら、泡立つまで体や髪を何度も洗った。

「あー、人に頭を洗ってもらうのって、気持ちいいですねー」
「不摂生して倒れた自業自得のお師匠様を介護してあげている弟子の前で、そんな暢気なことを言わないでください。腹が立つので魔法を使って全身ずぶ濡れにして、竜巻で吹き飛ばしながら乾かしてもよろしいですよ? その方が、ボクも楽ですし」
「ごめんなさい。それは勘弁してください。そこまでされたら死んでしまいます」

 入浴が終わると、新しい服を着せ、髭は剃らせて、伸びきった髪もばっさり切る。
 ボクの努力の賜物で、部屋と師匠は見違えるほど奇麗になった。
 清潔にしてれば男前なんだから、その容姿で城で働く女性をたらし込んでお嫁さんにもらえばいいのに。
 ボクというコブもやっと離れたんだからさ。

「お師匠様、塔に人を入れたくないなら、新しい弟子か、お嫁さんをもらったらどうです? ボクだって、そうしょっちゅう手伝いにこられるわけじゃないんですよ」
「お嫁さんは無理かなぁ、私はさっぱりモテないし。それに弟子も、元々人に教える立場には向いてませんからね」

 師匠は苦笑して、ボクを見た。

「私を必要とする子が現れた時だけ、その役目を引き受けるつもりです」

 ボクの師匠になれるのは、この人しかいなかった。
 暴走する魔力について、多くの魔術師ができるのは封印だけだ。制御できる者は少ない。
 人が紡ぐ長い歴史の中で、稀に生まれる膨大な魔力を持つ人間。
 師匠もそうだったから、ボクのことを放っておけなかったんだ。

「ところで、リュカ。グレインの再興を陛下に願わなかったのですか?」

 水とお粥ですっかり生気を取り戻した師匠は、話題を変えて尋ねてきた。

 リュシーの夫となったボクには、相応しい地位と領地と財産が与えられることになった。
 望めばグレイン王国の再興だってできる。
 でも、ボクはその気になれなくて、他の領地と爵位をもらった。
 グレインの王家の墓は無残に掘り起こされ、高価な埋葬品は根こそぎ持ち出されていたけど、リュシーは墓を修復し、父上の名を刻んだ新しい碑も建ててくれた。
 ボクにはそれで十分だった。
 五年前、ボクは国を捨てて逃げたのだ。今さら何の権利も主張しようとは思わない。

「お師匠様も知っているでしょう? ボクは母上や出産に立ち会った多くの人達を殺した。民はまだ覚えているよ。母上は慕われていたからね。敬愛する王妃を理不尽に奪った者を、誰が王子と認めるものか。ボクは父上のお情けで生を許されただけなんだ。国が滅亡した時も何もせず逃げ出したボクを、民が王として迎えることはない」

 ボクが王子であることを捨てたのは、その資格がないからだ。
 父上も望まなかった。
 好きなように生きていいと言ってくれたのは、王族としてボクが誰にも認められないことを知っていたからだと思う。

「それにグレインの民も、リュシーが統治者になった方が幸せになれる。彼女なら分け隔てなく全ての民を愛することができるから。ボクはその手助けをする。それでいいんだ」

 ボクの望みはリュシーと共に生きること。
 その願いさえ叶えられるのなら、他のものは望まない。




 久しぶりに師匠と会ったので、夜まで話し込み、そこからリュシーのいる宮殿に向かった。
 今夜の伽はボクの番。
 リュシーに思いっきり甘えられる。
 あの柔らかい体に抱きしめられることを想像すると、とても幸せな気持ちになれるんだ。
 寝室に向かう道中も、ボクは幸福を味わってにんまりしていた。

「今日も一日ご苦労様。ゆっくりしていってね」

 一日の労いの言葉と共に、リュシーはボクを迎えてくれた。
 まずすることは、彼女に飛びつくこと。
 白い夜着の上からでも感触がわかるほど柔らかくて大きい胸に頬をすり寄せる。

「くすぐったいわ、リュカ」

 リュシーは笑いながらボクを抱きしめ、胸の間に顔を埋めることを許してくれた。
 寝台の上に重なりあって転がり、リュシーの胸を堪能するべく動き出す。
 ボタンを外し、白い胸に直に触れた。
 軽く押しただけで形を変える膨らみを両手でこねくりまわす。
 固く尖った乳首を舌でぺろぺろ舐めて吸い付いたりした。

「あ、あぁん……」

 リュシーはボクの頭を抱え、快楽に酔う甘い声をもらす。
 ボクは甘えているフリをして、手の平に収まりきらない膨らみを揺すり、思う存分揉みしだいた。

「リュカは甘えん坊ね」

 胸ばかりをまさぐるボクに、リュシーが苦笑して言った。

「だって、女の人に抱きしめてもらうの、リュシーが初めてなんだもの」

 母は生れ落ちたと同時にボクが死なせた。
 牢の中でボクの世話をしていたのは魔術師達だが、彼らは全員男だった。
 実は女性を初めて見たのも、牢から出た後だ。
 女性の胸が膨らんでいることは知識としては知っていたけど、男とは違う体つきは何だか未知の生き物を見ているみたいで不思議だったな。

「そうだったわね。ごめんなさいね、リュカ。わたし、無神経なことを言ったわ」

 あ、リュシーが暗くなっちゃった。
 ボクが母上のこと気にしていると思ってるんだ。
 確かに、母上のことを考えるとつらくなるけど、今は別にそのことを考えてたわけじゃないのに。

「違うよ、リュシー。今のボクには君がいてくれるから寂しくないし、つらくもないよ」

 ボクはそう言って笑いかけた。
 リュシーがボクを抱く力を強くした。
 はうう、顔がおっぱいに埋もれて苦しいけど幸せ。
 頭を動かして、膨らみにすりすり頬をすり寄せる。
 肌から良い匂いがする。
 リュシーの匂いは大好きだ。

「ねえ、リュシー。ボクね、下の方が変なの」

 彼女の手を取り、ボクの下肢へと導く。
 夜着のズボンの前がはちきれそうなほど、ボクの牡の象徴は興奮で起き上がっていた。
 何度交わっても慣れないフリをしていれば、リュシーは優しく愛撫してくれる。

 悔しいけどボクは一番年下だし、容姿も可愛らしい方だ。
 後、数年もすれば、背も伸びて体格も大人に近づくはずだけど、今はこの少年の容姿を最大限に生かすことに決めた。
 すなわち、今のうちにリュシーに存分に甘えておくんだ。
 傍目から見ても、ボクが甘える姿はまだそれほど気持ち悪くないだろう。

「わたしに任せて。すぐに楽にしてあげるからね」

 リュシーはボクの額にキスをして、ズボンを下げて手を入れてきた。
 さすさすと手の平で棒を優しく撫でられ、玉を揉まれた。

「あううん」

 はぁはぁ、なんて気持ちいいんだ。
 変な声が出ちゃった。
 リュシーはくすくす笑っている。

「リュカったら、かわいい」

 彼女の唇はボクのそれに重ねられ、手は熱くなっているボク自身を翻弄し続ける。
 硬くなって熱が溜まっていく。

「リュカ、気持ちいい?」
「うん、いいよぉ。リュシー」

 リュシーはボクの上に逆さまに跨り、勃起しているボク自身を口に含んだ。
 お返しに、ボクは彼女の秘所にむしゃぶりつく。
 蜜がこぼれる秘密の場所を、お尻を抱えて舌でペロペロ舐めた。

「あ……、あんっ、ん……、うぅ……」
「はぁ……、くぅ……」

 ボクが割れ目を舐めるたびに、リュシーの下半身がフルフルと震える。
 感じてるみたい。
 ボクはわざと稚拙な舌使いで感じる場所を逸らして舐め、じらしてみる。

「あ……リュカ、違う……、そこじゃないのぉ……」

 ボクのモノから口を離し、リュシーがお尻を振った。

「もっと奥を……、そう、そこよ。ああんっ……、あああっ」

 リュシーの指示通りに舐めてみると、彼女はすぐさま達してしまった。
 赤い顔で息をつき、ぐったり横たわる姿は、ぐっとくる色気を醸し出している。

「リュシー、ボク入れたい。我慢できないよぉ」
「ま、待って……。うん……、き、来ていいわよ」

 リュシーは仰向けに寝転ぶと、ボクの前で自ら足を広げた。
 恥ずかしいけど自分がリードしなければという使命感のようなものがあるんだろう。

「リュカ、入れて。何度もやったもの、大丈夫よね?」
「うん、頑張る」

 ちゅっとリュシーとキスを交わし、彼女の正面から足を抱えて挿入していく。
 愛液でトロトロに解れたリュシーの中は、ほどよい締め付けでボクを迎えてくれた。

「ああっ、はぁ……、すごい……、イクぅ……」
「リュカぁ……。ううん……」

 リュシーの腕がボクに絡みつき、体を引き寄せる。
 腰を前後に揺すぶるたびに、触れている肌が音を立てて、リュシーの胸が大きく弾んだ。

「……あんっ、ああっ、あああぁ……っ!」
「くうぅっ、ああっ」

 リュシーが達すると同時に、ボクも達した。
 放った精は全部リュシーの中へと流れ込む。
 ボクを抱いている彼女の腕は、未だに絡みついたまま。
 どちらともなく唇を重ね合わせ、余韻を楽しんだ。

「リュシー、大好き」

 いつも本心を欺くボクだけど、この言葉だけは本当。

「わたしもリュカが大好きよ」

 ボクだけに語られる言葉ではないと知っていても、それが君の本当の気持ちだってこともわかっている。
 微笑む彼女の瞳に、ひと時でもボクだけを映してもらえるのなら幸せだ。
 ボク達は手を繋いで眠りに落ちる。
 朝までは、彼女はボクだけのもの。
 愛しているよ、リュシー。




 父上、母上。
 あなた達の幸せを犠牲にしてまで、ボクがこの世に生まれた意味はあったのかと、牢から解き放たれてから何度も考えた。
 答えをくれたのはリュシエンヌだ。
 過去は変えられない。
 だからボクはあなた達が与えてくれた生を精一杯生きる。
 リュシーを愛し、この国と民を守り、それによってさらに多くの人に幸福と平穏な日々をもたらすことで、ボクが消してしまった命の弔いをしたい。
 持って生まれたこの力を恐れる者達に、化け物と謗られようとも、人の心は失わない。
 だって、リュシーと約束したから。
 彼女の傍にいる限り、ボクはどんな苦しみも悲しみも乗り越えていける。

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