あなたしか見えなくて
満たされた心
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これはどこまでが現実で、どこまでが夢なのだろう。
私はアレックスと結ばれて、お父様のお許しも得られ、公爵家へと嫁ぐことになった。
国中の民に祝福されての結婚式。
城内はこの日のために集められた美しい花々で飾られ、贅を尽くした料理が祝辞を述べるために訪れた人々に振舞われている。
装飾を極力控えながらも最高級の生地で作られた純白のドレスを着た私は、アレックスの隣で誓いの言葉を口にした。
口付けを終えて、指に嵌められた銀のリングを見つめても、まだ実感は湧かなかった。
確かに幸せであるはずなのに、どこか遠い世界の出来事のように感じてしまう。
私は本当にここにいるの?
目が覚めれば誰もいなくて、一人でいるのではない?
怖くなって震えが体を襲う。
すると、冷え切った私の手が、別の温かい手に包まれた。
「ご安心ください、アレックスはあなたのお傍におりますよ」
声がする方へと顔を動かすと、アレックスが私を見つめていた。
何が起ころうとも変わらなかった彼の優しい眼差しを受けて、心に宿った恐怖は姿を消した。
私にはアレックスがいる。
この手が私を慈しんでくれるのなら、それでいい。
罪深い私のような者が、多くを望むのは間違っている。
「アレックス、私にはあなたしかいないの。何があろうとも、私を見捨てないで」
「死が二人を分かつまで……。いいえ、死ですら我々を引き離すことはできない。どこにいても、どんな姿になろうとも、あなたは永遠に私のものだ」
アレックスの力強い言葉に安堵する。
彼はもう一度、私の唇にキスをした。
周囲から歓声や冷やかしの声が沸き起こる。
どうしてかしら?
アレックスが触れてくれている今なら、この幸せが現実のものだと思えるなんて。
結婚式を終えて、王都にある公爵家の本邸に移ったものの、アレックスの両親である公爵夫妻とは顔を合わせる機会はなかった。
子供の頃、公式の場や社交界で幾度かお目にかかることがあったものの、形式的な挨拶をした程度で、親しく言葉を交わした記憶はない。
お二人とも貴族社会を生き抜くには繊細な方で、近頃ではお心を病まれてしまい、静養のために遠方の緑豊かな領地へと移り住んでしまわれた後だった。
爵位はアレックスに譲られることが決まり、近々王宮にて正式に公表されるらしい。
「両親は貴族社会の柵から逃れ、静かに余生を送りたいそうです。どうか、そっとしておいてやっていただけませんか? それが私のできる精一杯の親孝行なのです」
アレックスは悲しそうにご両親について話してくれた。
王女であった私が息子の妻となったことで、さらに心労を重ねていると言われてしまえば、対面はおろか手紙を書くことさえ躊躇われる。
「気に病むことはありません。むしろ、あなたのお心を煩わせたと知れば、両親も心を痛めるでしょう。大丈夫、お互いに干渉しないことが最善なのです」
アレックスにそこまで言われてしまうと、私には何もできない。
いいえ、何もしない方がいいのかもしれない。
私は無意識に人を傷つけてしまうような愚か者なのだから。
無理に近づいて、ご両親にまで不愉快な思いをさせてしまうよりも、アレックスの言葉に従っておとなしくしていた方が良いのよ。
「わかりました。ですが、できればいつか、ご両親にお会いしたいわ」
「ローナ様のお心は届いておりますよ。二人とも恐れ多いと伏していても、心より祝福してくれています」
アレックスの言葉を信じよう。
私はこれから彼の妻として生きていく。
公爵夫人として、アレックスの妻として、誰からも認めてもらえるように精一杯努力しなくては。
アレックスと結ばれたことで、私の周囲には昔のように人が戻ってきた。
屋敷に勤める人々は、私に笑顔を向けて気さくに声をかけてくれた。
「奥様、おはようございます」
「おはよう、今朝はいい天気ね」
「本日のお召し物はいかがなされますか? 昨日、届けられましたドレスから選ばせて頂いてもよろしいでしょうか」
「そうね、貴女に任せるわ」
「庭園の薔薇が見事に花を開いたので、お部屋に飾らせて頂きました」
「まあ、綺麗。ありがとう」
侍女達に囲まれて、賑やかな会話の中心にいる私。
もちろん嬉しくてたまらない。
和気藹々とお喋りをしながら支度を済ませる。
馬車に乗り込むまでに、たくさんの使用人達が私を手伝い、優しく声をかけてくれた。
社交の場に顔を出せば、多くの人が私を取り囲む。
新婚生活はどうか、何かお困りごとはございませんかなど、気遣いに満ちた言葉をかけられて感謝の言葉と共に受け取った。
彼らの言葉に打算がないとは言い切れない。
優しい言葉の裏にはなにかしらの感情があるのは当然で、それでも中には純粋な好意もあるはずだった。
昔の私なら、何も考えることなく笑顔でいられたのに。
好意を素直に受け取って、同じだけ返すことができた。
今の私は常に怯えている。
いつかまた一人になるかもしれない。
親しくしていた人達に背を向けられ、その理由もわからず、部屋に閉じこもる日々。
あの苦しい日々をまた繰り返すことを恐れて、誰も信じることができずに、どうしても心の扉を最後まで開くことができなかった。
唯一、心を許せるのはアレックスだけ。
彼を失う日が来たならば、私は迷わず死を選ぶ。
弱い私は、あの人に縋りついて生きていく。
恐ろしいほど依存している私に気づいたら、彼はどうするのだろう。
こんな醜い私の本性に、どうか気づかないで。
アレックスは私を抱きしめて、愛を囁く。
「愛しいローナ、私はもうあなた無しでは生きていけない」
「私もよ。あなたがいてくれるから、私はこうして生きているの。あなたは私の生きる喜びよ」
私の言葉を聞いて、アレックスは満面に笑みを浮かべて頬や唇にキスをしてくれた。
「嬉しいことを言ってくださる。あなたの美しい瞳に私だけを映していただけるのならば、アレックスは本望です」
「もちろん、そうするわ。ねえ、アレックス。私があなたに同じことを願っても許してくださる?」
「許すまでもなく、そうしておりますよ。あなた以外に見たいものなどこの世にはありません」
「嬉しい、ありがとう、アレックス」
「礼など不要です。あなたが望まれずとも、私はあなたを愛し求め続ける。世界が終わろうとも、神々が滅ぼうとも永遠に」
体を隠していた布が、アレックスの手によって取り払われた。
無防備に晒された胸の膨らみがリズムをつけて揉まれ、小さな快感が生まれた。
胸から下方へと動いていく指先が性感を捉える度に、快感がうねる波のように大きく広がっていく。
舌を絡めた深い口付けに、意識が蕩けそうになる。
たまらず零れた声は、淫らに悶えていて、自分の出したものだとは信じられないほどだった。
「アレックス……、ああっ、はぁ……んっ!」
うつ伏せにされて、腰を抱えられ、覆いかぶさってきた彼の温もりを感じた。
下肢に熱い衝撃が走り、体が激しく揺さぶられる。
体勢を幾度も変えながら、アレックスは私を求めた。
汗に塗れた肌が絡み合う。
一番親密に寄り添える時間。
この時、私は最も満たされる。
誰よりも深く私を愛してくれる人。
私の心も体も人生も、全てあなたのもの。
この瞳には、あなたしか映っていない。
映す必要もないわ。
だって私はあなたのためだけに生きているのだから。
END
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