お嬢様のわんこ

第三章・苦労性魔術師の愚痴りたくなる日々

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 【6】

 ラファル殿下は、ご自身が王子であることを認めようとはなさらなかった。
 我々には何も言わずに旅立つことは当たり前で、こちらもそれを見越して宿を見張り、見失うまいと必死に後を追う。
 報告書を読まれた陛下からの御指示は、無理に帰郷を促すことなく、見守るようにとのことだった。
 さらに暫く見ていて問題がないなら、捜索班を解散し、全員帰還せよとまで書かれていた。
 これには私もエドモン殿も驚いた。
 陛下は殿下との再会を諦めてしまわれるおつもりなのだろうか。
 陛下の真意を確かめるために、私は単身国に戻った。

 私の最速の移動手段は空を飛ぶことだ。
 捜索班の面々と移動する時は馬を使うが、一人であるならば風の精霊に命じて、体を風に乗せて飛ばすことができる。
 国まで数日かかる距離を、半日程度まで縮めて、文字通り王都まで飛んで帰った。

 帰還した足で謁見を願い出た私に、陛下は驚いたご様子で問いかけられた。

「どうした、パトリス。お前が戻ってくるとは、何事か起こったのか?」
「いえ、何も起こってはおりません。ただ陛下の御指示に真意を測りかねるお言葉を拝見いたしましたので、確認のために帰還いたしました。陛下、御指示の通りに従えば、我々はラファル殿下を故国にお連れすることができません。殿下との再会を望まれないとおっしゃるのですか?」

 私の問いに、陛下は寂しそうに微笑まれた。

「会いたくないわけがない。この身が王でなければ、今すぐにでも我が子の下に駆け付けたいと願うほどに再会を切望しておる」
「では、なぜ?」
「エリアーヌと約束したのだ。ラファルを必ず見つけ出し、幸せにするのだと。今、あの子は幸せなのだろう? 愛し愛される相手を見つけ、日々を懸命に生きている。市井で自由に生きているあの子にとって、王族であることが利になるとは思えぬ。それに伴侶となる少女は人族の娘だというではないか、二人をここに連れてきても、無用な苦労をさせるだけだ。私はラファルが元気で生きていてくれるならそれで良い」

 確かに、ラファル殿下に我々は必要ないだろう。
 このままでも、幸せに生きていける。
 次代の国王候補はすでに数人待機しており、殿下が戻られなくても国が揺らぐことはない。
 だが、それでは陛下はどうなるのだ。
 心の支えであった王妃様はもうおられない。
 この上、ラファル殿下を諦めてしまわれたなら、陛下の御心は一生癒されない。
 国のため、民のために生きてこられたこの方を我々は慕い、受けた恩を返したいと望んだのだ。

「陛下、王妃様は陛下がお幸せになることも望んでおられたはずです。それは我々の願いでもあります。ラファル殿下にとっても、陛下にお会いすることが不幸なことだとは思えません。お二方の再会に障害があるのなら我々が取り除きます。どうか諦めることだけはなさらず、時をお待ちください」

 私の訴えを聞き、陛下は暫し迷われた末に頷いてくださった。

「私は良き家臣に恵まれた。皆に苦労をかけてすまぬが、ラファルのことを頼む」
「苦労などと滅相もない。ラファル殿下は王太子の資質をお持ちです、次代の王を故国にお連れする名誉ある任務を賜った以上、我らは必ずや成し遂げて見せます」

 陛下の説得も無事に終わり、殿下のおられる街に戻る。
 エドモン殿は私の報告を聞くと安堵なされた。
 説得が失敗に終われば、次はご自分が行かれるつもりであったらしい。
 殿下を見つけ、取り戻すことはこの方の悲願でもある。
 仮にエドモン殿が行かれたなら、涙ながらに諦めないで欲しいと陛下に縋りつく姿が容易に想像がついたので、あそこで陛下が折れてくださって本当に良かったとしみじみと思い返した。




 我々の任務を達成するには、ラファル殿下の情報が足りなさすぎる。
 狩りに行かれる殿下の供をして観察することで、習得されている能力を把握しようとしているのだが、数か月程度では底が見えることはない。

 ある日のことだ。
 ギルドを出て、狩場に行くべく通りを歩いていると、耳慣れない言葉を話す男に出くわした。
 かなり遠方の国から来たのか、重装の旅人で、大きな荷物を背負っている。
 男は周囲の者達に何事か尋ねようとしているのだが、言語を解する者がいないために遠巻きにされて困っているようだ。

「あれはどこの国の言葉だろうな、知っていれば助けてやれるのだが……」

 根がお人好しのエドモン殿がそう言って苦い顔をする。
 私もわからないので、相槌を打つことしかできない。
 すると、殿下がその男に近づいていった。
 殿下が男に話しかける。
 これもまた知らない言葉だ。
 途方にくれて暗い顔をしていた男は瞬く間に笑顔になり、殿下に向かって話し出した。
 黙って聞いていた殿下は、近くの建物を指し示す。
 どうやらそこが男の目的地だったらしい。
 頭を下げて立ち去る男を見送ると、殿下が戻ってきた。

「通訳のできる案内人とはぐれたらしい。行き先を聞けばすぐ近くだった」
「殿下、今の言葉はどこの国のものなのですか?」
「昔、幾つか教わった言語の中の一つだ、南の方の国に多いらしい。これまで実際に話す機会はなかったが、案外覚えているものだな」

 幾つかということは、どうやら他にも習得している言語があるようだ。
 いつどこで誰に習ったのか、重ねて尋ねたい気持ちはあったが、我々との信頼関係はそれほど深まってはいない。しつこく話題を続けることはできなかったが、語学が堪能であることがわかっただけでも良しとしよう。

 さらに殿下は計算もできる。
 肉体労働が基本の冒険者の中で、算術を習得している者などなかなかいない。
 狩りを終え、一日の成果を換金する際にも、職員に任せっきりにはせず、自ら即座に暗算で報酬額を弾きだす。
 計算を間違えたことはなく、逆に職員のミスを指摘することもあった。
 商店で買い物をする際にも、商品の目利きは正確で、値切りの交渉も上手く、武官である我々はお役に立つどころか口を開けて見ているだけだ。
 本当に、これまでどのような生活をされていたのだろう。
 奴隷身分でありながら、高度な教育を受ける環境。
 さらに主人が年端のいかない少女であることも、推測を困難なものにしていた。




 殿下の冒険者としての実績は確実に積み重ねられており、定住資格を得るのに十分なものとなっていた。
 定住地を決められたのなら、居場所の把握が楽になり、護衛もしやすくなる。
 リオン王からもギルド側に働きかけてもらい、なるべく早く定住資格を認めてもらえるように影から手をまわした。
 殿下も少女も特に思い入れのある土地などはないようで、資格を得るなりすぐに定住地を決めて、土地の購入に動いた。

 建設予定地で大工の棟梁と打ち合わせる様子を、私は遠見の魔法を使って見ていた。
 殿下は少女の希望を優先させて設計図を作ってもらっている。
 自ら希望を述べたのは一点だけ。

「お風呂! お風呂は広い方がいいです! 二人でゆったり入れる大きさでお願いします!」

 鼻息を荒くして広い浴室を所望する殿下を、大工達は「若いな、兄ちゃん」と生温い笑みを浮かべて見ていた。
 殿下、下心が見えまくりです。
 こっそり設計図を覗くと、寝室は一つと、二人で眠るのは変えないようだ。
 完成すれば慎ましい小さな家ができるだろう。
 人目が完全になくなることから、殿下はこれまで以上に少女に甘えまくるに違いない。
 恐らく少女自らが家事を行い、生活費はこれまで通りに殿下が狩りに行って稼いでくる。よくある新婚家庭の出来上がりだ。

 もうプライベートの監視は必要ないですよね?
 お傍に控えるのは、狩りに行かれる時の殿下の護衛だけで十分だと思います。
 他人の新婚生活など見たくもない私は、エドモン殿にそう進言した。

「いいや、我々に与えられた任務は、お二人の生活を見守ること。新生活においても御不自由な思いをされることがあってはならん! 家が建ったなら、幾度かは必ずご様子を窺うのだぞ!」

 エドモン殿は有無を言わせぬ口調で、新生活後も覗きを続行するように私に念を押した。
 迫力に負けて、否とは言えなかった……。
 誰か、誰か、代わってくれ!
 だが、殿下の私生活をおいそれと配下に覗かせるわけにもいかず、どれほど渋ろうとも私が行うしかないのであった。


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