あなたしか見えなくて

騎士の求婚

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 一度は身分も過去も全て捨て去ろうとしたものの、アレックスが私自身を求めてくれたことを知り、城に戻ることにした。
 二人で生きていければ、それ以上何も望まないけれど、私の我が侭で彼を必要とする人々から奪うことなどできはしなかった。

 城へと戻る道中で、私を含む軍勢は幾度も歓声に包まれた。
 私が乗っている馬車は、魔物や賊の襲撃を警戒して窓が閉められており、外の様子はわからなかった。
 それでも、左右から聞こえてくる声や物音が喜びを表していることは伝わってきた。
 魔物との戦いに勝利したことへの祝いの言葉。
 アレックスへの賞賛の声。
 改めて、私の思い人が国の英雄であることを思い知る。
 それなのに、彼が選んだ伴侶が私であることに申し訳なさと不安を感じた。
 城に戻れば、王に結婚の許可を申し出るとアレックスは言った。
 お父様は認めてくださるかしら?
 英雄に嫁がせるには値しない娘だと、反対されてしまわない?




 思い悩んでいる間に、とうとう城に着いてしまった。
 謁見の支度が整うまで自室で休むことになり、湯浴みと着替えを済ませた。
 消えることのない不安を持て余しながら待っていると、アレックスが迎えにきてくれた。

「ローナ様、陛下がお呼びです」
「わかりました」

 彼の手を取り、お父様が待つ謁見の間へと向かう。
 いよいよだわ。
 緊張による震えをごまかそうと繋いでいる手を握り返す。
 アレックスは足を止め、重なっている手にもう片方の手を添えて微笑みかけてくれた。

「大丈夫です。何があろうと、私はあなたのお傍を離れません」

 頷いて、微笑み返した。
 私も、この手を離すことはない。




 お父様は私の顔を見ると喜んでくださった。

「おお、ローナ! そなたが魔物に攫われたと聞いた時は生きた心地がしなかったぞ、よく帰ってきてくれた!」

 お母様も、謁見の間に集まった人々からも笑顔が見える。
 皆、私の帰還を喜んでくれているの?
 嫌われていると思っていたのは勘違いだった?

「ご心配をおかけして、申し訳ございません」

 膝を折って、頭を下げる私を制して、お父様が顔を上げるようにと言われた。

「よいよい、そなたが無事であれば何も言うことはない。アレックスにも礼を言わねばな。此度の働き、報告が来ておる。兵達の先頭に立って魔物達を倒し、地下牢に囚われていたローナを見つけ出してくれたのであったな」

 働きに見合った褒美を取らせようとお父様が仰せになり、思わずアレックスへと視線を向けた。
 お父様の前に進み出て跪いた彼は、ならばと口を開いた。

「ローナ様を我が伴侶にお迎えすることをお許しください。私には他に望むものは何もありません」

 微かな物音や話し声さえも、その瞬間にぴたりと止んだ。
 あまりにも静か過ぎて怖くなる。
 お父様は呆気にとられた顔でアレックスを見ていたけれど、やがて険しく眉を顰められた。

「信を置いていたそなたの口から斯様な戯言を聞かされようとはな。ローナの傍に置いておいたのは間違いであったか。失望したぞ、アレックス。今ならまだ間に合う、聞かなかったことにしてやるゆえ、今一度だけ望みを言うてみよ」
「私の望みは一つだけ、ローナ様を得ることのみでございます」

 アレックスははっきりと答えた。
 お父様のお顔が怒りで引きつっていく。

「許さぬぞ! 誰か、ローナを部屋へ連れて行け! アレックス、そなたも下がれ! 今より謹慎を申し付ける! 余の温情が下ることを祈りながら屋敷で己の言動を悔いるが良い!」

 左右から侍女達に手を取られ、部屋の外へ連れ出されそうになった。
 振りほどこうとしても、彼女達はしっかりと脇を固めてしまい、後ろに立った警護の騎士がお父様やアレックスの姿を隠してしまう。

「お父様! 私はアレックスを愛しているのです! お許しください! 話を聞いて――」

 引きずられながら部屋まで連れていかれて、閉じ込められた。
 ドアは鍵をかけられてしまい、叩いても誰も応じない。

 やはりお父様は、私を認めてくださらなかった。
 私との婚姻など、あれだけの働きに見合う褒美になるはずがないことはわかっている。
 だけど、彼が望んでくれたのに。
 誰にも祝福されなくても良い。
 私にアレックスを返して。




 閉ざされてしまった部屋の扉。
 私には何もできない。
 無力な自分が情けなくて、涙が溢れてくる。
 侍女達は無言を貫き通し、アレックスがどうなってしまったのか、お父様のご様子はどうなのかと、問うてはみたけれど何も答えてはくれなかった。
 もう夜になってしまった。
 アレックスに会いたい。

 ふと、窓を叩く、微かな音に気がついた。
 急いで寝台から下りて窓に近づく。
 外から顔を覗かせたのはアレックスだった。

「アレックス、あなたなのね」

 夢中で鍵を開けて、窓を開けた。
 音もなく体を滑り込ませて彼が入ってくる。
 床に足をつけたアレックスは、すぐさま私を抱き寄せた。

「ローナ様、お会いしたかった。心細い思いをさせてしまったことを、お許しください」
「いいえ、こうして会いに来てくれたのですもの。それだけで十分よ」

 私の体は彼の腕の中。
 この世の中で、最も安心できる場所。
 離したくなくて、しっかりとしがみついた。

「このまま陛下のお許しが頂けぬ時は、どこか遠くへまいりましょう。ご安心ください、どのような土地へ行こうとも、あなたに不自由な思いはさせません」
「そのようなこと、気にしないで。あなたと一緒にいられるのならば、私はどのような苦労も厭わない」

 アレックスは包み込むように私を抱き、甘い響きを含んだ声音で囁いた。

「あなたにそれほどまでに思われて、アレックスは果報者です。ローナ様、私は一日たりともあなたを手放したくはない。この想いを遂げるために、今宵私を夫として受け入れてくださいますか?」

 受け入れることが何を意味するのかわからなかったけれど頷いた。
 これで、私は彼の妻になれる。
 そうすれば、二度と引き離されることはなくなるのね。

「アレックス、永遠の誓いをあなたに捧げます。愛しているわ」
「ああ、ローナ。私も誓おう、あなたを永久に愛することを」

 誓いの言葉と共に、深く口付けられた。
 呼吸をすることを忘れるぐらい、舌を絡めて求め合う。

 彼は私を捧げ物のように恭しく寝台に横たえて、夜着に手を添えた。
 曝け出されていく互いの肌に恥ずかしさも感じたけれど、アレックスを信頼していたから怖くはなかった。

「ローナ、あなたは美しい。どうかその美しさを誰にも見せず、私のためだけに微笑んでください」
「私を美しいと言ってくれるのはあなただけ。あなただけが私を愛してくれるのよ」

 私の答えに彼は微笑んだ。
 なんて綺麗な笑み。
 美しいのはあなたの方なのにね。

 裸の胸に、彼の唇が触れる。
 経験したことのない感覚に思わず声が漏れた。
 出したことのない、おかしな声。
 胸の頂を吸われ、舌で転がされる。
 それと同時に膨らみが柔らかく揉みしだかれて、胸の先から伝わってくる快感にまた別の快楽を付加してくる。

「んっ……やぁ……はぁん……」
「なんと甘い声だろう。我慢しないで、もっと聞かせてください」

 アレックスの囁きは体の芯から私を蕩けさせてしまって逆らえない。
 肌に彼の手が触れるたびに、体が跳ねて淫らな感覚に苛まれる。
 開かれた足の間にアレックスが体を入れてきた。
 曝け出された不浄の場所を舐められて、はしたなく喘いでしまう。

「だめ、そこは、やめてぇ……」
「恥ずかしがることはありません。夫婦ならば当然の行為なのですよ」

 そうなのかしら?
 ううん、アレックスが言うのなら、きっと本当のこと。
 羞恥心を捨てて、抗うことをやめる。
 アレックスの愛撫によって、何度も押し寄せてくる波に心が攫われそうになった。
 下肢の奥の方がきゅうっと締め付けられるたびに快感が遠のき、また戻ってくるの繰り返し。
 息が苦しくて溺れそう。
 唯一つ、縋れる存在に腕を絡ませてしがみついた。

「誰にも邪魔はさせない、あなたは私のものだ!」

 いつも冷静な彼が、激情に駆られたかのように叫ぶ。
 私を求める気持ちがひしひしと伝わり、孤独に怯えていた心を満たしていく。
 寄り添う体は一つになり、破瓜の痛みと同時に喜びに打ち震えた。




 息も絶え絶えに疲れ果てた体を横たえた後も、アレックスは宝物のように私を抱きしめてくれた。
 これは夢ではない。
 温かい彼の素肌に触れて、幾度も言い聞かせた。
 そうしないと信じられないぐらい、彼と結ばれたことは現実味のない出来事だった。

「好きよ、アレックス。私にはあなたしかいないの」
「私にもあなたしかいませんよ、あなただけが愛おしい」

 アレックスの言葉だけが、私が信じられる真実。
 彼がいれば私は満たされる。
 この幸せが永遠に続きますように。




 翌日、再びお父様に呼び出された。
 一晩考えて冷静になり、結婚を認めることにしたと告げられた。
 今夜にでもアレックスと手を取り合って出奔するつもりでいたのに、これほど私に都合よく物事が運ぶなんて、また夢ではないかと疑ってしまう。

「私がアレックスと結婚しても本当によろしいのですか?」

 信じられなくて、念を押すように問いかけると、お父様は重々しく頷かれた。

「そなたが望むのであれば致し方あるまい。公爵家へ嫁ぐことを許そう」

 どうなされたのか、お父様は大層お疲れのご様子だった。
 結婚の許しを与えると、私の反応を気にすることもなく、先に席を立たれて退室してしまわれた。

 駆け落ちするしかないと覚悟を決めていたのだけれど、許していただけたのだからその必要もなくなってしまった。
 憂いは何もないというのに、私の胸には不安が残ったまま。
 だって、誰からも嫌われている私が、あれほど素晴らしい人の伴侶になれるなんておかしなことだもの。
 失うことが怖い。
 これが夢なら二度と目覚めたくない。


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