お嬢様のわんこ

第二章・わんこ、お嬢様への愛を叫ぶ

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 【3】

 定住資格を得るまでは、家が持てないために必然的に宿暮らしとなる。
 気に入った街があれば、宿を変えつつ滞在して、定住資格を得るまで実績を積む者もいるそうだが、俺とお嬢様は旅を続けていた。
 これまで住んでいた街から離れるためもあったが、様々な土地を巡って、視野を広げるのもいいかと考えたからだ。

 一つの街に留まる間、お嬢様は宿の部屋にこもりがちの生活になってしまう。
 金はあるから自由に遊んでくれてもいいのだが、俺がいない間に悪い奴に連れ去られたりするかもしれないと考えると、外に出ることを勧める気にはなれなかった。
 仕事に行く前に、俺が帰るまで宿から外へ出ないようにと言い含めた。

「お嬢様、宿にいれば安全ですが、絶対に知らない人間にはついていかないでください。俺が倒れたと言われてもですよ、そういう時は宿に運んでもらうことを選びますからね。外に行こうと誘う奴は、全て誘拐犯だと思ってください」

 子供や若い娘が誘拐される事件はどこの街でも起こり得る。
 攫われた子供は俺のように奴隷として売られたり、女は娼館に売り飛ばされたりするんだ。
 お嬢様をそんな目に遭わせてたまるか。

「三日に一度は休息を取りますから、その時に一緒に外を歩きましょう」

 お嬢様は素直に頷いてくれたけど、表情は暗い。
 俺に抱きついて、背中に回した腕に力を込めた。

「ごめんね、クロ。私もお仕事できたらいいのに、クロにばかり危ないことさせて、私は待ってるだけなんてずるいよね」

 お嬢様は俺が一人で稼いでくることに後ろめたい気持ちを持っている。
 本来は主人である自分が養わないといけないと思っているんだろう。

「お嬢様が待っていてくれるから、俺は毎日が楽しい。稼ぐのはこの生活を続けるために必要だからやっていることです。俺こそ、お嬢様に不自由な思いをさせて心苦しいのに謝らないでください」
「でも、私ができること、何もない」
「帰ってきたらご褒美をください。俺にとって、お嬢様に頭を撫でてもらえる以上の贅沢なんてこの世にはないんだ。俺を幸せにできるのはお嬢様だけです」
「うん、いっぱい撫でてあげるから、無事に帰ってきてね」

 よし、言質を取ったぞ。
 考えてみれば、お屋敷にいた頃はご褒美なんて毎回はもらえなかったもんなぁ。
 今のお嬢様は俺に対してかなり気を使っているのか、些細なことでも頭を撫でてくれるし、謝りながら抱きしめてくれることもよくある。
 これはもうちょっとご褒美を欲張ってもいいだろうか。
 唇は無理だとしても、頬や額にちゅーとかして欲しい。

「行ってきます!」

 ご褒美につられて、張り切って出かけた。
 今日はちょっと報酬を多めに持って帰って、キスを強請ってみようか。




 ギルドに着くと、集団で受ける討伐依頼の参加者を募っていた。
 街で運営している農園がビッグラットの被害に遭っているので駆除して欲しいというものだ。
 ビッグラットは、その名が示す通りの大きな鼠で、人間の子供ぐらいの大きさをしている。
 頑丈な硬い前歯と強靭な後ろ足を武器にしており、雑食で畑荒らしの常習犯だ。
 飢えると人を襲うことがあり、魔獣に指定されている。

「群れで二百はいるらしい。こいつらは大体家族単位で活動するから普段なら中級の依頼なんだが、こうも大きな群れになるとこっちも人数を集めないと危険なんだ」

 依頼の詳細を尋ねると、受付の職員が答えてくれた。
 現地についたら、各々自由に狩りをして、狩った数に応じて報酬が支払われるそうだ。
 参加者は一人から大人数のパーティまで色々だ。
 報酬は一匹につき銀貨五枚出るという。
 今は農園の作物が荒らされるだけで済んでいるが、早めに駆除しないと街や街道に現れて人的被害がでるとのことで、緊急を要すると街も報酬額を奮発したらしい。
 おかげで参加者はかなりの数が集まっていて、俺も参加することにした。




 剣の先を急所目がけて突き入れる。
 剣を引き、振り向きざま、背後から飛びかかってきた魔獣の首を斬り飛ばした。
 血しぶきが掛からないように、素早く飛び退く。
 仲間がやられると攻撃性が増すのか、追うまでもなくあっちから向かってきた。

 農園の一角で、俺は一人で剣を振るっていた。
 弑した魔獣を回収する暇もねぇ。
 遠くの方で他の冒険者達が上げている怒声や指示の声、攻撃魔法の光などが見えるが、誰もこちらに来る余裕はないようだ。
 ビッグラットは集団で行動する習性があり、個体の強さはさほどではないが、統率の取れた群れは総出で外敵の排除に当たる。
 どれほど弱い魔獣でも、際限なく湧いて出るとなれば脅威となる。
 オレ以外の個人で参加した冒険者は、現地に着くなり即席のパーティを組んだ。
 そうでないと殺されると、皆判断したのだ。
 だが、なぜか俺は恐怖を感じなかった。
 逆に一人の方が上手に立ち回れる気がした。
 こうして周囲をビッグラットに囲まれて、次々襲い掛かってくるのを目の当たりにしても、心は平静で息を乱すことなく余裕があった。
 適当に足場を移動しながら、順調に倒していく。
 そうしないと、流れる血や死骸で足を取られてしまうからだ。
 最後の一匹を切り伏せて、ようやく足を止めた。
 ふう、さすがに疲れた。
 汗を拭って周辺を見渡せば、他の冒険者達が唖然とした顔ををして、こちらを遠巻きにしていた。

「お、おい、アンタ。それ全部一人で倒したのか?」

 俺の周りにある死骸を指して、問いかけられる。

「ああ、俺が倒した」

 危ない危ない、どさくさに紛れて盗まれる前に回収しないと。
 今日のご褒美がかかっているのだ。
 鞄の口を開けて、大量の魔獣を次々放り込んでいく。
 しかし、数が多いな。
 いつの間に、こんなに狩ったんだろう?
 横取りを警戒していたが、誰も近づいてこなかった。
 心なしかどいつもこいつも顔色が悪そうだ。
 血の匂いにやられたのか?
 この程度で気分を悪くしてたら、この先魔獣討伐なんてやってられないぞ。

 回収を終えたので、報酬を受け取りにギルドに向かう。
 他の連中は足が重いのか、なかなか来ない。
 俺の獲物は多いし、早めに戻って査定してもらった方がいいか。
 討伐は終わったのだから、後は各自自由に帰還すればいいはずだ。
 後ろでがやがや喋りながら歩いている連中を残して、一足先にギルドに向かうことにした。




「おい、あいつ、何者だよ」
「俺ら六人組のパーティでも、やっと三十匹倒せただけだってのに」
「回収した獲物、百匹以上いたよね」
「しかも、息一つ乱してねぇし、化け物か」
「幾ら獣人っていってもあそこまで凄くねぇよ、王族ならわかるけどさ」
「へえ、王族って強いのか?」
「王族は特に獣の血が濃いから、一般の獣人より強くなる素養が備わってるって話だぜ。だが、王族が冒険者なんてやってるわけねぇだろうし、あいつは突然変異とかそういうのじゃねぇか」
「なんにしても、逆らわねぇ方がいいな」
「前にあいつに絡んだヤツが、大怪我した上に恐怖で人格が変わっちまったらしいぞ。傲慢な野郎だったが、すっかり小心者になっちまって、今じゃ乞食同然に落ちぶれたらしい」
「うわぁ、怖えぇ。下手に近づかない方が良さそうだ」




 ギルドに着いて、さっそく獲物を査定してもらう。
 今日の報酬は、金貨六枚と銀貨二十枚だった。
 多いとは思っていたが、百二十四匹も狩っていたらしい。
 査定してくれた職員は若干疲れた顔をして、報酬を差し出した。

「あなたお一人で、群れの半数以上を討伐なさった功績を認め、ギルドカードに記載している討伐のランクを上げさせて頂きました。指名依頼が入ることもありますので、今後も励んでください」

 言われて、カードを見る。
 カードは薄い金属の板でできていて、浮かび上がる文字は全て魔法で刻み込まれている。
 文字を刻むのはギルドに専属で雇われている魔術師で、嘘の記載ができないようにギルドマスターから制約の魔法をかけられている。
 故意に事実とは違う記載をすれば、たちまち瀕死レベルの激痛に襲われるという。
 昔、魔術師に賄賂を渡し、達成記録を改ざんして報酬を騙し取ろうとした輩がいたことから、制約の魔法を用いるようになったそうだ。

 カードの表には俺の名前、裏には評価が書かれている。
 達成記録は記載されていないが、読み取り用の魔法道具を使えば、魔法道具に設置されている専用の板に全て表示される仕組みになっているらしい。指紋も登録されているので、他人がカードを悪用しようとしても、本人証明ができないため、使うことはできないそうだ。
 評価はランクで示されていて、雑用、採取、討伐、警護と四つの項目に、CからSまでの格付けが記されていて、一目でその冒険者が何に秀でているのかわかるようになっていた。

 Cランクは登録者全員につけられている、指名依頼が来ることはまずない。
 Bランクは中級の依頼を無難にこなせるレベル。
 Aランクは上級の依頼を任せても安心できる。
 Sランクは上級の依頼を確実にこなし、完遂させる技量があると認められた者に与えられる。

 今回上がった俺のランクは討伐で、CからAになっていた。
 このまま上級の魔獣を狩り続けていれば、Sランクに上がるのもすぐだろうと職員は付け加えた。




 報酬を持って、宿屋に帰った。
 今日の報酬は、たっぷりの銀貨を入れた上に、金貨を一枚混ぜてある。
 特別なご褒美を貰うんだし、奮発しておかないと。

「お嬢様、ただいま戻りました」
「クロ、お帰りなさい!」

 部屋に入ると、お嬢様が笑顔で抱きついてきた。
 受け止めて抱きしめ返す。
 柔らかくて、良い抱き心地。
 頬が緩んで締まりのない顔になる。

「今日の報酬です。いつもより頑張ったんですよ」

 お嬢様は金貨を見て、泣きそうな顔になった。
 喜んでくれるかと思ったのに、悲しそうに首を横に振る。

「頑張らなくていいよ。クロが無事に帰ってきてくれたら、それでいいの」

 お嬢様はいつも、俺に危ないことはしないでほしいと言っていた。
 貧しくても、生きていければいいと。
 嬉しいけど、それじゃ俺は満足できない。
 お嬢様を守り幸せにすることが、俺の生きている意味なのだと思っているから。

「お嬢様の気持ちは嬉しいです。だけど、俺はお嬢様につらい思いはさせたくない。俺の気持ちを思いやってくださるのなら、成果に見合うご褒美をください」

 床に膝をついて、お嬢様より目線を下にする。
 見上げる俺に、お嬢様は体を屈めて顔を近づけた。

「どんなご褒美が欲しいの?」

 心臓が煩いほど鳴っている。
 緊張して、ごくりと唾を飲み込んだ。

「キスして欲しい……です」

 言ってしまった。
 飼い犬のくせに図々しかっただろうか。
 怒られるかな。
 お嬢様に嫌われたらどうしよう。

「うん、わかった」

 お嬢様は俺の頬に手を添えると、さらに顔を近づけてきた。
 え? え?
 むちゅっと触れ合ったのは互いの唇で、頬でも額でもないそこは、最初から除外していた一番あり得ない場所だった。
 お嬢様が唇をくっつけている間、頭の中が真っ白になって何も考えられなかった。

「いつもありがとう。クロ、大好きよ」

 お嬢様は俺に笑顔を向けて、頭を撫でてくれた。
 幸せ過ぎて死んでしまうかと思った。
 もっと自信持ってもいいかな。
 俺はこの世界の誰よりも、お嬢様に愛されているんだって。

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