お嬢様のわんこ

第三章・苦労性魔術師の愚痴りたくなる日々

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 【11】

 長い旅路を終えて、ようやく陛下のおられる王都に到着した。
 馬車で城に乗り入れると、文官達が出てきて手早く誘導を始めた。

「静養に最適な部屋を整えております。殿下方はそちらにご案内いたします」

 殿下はお嬢様を横抱きに抱えて、誰にも触らせようとはしなかった。
 皆も心得ており、それぞれ荷物を持って静かに移動していく。
 私は一行から離れて、宰相殿の執務室に向かった。
 これからどうするのか、急ぎ打ち合わせなければならない。

 執務室が近づくにつれて、騒ぎが聞こえて来た。
 男どもの涙交じりの怒鳴り声がする。
 凄く聞き覚えのある声も混ざっているのだが……。

「おおおおおっ! 後生ですじゃ、死なせてくだされええええっ!」
「不肖の息子の大罪は我が命で償います!」
「我が一族より王家に仇なす者が出るとは痛恨の極み! 一族諸共死んでお詫びおおおおっ!」
「早まりなさるな、エドモン殿おおお!」
「貴様ら、人の執務室で首を斬る気か! このど阿呆共があああっ!!!」

 開いたままの戸口から室内を覗くと、エドモン殿とその一族の男達が自害をしようとして騒いでいた。
 彼らはディオンの起こした狼藉を、今知ったばかりのようだった。
 取り乱している彼らを、宰相殿と文官達が必死に止めている。
 嫌なタイミングで帰ってきてしまった。
 知らないフリをして戻ろうかな。

「むっ、パトリスよ! 良い所に帰ってきた!」

 気配に聡いナゼール殿に気づかれてしまった。
 ナゼール殿は、自害用の短剣を持った男達を殴り飛ばしながら、私に向かって叫んだ。

「おいっ! こっちに来て手伝え! こいつら全員、死なない程度にぶちのめして大人しくさせるんだ!」

 完全に戦闘モードに入っていらっしゃる。
 執務室は荒れ放題で、大柄な男が吹っ飛ぶたびに、紙の束が散らばって踏みつけられていく。
 渋々私も参加する。
 やっぱり安心できない職場である。
 部屋に入り、近くにいた自殺志願者を殴りつけた。

「死ぬのはいつでもできるんでっ! 今はとにかく落ち着いて静かにしてくださいっ!」

 転がってもすぐに起き上がる屈強な男達を、殴って蹴って、気絶させていく。
 何人来てるんだよ。
 当主のエドモン殿を筆頭に、ディオンの父と兄達、叔父に、大叔父、従兄弟など、一族全員騎士団に所属している連中だ。
 女性陣も、自宅で死に装束を着て沙汰を待ってそうで怖い。

 私が参加したことで、制圧は瞬く間に行われた。
 ナゼール殿が、エドモン殿を気絶させた所で、やっと執務室は静寂を取り戻した。
 荒い息を付きながら、ナゼール殿は己の乱れた服を整えて、倒れている男達を忌々しそうに睨みつけた。
 駆けつけて来た騎士達に、不機嫌さを隠さず命令を下す。

「舌を噛み切らぬように猿轡でもして、鎖で縛って牢に放り込んでおけ。目を覚ましたら、おとなしく陛下の裁定を待てと言えば、少しは冷静になるだろう」

 この人達、縄程度で縛っても引き千切りかねませんからね。
 男達が運ばれて行き、ナゼール殿がかろうじて壊れずにいた椅子に腰かけると、文官達が散らばった書類を拾い集めて、片づけを始めた。
 壁が崩れている箇所は、瓦礫を運んで綺麗にしている。
 後で修復しに職人が来るのだろう。

「つい先ほど、エドモン殿が城に戻ってきたのだ。老人達を説得できたと喜んでいた所に、殿下のご帰還と此度の事件のことを知られてな。同じように知って、取り乱した一族の男達まで押しかけてきて、先ほどの騒ぎになった」

 だから、知られないようにと気をつけていたのだが……と、ナゼール殿は疲れ切った様子で呟いた。
 陛下や殿下の所に押しかけられなかったのは、不幸中の幸いか。

「殿下のお嬢様は、荒事とは無縁の心優しいお方です。目を覚まして、お詫びですと、生首をずらりと並べられたら、ショック死なさるのではないかと思われるのですが」
「そうだろうな、あれらには想像力が足らん。常に命を張って生きている者達だ、償いも命を差し出すことしか浮かばんのだろう」
「らしいと言えば、そうなのですけどね。ところで殿下は部屋に落ち着かれた頃だと思いますが、この後はどうしましょうか?」

 ナゼール殿は、私をちらりと見て、気まずそうな顔をした。
 あ、これは何か厄介ごとを持ち込まれる前振りだ。

「悪いが、もうしばらくラファル殿下の側で仕えてはくれまいか? 殿下もいきなり見知らぬ者達が近寄るよりは、お前の方が話もしやすかろう」
「そうですね。わかりました、とりあえずお嬢様がお目覚めになるまでは、私が殿下の身の回りの采配をいたしましょう」
「頼む、私は緊急の案件が立て込んでいて手が離せなくてな。殿下に御挨拶もしなくてはならないが、今の状態ではそっとしておいた方がいい。客室には世話係の侍女以外は近づくなと命じてある。報告書にあった、人族から獣人族への変化の件はすでに議題に上げて情報を集めている。何はともあれ、こちらが動くのは彼女の無事が確認できてからだな」

 用件が済んだので、執務室を後にする。
 殿下のご様子を見て、陛下に報告をしに行こうか。
 これでも一応団長の身の上、魔術師団の様子も見にいかないと。
 ディオンは城内の医療施設に入院させたから、そちらにも顔を出さないといけない。
 やることがたくさんあって、当分は休みを取る暇がなさそうだ。




 陛下にご報告をしたいと取り次ぎを頼むと、すぐに都合がついたと連絡が来た。
 執務の合間に時間を取ってくださったらしく、指定された執務室の方へと向かう。
 執務机の前に座られている陛下と、机を挟んだ向かいに立ち、臣下の礼を取る。

「ただいま戻りました」
「うむ、ご苦労だったな。リオン王国で起きたことも報告を受けておる。先ほどナゼールの執務室で起きたこともな……。お前達には本当に苦労をかけて、申し訳ないことだ」

 陛下は一瞬遠い目をしてあの一族の狂乱ぶりを想像されたご様子だったが、すぐさまこちらに視線を戻して労ってくださった。
 そのお言葉を聞けただけで十分です。
 私が内心愚痴りながらも責務を果たそうと思えるのは、陛下のお役に立ちたいからだ。
 こうして認めてもらえるだけで、どのような苦労も報われる。

「私が先に送った報告書は簡潔に事実をまとめたもの。詳しい報告は後日に書面にて提出いたしますが、まずは陛下に直接お聞きいただきたく思い、こうして御前に参りました」
「そうだな。詳しい経緯を聞くのはもちろんだが、一度じっくりと普段の話も聞きたかったのだ。ラファルがどのように成長したのか、間近で見て来た印象を包み隠さず教えてほしい」

 陛下は椅子から立ち上がると、来客用に置いた応接用の椅子へと移動なされた。

「まあ、座れ。長い話になるだろう、茶でも用意させる」
「お言葉に甘えて失礼します」

 陛下の対面に置かれた椅子に腰を下ろし、頭の中で話す順番を組み立てる。

「……それでは、初めて殿下とお会いした時の様子からお話しいたしましょうか」
「ああ、頼む」

 陛下は待ちかねた様子で耳を傾けてくださった。
 一語一句漏らさぬようにと集中なされている。
 陛下とて、私から話を聞くのではなく、直接殿下とお会いなさりたいはずだ。
 それを堪えて、再会の時期を待っておられる。
 私にできるのは、いざ対面なされた時に戸惑われないよう、事前に殿下の情報を正確に伝えることだ。
 お嬢様が目を覚まされて無事であることがわかれば、ラファル殿下もすぐ近くにいる父親に会おうと考えてくださるだろう。
 親子の再会が良いものであるように、祈らずにはいられない。




 数日後に、お嬢様は無事にお目覚めになられた。
 精神にも体にも異常はなく、しばらく寝ていたために体が固くなっていた程度で、すぐに健康状態は良好となられた。
 目覚めた彼女は、三年間観察してきたままの人の好さを発揮して、我々全員を許してくださった。
 生首を並べなくて、本当に良かった。
 殿下も王太子の地位に着くことを了承してくださり、お嬢様改め王太子妃リュミエール様と共に、国と地位に馴染むための勉強を始められた。

 リュミエール様が保持されている魔力は殿下と同等で、完全に主人の身体能力を元に体が造り替えられていた。
 魔法を使えば、一流の魔術師にもなれるだろう。
 戦いには不向きな方なので、習われても治癒系の魔法ぐらいだろうが、習得してくだされば非常時には頼もしい存在となる。

 人族から獣人族への体の変化のことは、国中の知恵者や高齢の生き字引等から情報を集めてみたものの、前例がないとのことで、何もわからないままだ。
 ただ、前任の魔術師団の団長が気になることを言っていた。

『精霊が喜んでいたということは、あれらにとって良き事が起きたのだ。そう、例えばだ、あれらに魔力を与える存在が増えたとかな』

 確かに、殿下のような高魔力の持ち主が、もう一人誕生したのだとすれば、アレらはとても喜ぶだろう。
 だが、一人増えた所でさほど変わらないのでは?
 まあ殿下との間に子でもできれば、その子にも黒狼族の性質が受け継がれる可能性は大いにあるが……。
 王族と同等の身体能力と魔力を得た彼女は、こういうと何だが、とても体が丈夫になったはずだ。
 子供ができるのもすぐだろう。
 案外ぽんぽん子供が産まれて、跡継ぎに不自由はしなくなるんじゃないだろうか。
 私の脳裏に、二人によく似た黒狼族の子供だらけの城内が浮かんだ。
 そうなっても良いことではあるのだが、我々裏方の苦労がまた増えそうだなぁ……。


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